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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
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170.二本松香織(2)

その頃、すでに鎌田プロダクションは業界でも大手芸能事務所だと位置付けられていた。それでも営業の対象は国内が当たり前。現場やそれ以外の場で、媒体のプロデューサー、出版者、広告代理店と話をまとめるのはそれぞれのタレントにつくマネージャーの仕事だ。


香織が取り仕切っている営業部も同様に、所属するタレントの露出を増やし、その対価にお金を得るのが目的なのは同じだ。だが営業部は現場ではなくて会社の上層部を相手にする場合が多い。そしてこちらから大きな企画を持ち込むことも多い。当然広告代理店などのマスコミ関係者が一番の顧客ではあるが、それ以外の一般の企業と話をすることもある。


そういう意味では香織が携わった大きな仕事の一つは間合塾様とのキャンペーンだ。当時既に鎌プロの新たな看板になっていた舞鶴千夜が、1年間にわたって間合塾様のCMやイベントに登場する。このキャンペーンの肝は、タレントである千夜自身が受験し、合格あるいは不合格に到るまでを追い続けるというCMなのにドキュメント番組の形式を取ることだ。


『舞鶴の現時点での成績はこちらです。間合塾様主催の模試の結果は当然ご存じだと思いますが、念のためそれも含めております』


香織の言葉の後を、鎌プロとタッグを組んでいる大手広告代理店の営業の言葉がそれを補う。


『舞鶴さんは、ドラマや映画、そして歌手としての露出も高いです。また将棋も三段リーグや女子オープンで勝ち上がっていることもあり、どの世代でも好感度が非常に高いタレントで、このキャンペーンにぴったりだと思います。今後、これほどこのキャンペーンにフィットした人材が出て来ることは無いと断言できます』


広告代理店のプレゼンを聞き終えた間合塾様の塾長がゆっくりと口を開く。


『既にうちの広報から聞いている材料だけでも、このキャンペーンの成功は間違いないと確信しています。ただ問題がひとつありますね』


『塾長が抱いてらっしゃるご懸念はどのようなものでしょうか?』


このおそらくは最終プレゼンにおいて、鎌プロも代理店も綿密な想定問答を用意している。その中にある問であればよいのだが、全く思いもしなかったところが、クライアントの懸念になっていることもあり得る。幸いなこと今回は想定の範囲内の質問だった。


『費用対効果の話です。舞鶴さんの事は私もよく存じています。彼女をがっつり拘束するわけですから、この見積金額は納得がいくものです。ですが、今後も彼女は多忙でしょう? その中で彼女がどのくらい入試対策に時間を割くことができるのか?』


そこで塾長が一旦言葉を切った。そして何かを考えてからまた口を開く


『このまま三段リーグを突破すると、知名度はさらに高まります。ですが確実に受験結果に響くでしょう。提案書では彼女がどのような手段でどの学校のどの学部に合格したかでインセンティブが変わっています。私はその点においてだけ見直しをお願いしたい。例えば私立に推薦で合格した場合、有名私大であればそこそこの金額になっています。これは私たちにとってあまりよい結果で無いと言わざるを得ません』


予測の想定内の質問だ。お金の話だし、代理店にお任せすればよいと香織は考える。


『はい、塾長のご懸念はごもっともだと私どもも認識しております。先ほどの金額表は御社の広報様と協議し、これが最善であろうとしたものですが、別のいくつかのパターンも次善として挙げて頂いております』


つまり極端なパターンだ。先ほどの提案書よりも随分リストが短いものになっている。推薦の場合いずれの場合も追加のインセンティブは0。試験合格でも、中堅の国公立・私大の場合も0なので、リストからは消されている。


その代わりネーミングバリューの高い大学や学部に合格した場合のインセンティブが高額なものとなる。しかも複数の大学に合格した場合、合格はしたが通学はしなかった大学の分も半額ではあるがインセンティブが発生するというものだ。


その後細かなやりとりはあったものの、極端なパターンの方で契約が決まった。契約が締結された時には、既に三段リーグも半ばに近づいていたし、新たな模試の結果も出ていたことが契約を勝ち取る後押しをしたと香織は考えている。そして実際の受験でこの上ない結果を残した。


この契約だけみたら頑張ったんだな、と思うかもしれないが、千夜はこれと同じかそれより困難なことをいくつも成し遂げて来た。元々大手芸能事務所だった鎌プロが、売り上げの7割をあの子が稼いでいる。収支で言えば8割を超えるかもしれない。


これは決して他のタレントの力が落ちたわけではない。千夜で稼いだ金を使って、あるいは各媒体とのバーターで、他のタレントたちの力にもなっている。つまり鎌プロはこの2年程で売り上げが3倍以上になっている。


本当にあの時声を掛けておいて良かったと思う。そう香織は誰もいないオフィスでひとり感慨にふけった。


だが、しばらく過去を回想していた香織は現実に引き戻された。もう数分間千夜がテレビに映りっぱなしになっている。司会である千夜がたびたび写るのはわかる。だが千夜と客席しか映らないのはおかしい。なにかハプニングが起きたのだろうか?


香織がテレビの音量を付けようとしたところで、電話がかかって来た。タイミングが悪い。


「はい、二本……ああアビー、もう会社についたのね。ええ、わかったわ。サインも頂いたと。噂どおりね。じゃあ契約はこれで締結済。わかっていると思うけど一部はこちらに送り返してね。ええ、こちらの広報にもゴーサインを出しておくから。そちらが新年になった0時に発表してくれればいいわ。こちらも1時間前には準備をしておくわね。えっ、その時こちらはお昼の2時よ。じゃあアビー朝早くからお疲れ様。Have a great new year」


スマホを置いて、香織は再びテレビに目を移したが、既に若手歌手が歌っていた。さてと、じゃあこちらもしかるべき人に連絡しなければいけない。その後はこの眠らない街で何か食べるものを買って年越しを迎えようと考えた。やっぱり蕎麦がいいだろうか?

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