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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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18.二段

千夜のお仕事は順調だ。主役を張った短編ドラマの視聴率もよかったし、レコーディングもスケジュールより前倒しで進んでいる。夏のツアーは前回よりも大きな会場はこを取ったそうだけど、ファンクラブ向けの優先販売だけでほぼ埋まったという。


そうそう公式ファンクラブがちゃんとあるんですよ。主にはチケットの優先販売とオフィシャルグッズ、Webだけどファンクラブ通信にメッセージ書いたり、ファンクラブ専用の動画配信、ごくまれにだけど抽選で当選した人たちとチャットとかもしている。


まあ動画が一番多いよね。レコーディング中の採用されなかったバージョンとかNG集とか、素材はスタッフが勝手に見つけてくれるので、私が一言添えればアップしてくれる。


学業も1学期の中間は上から数えた方がいい成績になった。特に3組だと最上位層だと思う。そして奨励会。静香は双子の蒔苗姉妹の妹と対局した。静香は昇段後もここまで7連勝、ここで勝てば二段への昇段が決まる。蒔苗妹は降段点がついたり消えたりしていて今は点灯中。3月に大沼三段が奨励会を退会し女流に専念するようになったので、私たちふたりが今、プロ棋士に最も近い場所にいる女性だ。もっとも今は奨励会以外にもプロへの道があるけれど。


前回、この蒔苗妹と打ったのは3級の時だ。その時の静香は2級から落ち、3級でも既に降級点が付き後がない状況だった。一方彼女は双子の姉と揃って昇級を続けているところだった。その後静香は5級まで落ち、彼女は初段まで登ったもののそこで足踏みをしている。1級で辞めた姉の方は、女流転向後にタイトル挑戦の決定戦まで行っているから、静香と女子オープンで当たるかもしれない。この妹は去年は出ていなかったから本選シードはないし、この前抽選された対戦表にもいなかったので、今年もエントリーしていないのだろう。


今は奨励会の対局相手もコンピューターが決める時代。交わらなさそうな糸が再びここで交わった。静香は後手番。初手から相矢倉の新24手組がほぼ時間を使わずに進んでいく。15手目に先手が6九玉としたところで、7四歩とメインルートを外れ、6七金右に対して静香が6四歩と指したところで、蒔苗妹の手が止まった。この18手目の6四歩で静香が急戦に入ろうとしたことがわかっただろう。ここで相手が少しだけ時間を使ったものの、2六歩を指した。その後25手目で蒔苗妹が7九角を指した。急戦矢倉ぐらい当然わかってますよという手だ。静香はノータイムで7三桂と跳ねる。


静香は時間を使わずにどんどん駒を進めていく。


静香は基本居飛車だが振り飛車もたまには指す。守るより攻めるほうが得意だけど、最初から守りを固める時もある。基本持ち時間を使わないタイプだけど、所々使う時も、大長考する時もある。得意な戦術やパターンは持っているが、選択肢はできるだけ広く持つべきで、それを見せておいた方が良いと考えている。だから今日は後手番だけどどんどん攻めることに決めていた。


だから通常の矢倉模様から急戦矢倉を選択し、後手側からどんどん攻めていく。蒔苗妹の考える時間が増えた。つまりこのパターンは研究していないわけだ。だから静香は自分のペースを崩さない。今、盤面は自分に有利だからここでペースを変える必要はない。まるで、持ち時間10分の公共放送杯のような早いペースで、相手のリズムを乱していく。


50手目に8八角成で銀を取る。ここまで、あるいは他の分岐も手順として確立していると思うのだが蒔苗妹は静香ほど急戦矢倉は詳しくなかったらしい。これでだいぶ後手が有利になった。蒔苗妹が長考に入ったのを見て、静香はトイレに行った。


結局98手で相手が投了し、静香はありがとうございましたと頭を下げた。静香は演技指導の効果で完全にポーカーフェイスを保てたが、相手は悔し気が顔にでていた。とにかくこれで二段だ。プロの先生のどなたかが、二段あたりが奨励会の折り返しと言っていた。これで半分と思うと先の長さに思いやられる。


平日の1週間は学校、レッスン、撮影などに使って、週末にはいよいよ『プレーン女子オープン』の一斉予選だ。千夜はナビゲーターと選手を兼ねているのでちょっと忙しい。1戦少なくて本当に良かった。


この一斉予選はお客さんが入ることでも有名だ。今回ナビゲーターを千夜が務めることは既に判っていたため、入場者の事前登録数も増えたらしい。そして厳しい倍率で当選した人だけが参加できることになっている。だが、チャレンジマッチの配信の後、入場券がネットで恐ろしい価格で売買されたらしいという噂は聞いた。


千夜目当ての見学者が多いとすると、ちょっと他の参加者には酷いことをしたかもしれない。とは言えもう仕方がない。千夜自身もいろんな番組で宣伝をした。プレーン化粧品がスポンサーを務めている番組にも宣伝を兼ねて出演した。女流の棋戦、それも予選がここまで注目されることもあまりないと思う。当然ながらナビゲーターとしてのお金は、千夜の勝敗に関係なくスポンサーから事務所に払われるが、どうやらボーナス条項も満たせそうだと明石さんから聞いた。


事務所から結構な額のお金を頂けるようになってから、両親とも相談して通帳とキャッシュカードは預かってもらっている。一方暗証番号は静香しか知らないので、今口座にいくら入っているのかはわからない。多分大学に行く学費ぐらいはあると思うけど、大学に行くかどうかはわからない。


さて一斉予選の当日、静香は早めに会場についたが、既に見学者の列ができていた。千夜なのか他の女流棋士目当てなのかは不明だが、出待ちっぽい人たちもいる。その横を静香は小細工無しに通るが、ギャラリーからは何の反応もない。本当に同一人物なのかと自分でも思い始めてきた。ちなみに明石さんと一緒だとかえって目立つのではないか、ということで、別々に会場入りすることになっている。やっぱり他の棋士目的の人たちなのかもしれない。自信過剰だ。


さてと、お仕事しますか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだここまでしか読めてないけどすらすら読めてテンポが素晴らしいです。
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