181.連勝記録
質問は今後の女流での活動についてだった。
「こうして七冠を獲られたわけですが、八冠独占を目指されると考えていいですか?」
「もちろん、それに挑戦したいと思います」
素直に答えたら、多少イジワルな突っ込みが来たが全然問題ない。
「しかし白銀に挑戦するためには最短でもまだ2年以上かかります。このあたりもどかしさを感じたりはしないですか?」
まあ正直感じないではないけどルール上仕方がない話なので、少し演技をする。
「これも先ほどの話に戻るのですが、一局一局を大事にしていけば、やがてたどり着けると信じています」
便利言葉としてスマホの辞書に登録しておきたい言葉だな。
「昨年は、櫛木竜帝が最年少でタイトルを取りました。女流だけでなく、一般のタイトルも狙ってらっしゃいますか?」
これも即答できる質問だ。
「もちろんです。将棋指しでタイトルを狙っていない人はいないでしょう。私がタイトルを取ることがものすごく困難なことは理解していますが、もちろん諦めているわけではありません」
早指しの一般棋戦ならば優勝できるけど、タイトル戦はもちろん、そこに辿りつくまでも今のままでは相当に難しい。問題はそのためにはもっとレベルアップを重ねたいのだけど、なかなか時間が取れないことだ。
「一方で天道七冠は強すぎるので、女流にいるのは不公平ではないかという意見もあるようですが、それについてはいかが思われますか」
タイトルを取った後の方が防戦が続いているのはなぜだろう。
「まだやるべきことを全部できていないので、まだ早いかな、と思っています」
「やるべきことというのは八冠独占ですか?」
静香は少し考えて訂正した。
「もし今後タイトルを独占することができれば、女流から引退することを考えています」
静香が引退を口に出したからだろう、ここで報道陣が沸いた。
「ということは早ければ後3年弱で女流を引退されるということですか?」
仮にこの瞬間、静香に将棋の神様が憑依して今後すべての対局勝ち続けたとしてもそれは無理だろう。
「いやそれは絶対に無理ですね。もっと時間をかけて、今よりもっともっと強くなることができれば、たどり着けるかもしれないな、という話になります」
ざわめきがおさまらない報道陣をみながら、静香はもう次の対局の事を考えていた。次の対局はもう明日にある。それも鋭王戦本戦トーナメントの1回戦。
本戦トーナメントに辿り着くような棋士に弱敵はひとりもいない。そしてもし明日勝てたとしても、2回戦の相手は既に1回戦を勝った櫛木竜帝に決定している。
いやいや、まずは明日勝つことだ。さっき自分で「便利言葉」と名付けたとおり、一局一局を勝ち続けなければ上には進めないし、負けるにしてもそこから何かを掴まない限り先には進めない。
練習対局や研究する時間が不足している静香にとって、対局をこなすことが一番自分を鍛える方法なのだから。
この年の2月は、天道静香にとって非常に大切なものになった。日本にいる間は、対局と大海ドラマの撮影に明け暮れた。鋭王戦本戦トーナメントの1回戦を勝ち、順位戦のC1第9局にも勝ち、次期のB2昇格をほぼ確定させると、王者戦の2次予選の1回戦はほぼノータイムで指しきって勝利した。
続けて対局した、棋神戦決勝トーナメントの1回戦では、元タイトルホルダーの小田桐八段にも勝った。鋭王戦本戦トーナメントの2回戦では櫛木竜帝から金星を上げた。
持ち時間3時間というタイトルの予選としては、かなり短い持ち時間ではあるが、それでも櫛木竜帝相手に早指し以外で勝てたのは静香にとって大きな勝利だった。そして夕陽杯でも準決勝に勝ち、そして決勝も御厨名人を倒して勝ち上がってきた絶好調の国分九段に勝って二連覇を決めた。
「昨年この夕陽杯で優勝できたことが、この1年間の私をずっと支えてくれました。今年もこの大会で優勝できたということは、これからの1年間の私を支え続けてくれると思います」
夕陽杯を連覇したことで、静香は早指しに限って言えば最強だとの評価を得るに至った。そして棋戦のスポンサーである新聞社からは、「瞬息の魔女」との異名を頂いた。なぜ魔女なのか? もうちょっといい言葉があるんじゃないかと静香は思ったが、せっかくスポンサー様から頂いたふたつ名をありがたく頂戴することにした。
そして優勝と同時に31連勝を達成、自身が昨年達成した32連勝に続く歴代単独2位となり、その自らの記録を早くも更新するのではないかと喧伝された。
そしてその明後日の王者戦2次予選2回戦で勝利し1位タイに、さらに次の王偉戦本戦リーグ白第1局で現在棋士会長を務める早蕨九段を相手に33連勝を達成、自身が昨年に打ち立てた記録を塗り替えた。
さらに棋神戦決勝トーナメント2回戦で35連勝、またこの時点では未公開だが、2月末の公共放送杯本戦決勝で御厨名人に勝利し2月の対局を終え、ドイツへと旅立った。
とにかく静香にとってこの2月は将棋において実りの多いものだった。だがトーナメントは勝ち進めばより強い相手と対局するのが当たり前。こんな絶好調の静香が3月には4敗することをこの時点では誰もわからなかった。そして静香が6年生になる4年後の春、本当に女流棋士を引退することも。