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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
177/284

177.天道家(4)

「そして年が変わった今、我々は新たなサービスを立ち上げます」


CEOの言葉が終わるや否や、その背後の大型スクリーンに他ならぬ千夜がアップで表示される。先ほどまで小さくBGMにされていた新曲がちょうどサビに入る前で、千夜が激しく弦をまとめて叩くパーカッションが会場に、そしてそれを聞いている千夜にも爆音が聞こえて来る。


そしてここからはサビだ。歌っている千夜自身がうっとりする程美しいメロディ。もちろん千夜ではなくて、この曲を作ったイブラヒム=イウェアラの功績だ。彼は去年の夏ナイジェリアの大学を卒業し、今はアメリカの名門音大に通っている。


彼はもうヒット曲を何曲も作ったのだから、わざわざ音大に入り直さなくても、と静香は思うのだけど、本人によるとまだ入学してから3ヶ月だけど、それでもこれまで我流でやって来た音作りについて、バックボーンが随分広がったと、12月の頭にこの曲と一緒にメッセージを送ってきた。なおこれまで彼が作った曲はすべて千夜が歌わせてもらっている。


一番が終わった時点で音量が下がり再びCEOが話を始める。


「今お聞きして頂いたのは、わざわざ私が紹介するまでも無いとは思いますが、昨年のグラマフ賞で6部門を勝ち取った舞鶴千夜の新曲で、たった今全世界に向けてリリースされました。これだけでもうわかっていただけるでしょう? 私たちはこれまでクラウドでプラットフォームを作ってきました。今回新たに配信サービスを始めたわけです」


会場のざわめきがネットを通して伝わって来る。これも社員のやらせかもしれない。


「既に大きなシェアを持つ存在がいる分野への挑戦は、私たちにとっても心躍るものです。我々がゴリアテを倒したダビデに成りえるのか、それとも古代ペルシャの大軍に立ち向かって散ったスパルタの勇士となるのか、それは私たちにはまだわかりません。ですが、私たちには大きな味方がいます」


そう言うと再び千夜の曲が大きくなって、二番のサビ、一番とは転調が入っている、が再び会場に鳴り響き、そしてまた小さくなった。


「もちろん彼女だけではありません。ドミナントカンパニーに挑むために力を貸してくれるアーチストは数多くいます」


千夜に変わって、千夜の親友であるケイトリン=オブライエンが歌っている姿が映しだされる。ケイトは千夜が直々に口説いたから、プラスドクリップ社が千夜の顔を立ててくれたのだろう。もちろんケイトが既存の動画配信サイトの主にショバ代、もといレベニューシェアに強い不満をため込んでいたから薦めやすかったという事情もあった。


その他にも千夜が薦めたり、そうでない大物アーティストたちの動画が次々に短く流れた。


「そしてこれらの力強い仲間たちと、我々は専属契約をしています」


そう、専属契約。千夜はもちろん、ケイトやスタンリー=ブラウン、ローガン=パーキンスといったアーチストたちの作品が、現在進行形でこれまで既存のプラットフォームから一斉に削除されているはずだ。


最も専属契約期間は人によって異なる。例えば千夜にチェスで負けて楽曲を提供してくれたジャズの大御所ローガンの場合は1年間。専属契約中、プラスドクリップ社のプラットフォームの利用料はタダ。それが過ぎた場合でも専属契約を延長した場合は格安で利用することができる。


専属契約を延長しなかった場合、アーチスト側の縛りは無くなり、当然他のプラットフォームも使うことができる。その場合でも、本人の生存中は、プラスドクリップの動画配信サービスを通常よりもそれなりに格安で使うことができる、という契約になっている。千夜はそれをローガン自身から聞いた。


ケイトの場合は当初の専属契約が3年で、その分ローガンよりいろいろ優遇されていると、これも本人から聞いた。そして千夜はどうなのかについても当然聞かれた。


『私は永久だよ。正確には私の死後私の持つすべての権利(最長のものは千夜が著作権を持つ作品の70年)が消滅するか、プラスドクリップ社が動画サービスを終了するまでのどちらかだね』


おそらくは後者の方が早いだろうと千夜は思う。ラットイヤーとも言われるこの生き馬の目を抜くような業界の中で、例えプラスドクリップ社が動画以外の部分でメガプラットフォーマーの地位を築いているにしても、このサービスが100年以上生き残るとはとても思えない。


『当然それだけのメリットを貰ってるってことだよね』


『もちろん、いろいろと優遇されているよ。プロモーションやイベントはもちろん、コンサートとかのスポンサーにもなってくれる』


まあ千夜を宣伝で大々的に使うのはここ数年だけだろうな、と千夜本人も思う。そりゃあ多少の便宜ぐらいは図ってくれるだろうけど、より旬のタレントがでてきたらそちらを使うだろう。それは当たり前のことだ。


「そしてもちろん今会場に、そしてリモートで参加して頂いているあなた。我々プラスドクリップ社はあなた方すべての参加を心待ちにしています」


さてどうなるだろう、これで千夜はある意味プラスドクリップ社と一蓮托生の身になった。それが吉とでるか凶とでるか。そしてその結果もこの業界らしく割合すぐに出るのか、それとも長い時間が経たないとわからないのか、それは今の時点では誰にも分らない。

最近はインセクトイヤーなんて言葉もあるらしいですね。訳がわからないよ。

皆さま今年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願いします。


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