184.公共放送杯(3)
蒔苗ひかり女流二段がモニターの中で頭を下げる。
『振駒の結果、先手が御厨公共放送杯覇者に決まりました。持ち時間はそれぞれ10分、それを使い切りますと1手30秒の秒読みとなります。ただし秒読みに入りましてから、1分単位で合計10回の考慮時間がございます。それではよろしくお願いいたします』
『よろしくお願いします』
そう言って両対局者が頭を下げる。
「おおっ、武田四段は編入試験に合格してるから4月から四段だけど、今の本当の肩書はアマチュアだよね。奨励会の段位も持っていないし。それに蒔苗女流二段はまだ高校生だよ。進学先を推薦で決めているとは言え、顔ぶれを少しでも華やかにしようとするあそこのプロデューサーの熱意を感じるね」
将棋を少し知っていると自称する、ドラマ班チーフの意見だ。
『先手、御厨覇者、7六歩』
蒔苗女流二段の読み上げが終わると同時に天道静香が同じく角道を開ける。
『後手、天道七段、3四歩』
『先手、2六歩』
『後手、4四歩』
まだ序盤だから蒔苗女流二段の読み上げと駒音が間を置かずに交互に聞こえる。
「角道止めた?」
誰かが口に出した。口に出した本人がわかっているかはともかく後手は振り飛車含みということだ。
『先手、2五歩』
『後手、3三角』
『先手、4八銀』
『後手、3二飛』
ここで先手居飛車対後手三間飛車の争いということで戦型が決まった。
『先手、6八玉』
『後手、4二銀』
『先手、7八玉』
『後手、6二玉』
『先手、7七角』
『後手、4三銀』
『先手、5六歩』
『後手、7二銀』
『先手、5七銀』
『後手、7一玉』
『先手、8八玉』
『後手、8二玉』
『先手、9八香』
『後手、5四銀』
『先手、6六銀』
『後手、5一角』
『先手、7八金』
『後手、3五歩』
『先手、9九玉』
『後手、5二金左』
『先手、2六飛』
『後手、3四飛』
この30手に到るまで正確に刻まれていたリズムが初めて止まった。それを見計らったかのように向田白銀が月影二冠に話しかける。
『それでは解説をお願いします』
『よろしくお願いします』
『先手が居飛車穴熊、それに対して後手が三間飛車で美濃囲いという構図になりましたね』
『先手、1六歩』
『後手、6四歩』
『そうですね、加えるなら後手の天道七段は石田流ではなくて後手「かなけんシステム」ですね、26手目で3筋の歩を突いています』
だが少し御厨名人の手が止まったものの、再び軽快なリズムが戻る。
『先手、9六歩』
『後手、6二角』
『先手、8八銀』
『後手、9四歩』
『先手、5九金』
『後手、3三桂』
『先手、6九金』
『後手、6三銀引く』
『先手、7九金寄り』
『後手、7四歩』
『42手まで手が進み、先手の穴熊は完成しました。後手も守りを優先したようですね』
『そうですね。かなけんシステムでは4五銀、さらに3六歩と上がって攻めるのが特徴なんですけれど、後手は銀を下げましたね。40手目でもし攻めた場合は、5五銀が強いですね。この後3六歩、同歩、同銀、となった場合、3五歩、同飛、4四銀、2五飛、3六飛と銀損になってしまいます。その後2八飛成と竜を作れるのですが、7八金と穴熊が完成しますので、非常に後手は辛く……』
その解説をしている最中にも手が進んで行くので解説が追い付かない。
『先手、7五歩』
『後手、同じく歩』
『先手、同じく銀』
『後手、7四歩』
『先手、6六銀』
『後手、4五桂』
『そうすると、後手が軌道修正を迫られたということですが……先手から駒をぶつけに行きましたね』
『はい、でもまだ形勢互角ですし、後手は3六歩から飛車交換に持ち込む手順は残っていますから問題ないと判断されたと思います』
「プロはすごいな。タブレットで検討させてもまだ互角だ」
『先手、7五歩』
『後手、同じく歩』
『先手、8六角』
『後手、3六歩』
『先手、同じく飛』
『後手、同じく飛』
『先手、同じく歩』
『後手、7三角』
『ここは互いに飛車を持ち合うという後手の想定通りに進んだとみてよいでしょうか?』
『後手としては穴熊を完成させないのが理想でしたけど、悪くないと思います』
