178.指し初め式
正月2日には芸能のお仕事が始まる。4日には学校が、5日には将棋の指し初め式がある。指し初め式とは将棋界の仕事初めのようなものだ。
東西それぞれ別の伝統があって、東京では将棋連盟の隣にある鳩森八幡神社の将棋堂でまずは祈願祭がある。昨年静香はこの指し初め式をサボった。
四段とは言え女流タイトル二冠(女王、女流王者)で世間的にも有名人でもある静香の出席は強く望まれた。というか、えっ出ないつもりなの?、という空気があったが、大学受験という錦の御旗をうちたててそれをサボった。
だが今年は当然出席する。今年は七段で女流六冠、一般棋戦でも昨年は夕陽杯と星雲戦で優勝している。そして衣装は師匠に頂いた桜色の振袖を選んだ。
関西の指し初め式だと和装の女性が結構多いのだけど、こちらは正直言って少ない。静香もいつも公式戦で着ているような地味目のワンピースの方が楽なのだけれど、ちょっと張り切ってみた。去年サボったしね。
連盟までは明石さんに車で送ってもらった。指し初め式が終わったら事務所でレッスンがあるしね。
車を降りるところからマスコミに呼び止められる。
「天道七段、明けましておめでとうございます」
「はい、明けましておめでとうございます。みなさま本年もよろしくお願いいたします」
そう言って静香は頭を下げる。静香だけを待っていたわけではないにしても記者とカメラマンが多い。そして将棋会館に足を踏み入れると、時間もあまり余裕がない時間に来たからだろう、もう他の先生方がいっぱいいらっしゃる。もう少ししたらみんなですぐ隣の鳩森神社に移動する予定だ。
静香はあちこちで新年のあいさつをして回る。
「天道さん、それはデビュー戦の時に着ていた振袖ですね。さすが大江先生、天道さんに良く似合う振袖を選ばれますね」
さすが御厨先生。棋譜だけでなく着物のことまでよく覚えてらっしゃる。師匠からのプレゼントだということは何回か発言しているのでご存じなのだろう。
「天道さんは、来年にならないとお神酒が飲めないですね」
これは小田桐八段。一昨年に国分先生から王者のタイトルを奪ったけれど昨秋、といっても数ヶ月前だが、目の前の御厨先生に奪われてしまった。ちなみに先月、静香にも公共放送杯の四回戦で負けている。このように書くと調子が良くないように見えるが、他の棋戦でも勝ち上がっている実力者だ。
「いえ、私は来年もまだ19歳なのでダメです。3月生まれなので」
鳩森神社ではお神酒を頂くのが恒例だが、当然静香はそれを頂くことはできない。
「そうなんだ」
その後少しお話して他のところに移動。
「まだ負け知らずのままだから、あっというまに六冠ね。四段に昇段した時、声を掛けなかった方がよかったかしら」
そうおっしゃるのは、静香を女流に誘った張本人である岩城女流六段。
「2月には七冠になれるように頑張ります」
年が明けたので、もうすぐ女流名人戦が始まる。岩城先生が長らく守り続けてきて去年今泉先生に奪われたタイトルに挑戦するのは他ならぬ静香だ。
「どちらかというと白銀戦をどうにかした方が良かったわね。四段昇段者にD級で指せというのはちょっとねえ。人数が決まっているA級B級はともかくせめてC級からで良かったわね。今、そのC級でも将棋教室になってるって聞いているわよ」
D級だと静香より年下の女流棋士も数多くいるのだが、C級になると静香がほぼ最年少になる。とはいえまだ級位者もいるわけで、18歳で七段の静香とは手合い違いが起きてしまう。
「いや油断しているわけではないんですが、あまりガチで仕掛けていくのもどうかと思いまして……」
そこに年始の挨拶もなく背中から声がかかる。
「おおっ。天道、今年は気合が入ってるな」
梅原会長だ。静香は色々と迷惑をかけているので念入りに挨拶をしておく。
「会長、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「いやいや、今年も頼むよ。女流はさっさと八冠取っちゃって、棋戦の方もそろそろ頼むよ」
そういって豪快に静香の背中を叩く。いやセクハラとかそういうのじゃないのはわかるし、ちゃんと振袖が乱れない位置を考えてくれるのもわかるのだけれど。
「私はC級ですし、しかも岩城先生の目の前なんですが」
「大丈夫。きぃちゃんは将棋界全体が見える人だから」
「会長」
岩城先生の声が冷たいので、静香はその場を立ち去って、櫛木さんや野々原さんの所へと向かった。
その後鳩森神社に移動して、将棋堂祈願祭に参加する。静香は最前列の端というメチャメチャ目立つ位置に配置された。多分マスコミ対応用だろう。隣は櫛木さん、さらにその向こうは梅原会長だ。
櫛木さんは竜帝だから一番前にいるのはわかる。でも静香はかなり微妙な立ち位置だなぁ。そして櫛木さんも当然お神酒を飲めない。お酒が飲めないのは先ほど挨拶した野々原さんの3人だけだな。あっ女流にいるかも。
その後にようやく「指し初め式」の本番。棋士と御来賓の方々のチーム戦だ。どちらも一人一手づつ指していく。本気でやれば当然棋士チームが勝つだろうけれど、さすがにそんなに大人げないことはしないし、そもそも最後まで指しきらないのが恒例だ。関西は将棋盤を何面も並べて最後まで指しきるらしい。
静香の順が回って来た時、当然のようにカメラが集まって来た。静香は勝負にはあまり関係がないけれど、将来的には役に立つかもね、という手を指した。
昨年はありがとうございました。本年もよろしくお願いします。
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