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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
187/285

187.台湾研修(2)

静香が台湾にいるのは研修のためであって観光旅行ではない。


だからテーマを設定してそれに関するフィールドワークが課題としてある。静香は医学生見習らしく台湾大学医学院を訪問した。「院」とあるが、医学部だと思ってもらえればよい。台湾はデジタル活用が進んでいる国だが、その活用範囲には医療分野も含まれている。大きなところで言うと、各個人の医療データが国が作ったシステムに集められており、以前に計測した数値やデータを他の病院でも活用できるようになっている。


静香は台湾を代表する大学とその付属病院で、そうした国家レベルのことから、現場での活用までここに学びに来た。当たり前のことだが事前にアポをとっている。


なお純子はアミ族の文化調査に出かけたので、医学部を訪問したのは静香ただひとりだ。逆にひとりでも研修を受け入れてくれるのは、とてもありがたいというべきなのだろう。約束の時間、朝の9時に静香は見学先にやってきた。


約束していた大学の教室に入ると、いきなりクラッカーが鳴らされた。しかも結構な大教室に人がいっぱいだ。


『舞鶴先生,歡迎來到台灣(舞鶴さん、台湾にようこそ)』


なんか教壇の上に横断幕までしてある。こ、これは、どこかで見たことのある光景だ。


「嗯、我是天道靜香(えっと、私は天道静香ですが……)」


『ああ、そうですよね。すいません、話が大きくなってしまいました。内輪だけで話を進めていたのですが、どこからか学生に話が漏れてしまいましてこの騒ぎになってしまったのです。本当に申し訳ない』


これから4日間お世話になる陳淑芬チェンシューフェン教授に頭を下げさせてしまった。本来なら静香が平身低頭しなければならない相手だ。


『そんな、こちらがご無理を言ってお邪魔しているので……』


『いや本当に申し訳ないです。ちょっと一言声を掛けて頂いたら皆満足して解散すると思いますので、お願いできませんか』


そう、確かにこのままでは話が進まない気がする。それにこちらがお世話になっている身なのだから一曲歌うぐらいはいいだろう。ただ楽器は全部もう日本にあるはずだ。アカペラで乗り切れる持ち歌を思い浮かべながら、静香は教壇に向かった。


「大家早上好、我是東京大學的一年級生天道靜香(みなさんおはようございます東大1年生の天道静香です)」


たったその一言だけで学生……だけではないだろう、ともかく聴衆が湧く。多分この程度であれば、四声(中国語の発音)も間違っていないと思う。


『今日からしばらくお世話になります。よろしくお願いします』


そう言ってお辞儀をすると大きな拍手が起きた。


『ええっと、せっかくお集まりいただいたので……一曲だけですけど歌いましょうか? アカペラになりますが』


静香がそう言うとまた大きな拍手が起きた。多分このうちの10分の1ぐらいはファンの人がいるのかもしれない。大部分は野次馬だろう。そう思っていると、比較的前にいた人がアコースティックギターを持ってきてくれた。


さすがに破魔矢さんのではないし、品質も静香がプライベートで使っているRR-36と比べてもクセがありそうだけど、ありがたく使わせて頂くことにする。でもこの備え付けのマイクで上手くいく……かな? 調弦のためにかき鳴らしただけでもハウリングが発生したので、静香はマイクを切った。


そして改めて教壇から見ると、多くの目とそれ以上の数のスマートフォンが静香を見つめている。さっきの挨拶の発音が悪かったら、それが世界中に拡散されるかもしれない。それはいやだなあ。


そう思いながらも、ひと月ほど前にグラマフをいくつか頂いた曲「Impossible by majority vote」の前奏を弾き始めた。邦訳するなら「多数決では解決できない」って感じかな? 幸いなことにギターをかき鳴らしているうちにテンションが上がって来た。これならちゃんと声を張り上げて歌うことができそうだ。


『いや、本当にすいません』


あの即席ライブが解散してからも陳教授に謝られてしまった。


『いえ、こういった特技があると受け入れられやすいので助かってます』


『どうでしょう? 今頃「舞鶴千夜の台湾初ライブ」のようなタイトルで動画サイトにアップロードされているような気がします』


確かにその可能性は高い。どこから撮られていたかはわからないけれど、もし教室に入ったところから撮られている動画がネットに上げられたなら、この教授がこの騒ぎの主催者ともとられかねない。だがそこまでは静香としてもどうしようもない。


いずれにせよ申し訳ない話なので、静香は頭を下げた。


『さて、ではまずは私の研究室を案内しましょう。天道さんは将来は難病の治療を目指す研究所を作ろうとされていると聞きました。私もライフワークにしている難病があります』


なお陳教授のフルネームは台湾では同姓同名がとても多い名前なので、これまで何度か改名したい衝動に駆られたという。台湾では比較的簡単に自分で改名することができるのだとか。


『大理石骨病です。ご存じですか』


陳教授が優しく静香に問いかけた。

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