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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
186/284

186.台湾研修(1)

「舞鶴さん。舞鶴さん」


千夜を揺り起こす西さんの声がする。あれ? もうそんな時間?


「あと1時間ぐらいで台北に着きますよ」


今回ベルリンでは主演俳優賞を頂いた。男優、女優に分かれていた時から考えると、複数回受賞している役者は何人かいるが、2年連続で受賞したのは千夜が初めてになる。でもとれた賞はそれだけで、作品賞も監督賞も無かったので、千夜は控えめに喜んだ。


「ありがとうございます」


昨年が出来過ぎだったのであって、映画賞なんて受賞できないのが当たり前だ。千夜だって普通に考えて来年は無理だろうと思う。例えどんな演技をしたとしても、そこまでの偏りを見せるのは主催者側もためらうだろう。


千夜はこの大型ビジネスジェットで一番豪華なベッドから起き上がった。今回のベルリン行も高跳たかとびさんが手配してくれたものだ。


「帰りがちょっと怖いですね」


「帰りですか?」


西さんが千夜に天道静香の私物の服を渡してくれる。


舞鶴千夜として飛行機を降りるのであれば、入念な準備が必要だ。こういったいわば凱旋帰国をする場合、空港で記者会見がひらかれることが多い。そうすると千夜だけでなく、マネージャーもスタイリストも、メイキャッパーも、ヘアドレッサーも大忙しになる。だが今回、このビジネスジェットから降りた後は天道静香に戻る、そこまで時間がかからない。


「私、国際便の定期便って乗った事ないんですよ。いつもこのビジネスジェットをお借りしているので」


千夜と菱井物産のスポンサー契約は3年間延長することで話がまとまっている。だから舞鶴千夜が海外に行く場合、しばらくはこのレベルのビジネスジェットを使うことになるだろう。実は国内だって空路を使う場合半分ぐらいは、小型のビジネスジェットを使っているし、定期便を使う時もビジネスクラスかそれ以上。


「でも台湾からの帰りはLCCなんですよね。ちょっと楽しみな気もします」


「LCCかそうでなくてもエコノミーだけが普通ですからね。それが無いと言うのはスゴいわ」


今回のツアーは西さんがアテンドしてくれた。明石さんは今も日本に残って仕事中のはずだ。千夜のために。


いつも敬語を崩さない明石さんと違って西さんはところどころ言葉を崩す。もちろん十分許容範囲だ。千夜は明石さんがきっちりしすぎだと思う。


機内で朝食を食べる。と言っても現地時刻で言えば遅い昼食と言うべき時間帯だ。台湾桃園国際空港を降りたら、出口で日本から来る一団を待つ。既に天道静香の様相ではあるが、合流までは心配とのことで、西さんやスタッフの人たちが囲んでくれているので安心だけど、悪目立ちしているような気がする。


「定刻どおりに着いたみたいですね。研修の皆さんもすぐ来ますよ」


静香を台湾研修の一行と合流させれば、西さんたちは先ほどまで乗っていたビジネスジェットで東京に戻る。静香の身を守るためだけにわざわざ台湾に一時入国してくれているわけだが、これを同級生に見られるのは恥ずかしいと静香は思う。


どこから見ても大学生にもなって、自立できていないお嬢ちゃんって感じにしか見えないと思う。台湾は治安が良いと言っても、安心してはいけません。特に「天道さん」は有名人ですから。と言われるとそれを無下にもできない。実際、天道静香を知っている台湾人はいないと思う。


囲碁なら中国や韓国同様、台湾も盛んだから国際棋戦がある。でも将棋は残念ながら日本ローカルで、中国には中国の将棋、象棋シャンチーがあり、それは台湾も同じだ。だから天道静香のことは誰も知らないはずだ。静香自身もチェスは指したことがあるけれど、象棋を指した経験はない。


そんなことを考えていると、到着口から十人ちょっとの学生と引率の教授や助手、院生が現れた。


「来ましたね。みなさんベルリナーレありがとうございました」


静香は自分のバックパックを背負うと、西さんをはじめとする千夜のスタッフにお辞儀をしてから、現れた一団へと合流した。


「純子!」


静香は一団の中から友人を見つけて抱き着いた。


「おおっ、静香じゃない。今回も賞を取ったと聞いたわよ」


静香は女性としては高身長、だが、山田純子やまだじゅんこもそれなりに高い。1年の理Ⅲ3組の3人の中ではひとりしかいない男子が一番背が低い。


「まあ、おかげ様でね」     


そこに教授から全員に声がかかる。


「えっと、天道さんも無事合流できたみたいなんで、このままいくぞ」


「はーい」


生徒たちがまとまって歩き始める。


「純子はちょっと疲れてるみたいね?」


「まあ4時間ぐらい荷物みたいな扱いされてるとね、普段はそうじゃないけど、こういう時は小柄な子が羨ましいなあ」


流石の純子も小柄な子に悪いのか、小声でささやくように静香に話しかけた上でさらに話題を変える。


「静香はドイツからだよね。どうやって来たの? ビジネス?」


話の流れから答え辛い質問がきた。だからと言って嘘をつくわけにもいかない。静香も小声で答える。


「実はこれまで、海外に出る時はビジネスジェットしか使ったことがないんだよ……」


「ビジネスジェットって?」


「貸し切りのジェット機よ。これがまた、広いベッドもあるのよね」


まあその広いベッドに寝れるのは千夜だけなわけで、他のスタッフはカーペットの上で雑魚寝をしている。もちろん男女別だ。


「それは……帰りの便の静香がちょっと楽しみだわ」


純子が意地が悪そうに笑った。

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