表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
175/284

175.天道家(2)

「いや、だって一応は私が事務所とか連盟からもらっているお金じゃない? それに兄ちゃんだって、私の兄ってことで少しぐらいいいこともあったんじゃないの?」


妹に服をねだられて困っている、っていろんなところで絶対にネタにしていると思う。それは事実だし、静香自身も公言していることだから別にいいのだけれど、事実以外もネタに使っているのではないかと、静香はひそかに兄を疑っていた。


「まあおかげさんで、コンパとかのネタには事欠かないけど、それとこれとは違うくない?」


「ああ、でもそれは僕もそうだなあ。静香の事は飲み会でも絶対話のネタになるからね。あっお母さんも飲む?」


「頂くわ」


兄だけでなく父もまた静香の事を酒の肴にしているようだ。そりゃ芸名だったらともかく、本名でも活動しているから仕方がない。「天道」なんて苗字の持ち主自体がそもそも少ない。静香自身、親戚以外には知らない。


「まあ兄ちゃんは好きにしてくれたらいいけど、恩恵だって受けてるんだからお古ぐらいくれでもいいでしょ? この年になってもまだねだられるんだって、ネタにすればいいじゃない」


兄は静香より一回りでかい。でも身長で言えば180ぐらいで、大きすぎるわけじゃない。だからぶかぶかにはなるけれど、静香も着ることができる。


「それって強奪っていわんか?」


そう言いつつもちゃんとお古をくれるのはわかっている。これはこの兄妹のいつものやりとりで、今回は正月バージョンだということぐらいだ。


「静香はこの後また寝るの?」


これまでみんなのお世話をしながら自分もおせちを食べていた母が聞く。


「いや、眠いけど今から寝たら夜寝れなくなりそうだから起きとく。明日からもう仕事だし……」


「あんまり無理しない方が良いわよ」


母が心配そうに言うがもう今更だ。


「そうだね、どうしても忙しくなると思うけど、体には気を付けなさい。若いうちに無理すると後で自分の体に返ってくるんだからね。静香は少し頑張りすぎだな」


父もそう言う。だがもう止まれない。


「とりあえず今年は女流棋戦の数が減るはず。年明けから今泉先生と女流名人の番勝負が始まるけど、それに勝てれば後はタイトル戦と白銀戦だけになるから。男性棋戦(静香は家では普通の棋戦のことをこう呼ぶ)も、いくつかは予選免除の棋戦もちらほらあるから。星雲戦とか……」


静香は昨年星雲戦で優勝しているので今年は予選はもちろん免除、パラマス式の本戦トーナメントもスーパーシードで1回勝てば決勝トーナメントに進出できる。前回は予選から11連勝してようやく辿り着いた所から、初戦を始めることができる。


「大海ドラマがあるでしょう?」


それは……そうですね。


「今月末も来月末もアメリカに行くんだよな?」


それもそうですね。やっぱり昼寝しようかと静香は考えた。


「まあ今日の午後はゆっくりしようじゃないか。まずは神社に初詣にいこうか」


天道家で初詣と言えば、近所のかなり小さな神社にお参りすることだ。去年の正月は受験前だったので、元旦に早起きしてひとりで参拝した。


ここのところ家族と旅行に行くことも無かった。それどころか家でごろごろすることも無かった。だが、確かに元旦ぐらいは家族との時間を大切にするのもいいと思う。


昼過ぎ、一家4人そろって初詣に向かった。ご近所さんなのでもちろん歩いて行く。静香は昨年兄にもらった古着と伊達メガネといういつもの姿だ。


さすがに正月だけあって、このこじんまりとしたやしろにもそれなりに人影があったが、それでもご近所の方だけだ。


「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」


前に進みながら、父や母と同じように判で押したような言葉を何度も繰り返す。


「静香は何を願ったの?」


「家族みんな健康で過ごせますようにって」


帰り道、父に訊ねられたので正直に答えた。


「控え目だね」


「人間健康が一番よ」


母も静香に同意してくれた。


「俺はちゃんと仕事できますようにって。学生と全然違うと思うし」


「うん。でも、そんなに変わらないよ」


父と兄の会話を横で聞くのも随分久しぶりのような気がする。そう思いながら、すぐに家に帰りついたところで、静香のスマホがなった。


「ん、メッセージだから、家の中に入ってから返す」


だが、静香のスマホが鳴り続けた。時間を見るとちょうど2時だった。ああ、アメリカの東海岸では今ようやく年が変わったのだ。多分東海岸の人たちがメッセージをくれているのだろう。静香自身、歌勝負が終わって打ち上げが始まる前に、ファンクラブ向けのSNSを更新したし、親しい人たちに同じ文章を送りまくった。


その返事の一部が今14時間たって返ってきたのだ。そう考えると地球で大きいな。おそらく3時間後の5時にはもっと多くのメッセージが静香の元に届くだろう。日本の東京では日が沈んで暗くなった17時に、アメリカの西海岸ではようやく新年の0時を迎える。


静香も今月末にはグラマフ賞でニューヨークに行く。さて今年はどこまで行けるかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