『さてこの局面先手はいろいろと選択肢がありそうですが……』
『先手、7四歩』
『後手、同じく銀』
『先手、7五銀』
『後手、同じく銀』
『先手、同じく角』
『後手、6三銀打ち』
『お互いに飛車を持った状態、どちらが早く活用するかがカギになるのではないかと思いますがどうでしょう』
『そうですね、おそらく先手は今、4一飛車を考えていると思います。ここまでお互いに守りを固めている状況なので、どう崩していくか、難しいですね』
『先手玉は穴熊でがっちり固め、後手玉も取った銀を守りにつぎ込んでダイヤモンド美濃にしましたからね。どちらも……』
『先手、7四歩』
『後手、同じく銀』
『先手、6六角』
『後手、5九飛』
『先手、4一飛』
『後手、2九飛成』
『先手、1一飛成』
『後手、6三銀引く』
『お互いに敵陣に飛車を放り込みまして、後手はまたダイヤモンド美濃に戻しました』
『慎重ですね。1一に竜がいますが、ダイヤモンド美濃は横からの攻めに強いですから、そこまで心配しなくて良いという判断でしょう。一方先手は今手に入れた香車を使いたいところです』
『御厨先生、持ち時間が無くなりましたので、1手30秒以内にお願いします』
『はい』
『先手は7七に香車を打つか、竜を4一に動かしてプレッシャーをかけるかのどちらかだと思います』
『10秒』
『しかし後手も桂馬を持ってますから、若干後手が有利になったかもしれません』
月影二冠の解説にCT-101のキャストとスタッフが沸く。
『20秒……25秒』
『先手、7七香』
『後手、7四歩』
『後手の7四歩はもう3度目ですね』
『角が7三にいますので後手の急所になっていますからね』
また先手側の秒読みが始まる。
『25秒……御厨覇者、1回目の考慮時間に入りました。残り9分です』
『先手がさらに7筋を攻めるとすると8五に銀を打つ形でしょうか?』
『そうすると5一に角を下げさせて、今度は4筋を攻める形になるかもしれません。4六歩、3七桂成、4五歩、同歩、これもまだ互角でしょうね。あるいは隅にいる竜を4一持ってきてプレッシャーをかけるかですね』
『40秒……50秒……御厨覇者、2回目の考慮時間に入りました。残り8分です』
『結構迷うところなんでしょうか?』
『そうですね、天道七段が早指しに凄まじく強いことは全棋士が知ってますから、御厨覇者は逆に時間を上手く使う必要があるでしょう』
「えっと俺のタブレットだとまだ互角だな」
「人間にしかわからない部分だってまだあるんじゃね」
「ちょっと舞鶴さんが有利ってことなんですかねえ」
『先手、4四角』
『後手、5七桂不成』
『えーっ。これノータイムで指しますか』
『怖いですね。これ成ってたら御厨覇者は成桂を無視して5筋を攻めたと思うんですが、成らずなので銀で止めに行くかもしれませんね。どちらがいいとは言い切れないですが、決断が早すぎますね』
『25秒……御厨覇者、3回目の考慮時間に入りました。残り7分です』
『一方の御厨覇者はちょっと間を置きました』
『攻めていこうと思ったところでこのように選択肢を渡されると考えてしまいますからね。銀と交換にはなるんですが、この桂馬を5五に打ちたくなるんですよね。そうするとまた銀桂交換で戻ってきます。その銀を今度は5筋に使うといい形になります』
『50秒……御厨覇者、4回目の考慮時間に入りました。残り6分です』
「時間的には舞鶴さんがだいぶ有利ですけどね」
「タブレットでも後手有利になりました」
CT-101のキャストもスタッフも、幾分熱の入った視線でふたつの画面を見続ける。先ほどまでここで主演を演じていた当人が、少し離れたところで強敵相手に有利に局面を迎えている。
「もう出迎える準備した方がいいんじゃないの?」
「気が早すぎるわ」
なお編集前なのでどちらの手番なのかなどを表示するなどの加工はされていない。巨大なスタジオのCT-101でも、熱戦が展開されているCT-108と同じような熱気を帯びて来た。
【追記】次回投稿は2月4日(土)を予定しております。申し訳ないです。