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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
167/284

167.日本歌勝負(8)

挨拶を終えて対局が始まる。櫛木さんが初手2六歩と飛車先を突いてチェスクロックを押す。このチェスクロックは5分40秒から減るだけなので、これ以降は目安としてしか使わない。以下8四歩、2五歩、8五歩、先後同型の相居飛車だ。


「今舞台上で熱戦の火蓋が切られたわけですが、ここで我が白組の高浜銀二たかはまぎんじさんに来ていただきました」


今度は白組司会の海田さんが歌手の高浜さんを軽く紹介する。


静香はそれを頭のどこかで聞きながら、櫛木さんの次の一手を考えていた。ここでこの一局の戦型が決まる、櫛木さんは7六歩で角道を開けたので、角換わりで決定。静香は3二金と受ける。以下7七角、3四歩、6八銀。ここで静香が7七角成と角交換を仕掛ける。


「この若いふたりの将棋を見てどうですか?」


同銀、2二銀、4八銀、3三銀、3六歩。これは桂馬が上がれるようにするということで攻撃的な定跡。


「ふたりともまだ若くそれでいて実績もすごいので、こんな短時間で指してもらうのがもったいない黄金カードですね。このふたりの熱さをもらって、俺も熱く歌えればと思います」


6二銀、3五歩、6四歩、3七桂、4二玉。ここまでは角換わりでもよく指される定跡を辿っているのでお互いノータイムに進めている。


「それでは歌ってもらいましょう。高浜銀二さんで『詰みと罪』」


ここで4五桂と跳ねてくるのが急戦のパターンの一つだけど、櫛木さんは3四歩と突いて来た。こちらも攻撃的な手だ。イントロが始まると同時に静香は同銀で歩を払う。当たり前のように5六に角を打たれて、3三歩打で浮いた銀を守る。


以下2四歩、同歩、同飛、ここで静香は一瞬迷ったが2三歩打。イントロのドラムに合わせたタイミングで、駒音を鳴らす。多分客席にもどこにも聞こえていないだろうけれど。


チェスクロックを見ると5分を切っている。ここまで28手で46秒だからほぼ1手2秒ペース。定跡を出たとは言えまだ先例もあるけど、それでも考える時間は1秒もない。駒を指すのはそんなに時間がかからないけど、持ち駒を駒台から打つと時間がかかる。場合によっては取った駒を駒台に置いている間に次の手を指したり指されたりしている。


このペースで最後まで行ければ約150手ぐらい指せるが、流石にそうもいかないだろう。急戦だから既に中盤で、駒を取っては取られているし、すぐに道標も無くなるだろう。


そして櫛木さんは3四飛と一見飛車銀交換を仕掛けて来た。攻撃的にしようと打ち合わせてはいたものの、本当にものすごく攻撃的だ。攻撃的すぎる。静香は同歩。当然取られた銀を飛車先に打ち込まれる。8三銀打。もちろんタダではなくて角が利いている。


同飛、同角成。トータルで言うと銀を得たが馬を作られる。しかもここは守るしかないから7一金。櫛木さんは3三歩打。四段になってから静香がここまで防戦一方だった記憶はこれまでに無い。流石にこの攻めがこの後も続くとは思えないけれど。


だから静香も攻撃的に転じるために同桂と跳ねたら、櫛木さんは2一飛打。まるでブレーキが壊れたスポーツカーみたい。横にこちらの飛車を打つのが最善手だと思うけど、この飛車は攻撃用に取っておく。静香の2二銀打に対し、ここは手堅く4六歩と一旦攻撃が止まった。


だったら今度はこちらの攻めだ。2七角打。櫛木さんも5六馬と引いて盤の中央近辺を抑える。3六角成、4五桂、同桂、同歩、8六歩、5五馬、3三桂打、8六歩、8八歩打。これで桂を取ってと金を作る。


これでちょうど50手で残り3分30秒切っている、さすがに序盤からはペースダウンしているが、それは序盤が異常すぎただけで、今のペースでも十分異常すぎる将棋だ。これだけの超急戦で駒が飛び交っているのに、静香の見た感じ互角っていうのも凄いことだ。


51手目は8三桂打、静香の軽い攻撃を無視して櫛木さんの重い拳が突き刺さる。本来だったら狙われた金を守るかもしれないが静香も攻める。8九歩成、7一桂成、3一金、これで相手の飛車を詰ます。といってもこちらの金銀を使っているし静香の形も崩れるけれど、右辺を守っていた金を取られた状態で竜に成られると終わってしまう。


7ニ成桂。このままだと次に銀も取られてしまうが、静香も攻める。7九と、同金、8七桂打。流石に櫛木さんも守りに入って3七歩打とこちらの馬をどかそうとする。こっちは飛車を持ってるからね。


1四馬、6九金、6三銀、6二成桂、5四銀。中央に陣取った馬をどかしに行くと、3一飛成、同玉と詰ましていた飛車と金の交換。


ここで66手目。この16手で残り2分40秒、曲もいつのまにか1番が終わり2番への間奏に入っている。2番は原曲より省略されて短い、その後にもう一度サビがある。これだけの時間でこの一局が終わるかというとかなり微妙だが、これ以上思考を上げるのも無理だ。


再び静香の耳は音を拾わなくなり、再び盤面だけが静香のすべてになった。

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