166.日本歌勝負(7)
小芝居が終わった後、私たちが舞台に出るのだけど、そこでも寸劇をしなければならない。
舞台が暗転し、総合司会の山原アナが会場そしてお茶の間の皆さまに向かって話しかける。
「それではここで、本日の審査委員のおひとりでもある、櫛木蒼竜帝に来ていただきました。冒頭でもご紹介しましたが、竜帝戦は将棋界の2大タイトルの一つ。その2大タイトルの片方を、初参加、最短で獲得したわけです。当然6組からのタイトル獲得も初めてという初めてづくし。しかもそれを成し遂げたのは、歴代最年少の中学生。竜帝戦ドリームという言葉は昔からありましたが、これほど大きな夢を掴んだ棋士は初めてです」
さすが公共放送でも指折りのアナウンサー、しゃべりにまったく淀みがない。それにしても別のマスコミがスポンサーの棋戦についてもよく話すなと静香は思った。
「やはり御厨名人は強かったですか」
「強かったです。名人からタイトルを取れたのは本当に幸運だったと思います」
静香も竜帝戦が始まる前は御厨先生に分があると思っていたし、最初に櫛木さんが勝ち星を重ねた時も、御厨先生がひっくり返すだろうと思っていた。
「2日間、互いに持ち時間8時間という長丁場を4局制されたわけです。体力的にもまだまだ大変なのではないですか?」
「いや、体力はそんなに負けていないと思います。大局観とかそういうところがまだまだ足りないので、これからも鍛え続けないといけないと考えています」
いつもながら中学生とは思えない話ぶりだ。台本を読んでいるので知っていたが、結構時間をかけるなあ。
それにしても大局観か……静香は大局観があると言われたことがある。でも大局観とはつまるところ、どれだけ高いレベルの相手と対局数を重ねるかが重要だと思う。従って若手棋士の癖にほぼ公式戦でしか対局時間を蓄積できていない静香が、これ以上大局観を伸ばすのは難しい。
「櫛木竜帝は、短い棋戦でも好成績を残されています。現在進行中の公共放送杯でもベスト4に勝ち残っていらっしゃいます」
客席から拍手が起きた。
「おかげ様でありがとうございます」
本当に茶番だが、これも普及のためだ。連盟としても櫛木さんをここでプッシュして、将棋界だけでなく一般の人にも広く知られた存在にするキャンペーン中なのだ。
「公共放送杯はテレビ棋戦ということもあり、非常に持ち時間の短い棋戦です。長短どちらの棋戦でも力を存分に発揮される櫛木竜帝に、この歌勝負の場で指して頂こうと思います」
わっと客席が騒ぐ。それはいいのだけれど、これって歌手の人にとってはどうなんだろう? 気を悪くされたりしないのかな? 将棋をテーマに歌を作る人だから、将棋好きだとは思うのだけど。
「そして櫛木竜帝の相手を勤めるのは、奇しくもその公共放送杯の準決勝でぶつかる相手でもある、この方です」
静香は畳2帖が敷かれたコロ付きの台に乗せられて、その上に既に駒が並べられた将棋盤と一緒に、座布団の上に正座したまま、舞台の客席寄り中央まで連れて来られる。
そしてその道中に静香が紹介される。
「櫛木竜帝の相手を務めるのは天道静香七段。櫛木竜帝の同期であり、女性で初めて四段に昇段、現在3人しかいない10代の棋士のひとりで、デビュー直後から32連勝を達成し一躍話題になりました。一般棋戦では短時間の棋戦に強く未だ無敗。既に夕陽杯と星雲戦で優勝経験をお持ちです。そして公共放送杯は年明けの準決勝で櫛木竜帝に挑みます。女流では公式戦未だ無敗の六冠。でも……どこかで見たことのある方ですよね」
あらかじめ台本を読んでなかったら絶対赤面していたと静香は思った。しかし会場からはおおっ、という声が上がる、しかもその後なんか指さされたり、観客のざわめきが止まらない。あれ? 静香は自分で思っていたほど知名度がないのか……
「いつもの天道さんですね」
櫛木さんもだいぶ慣れて来たように感じる。そしてそのまま千夜の前にやってきて座る。その間に、この一局のルールが山原アナから説明される。
「お二方の対局時間は、次の白組のパフォーマンスが終わるまでの6分弱しかありません。事前におふた方の間で決めたのは、その時間で終局させること、それに相応しい攻撃的な展開にすること、先手は櫛木竜帝という3点だけ。それ以外の取り決めはなし。この本番で台本のない真剣勝負だと聞いています」
静香の前に櫛木さんが座る。櫛木さんとこのように盛装で指すのは初めてだ。清流戦もチャレンジカップもそこまで格式ばった対局ではないからね。和服だといつもと感じが全然違う。これが竜帝の威光なのかもしれない。そして舞台後ろの幕に将棋盤を真上から撮った映像が映される。
といってもその手前でパフォーマンスが始まるわけだから、かなり見えずらくなるだろう。
「お願いします」
静香と櫛木さんはお互いに礼をする。もちろん上座は櫛木さん。タイトルに挑戦する場合を除けば今、櫛木さんより上座に座ることができるのは御厨先生だけだ。