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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
165/284

165.日本歌勝負(6)

定刻になってオープニングムービーが流れ始める。この間は録画なのでいわば心の準備期間。それが終わった後の第一声は千夜の仕事ではないが、それに続けて言わなければならない。


「第68回、日本」「「歌勝負」」


リハを重ねただけあって、きっちりとハモることができた。


「ついに始まりました。この一年の最後を締めくくる歌勝負。今年も総合司会を務めさせて頂きます、山原晃平やまはらこうへいです」


「私も去年に続けて白組の司会を務めます、海田迅うみたじんです」


「そして私は初めて紅組の司会を務めさせて頂きます、舞鶴千夜です。もうさっきから心臓がバックンバックン動いているのを感じています」


千夜は台本通りに話しているだけで緊張はない。むしろ同じ司会仲間のふたりから緊張が自分に伝わって来るのが困る。この辺りは台本慣れしている千夜の方が強いのかもしれない。山原さんはアナウンサーだし、海田さんはバラエティ番組が主戦場だ。


「舞鶴さんは初出場で初司会、緊張しますよね?」


「はい、でもお二方が支えてくださるので大丈夫です」


多分千夜が緊張しないのは、この司会に賭けられているモノが少ないから。極端な話、司会で大失敗しても、千夜の今後の活動にはあまり支障がないからだ。


そうして、特に問題なくオープニングトークが終わり、早速最初の紅組の最初のひとりから始まる。この公共放送の幼児向け番組で使われた歌だけど、今年かなりヒットした曲だ。


イントロが流れ始めて少したったところで千夜に合図が送られた。


「それではこちら紅組のトップバッター。長寿番組『おひさまおはよう』で使われ、今や大人たちをも巻き込んでブレイクした『ママこっち向いて』。この曲を特別に歌勝負バージョンでお届けします。歌うのはもちろんいつものおふたりです」


『ママこっち向いて』の歌手はお兄さんとお姉さんの二人だけれど、女声パートが多いので紅組に分類された。紹介が終わったら舞台袖に引っ込んでいいわけでもない。普段の番組では一番しか歌われないが今日のバージョンは2番まである。2番では千夜も舞台で踊らないといけない。幼児向け番組のダンスだから別に問題はない。アドリブがOKであれば、いろいろやってみたいけど、もちろんそんなことは許されないので、基本通りに最後まで踊る。それでもこうやって拍手をもらえると嬉しいものだ。


こうして千夜にとっての今年最後のイベントが始まった。



最初の曲を除くと、紅組のアーチストの紹介をするのが千夜のお仕事。曲の前にちょっとしたトークが入ることがあるが、これもあれもすべて台本通り。相手もちゃんと台本通りなので、なんの支障もなくプログラムが進んで行く。そして白組のアーチストが歌っている時は千夜がするのは手を叩くことぐらい。


互いに2曲終わった後に審査員の紹介がある。ここも台本通りなのだけど、櫛木さんがちょっと心配。


「それでは次の審査員の方をご紹介します。先日行われました将棋の2大タイトルの片方、『竜帝戦』において、まだ中学生にも関わらず御厨名人からタイトルを奪い、またこれまで御厨名人が持っていた最年少タイトル記録も大幅に更新されました、櫛木蒼くしきしげる竜帝です!」


和服姿の櫛木さんが、立ち上がって黙って頭を下げる。


「しかし中学生で竜帝というのは本当にすごいですね」


山原アナの合いの手に千夜も合わせる。


「そうなんですよ。これだけでも歴史に残る偉業なんですが、まだ中学生ですから、どれだけの将棋の歴史を塗り替えるのか、大変楽しみです」


そして適切な間隔を開けた後に海田さんが最後の審査員、審査委員長である野球選手を紹介し始める。ここで千夜は一旦気を抜いた。この後6曲と簡単な寸劇を挟んだ後、千夜はこの番組の中で唯一台本のない箇所、つまり櫛木さんとふたりで持ち時間5分40秒将棋が始まる。


まずは紅組の曲紹介が終わった後、大急ぎでトイレを済ませて、控室に戻る。私が差し入れのアメを舐めている間に洋服から赤い和服に着替える。紅赤べにあかをベースに淡紅色たんこうしょくの桜花が散りばめられた新古典柄。蒲公英色たんぽぽいろ宝相華文ほうそうげもんの柄をお太鼓で結び、帯揚おびあげも朱紅。


着付けが終わるのを待ち構えていたかのように髪を日本髪に結われ、白粉おしろいと唇に紅を差して、仕上げに花かんざしを髪に挿される。この一連の作業だけでも大人数で2回リハーサルをしているから、こんな時間で終わる。


脱いだのも着たのもスポンサー様からご提供頂いたものだ。この番組はこういうのも自前なんだね。それとも千夜だけか? ぱっと見ると典型的な成人式の貸し衣装のように見えるかもしれないが、素材から全然違う。本当はいくらぐらいかかっているんでしょうね、これ?


既に白組の1曲目がラストのサビに入っている。この後の小芝居が終わったら、出番なので静香は急いで所定の舞台袖へと向かう。千夜は上手側で司会をしていたが、静香の入場は下手側だ。所定の位置に着いた時にはあまり余裕が無かった。


「天道さん……」


櫛木さんも竜帝戦で和服を何本かあつらえたと聞いていたし、実際に録画でも見たけど、盛装すると中学生には見えない。多分静香もお互い様だろう。馬子にも衣裳という奴だ。


「櫛木さんも準備万端ね。短いけれどいい一局にしましょう」

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