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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
162/284

162.日本歌勝負(3)

櫛木さんが話の続きをする。


「だいたい5分40秒ってことは1手5秒で指せば68手ですね」


「そうね、だから特に序盤は1手3秒ってとこかしら。そうすると5分で100手指せるから、まあ飛ばせるところは飛ばしていきましょう」


1手3秒と考えるとかなりのハイペースだ。しかも静香から見たら櫛木さんは格上だし、櫛木さんから見てもこの時間だと私はかなりの強敵に見えるだろう。


「まあ余興だからね。時間ぴったりに終わらせるのが最優先。それさえわかってもらえれば大丈夫。もちろん私が勝つつもりで指すけど」


櫛木さんがうなずく。


「もちろん僕もそのルールで勝つつもりで指します。ところで……話は変わりますけど、竜帝戦の検討っていつ時間がとれますか?」


そうそう。わざわざ静香の予定を聞いてくれるとは櫛木さんは律儀だな。ありがたいことだ。


「そうね。年内はどう考えても無理だから……年明けで調整してもらったら、その日が行けるかどうかを伝えるわよ?」


何人ぐらい来るのかな。池添九段門下は全員来るだろうし。


「は?」


は? とは? 櫛木さん何言ってるの?


「いや天道さんの予定を聞いているんですけど」


えー。そんなに私重視で決めてもらわなくてもいいんだけどな。


「今の所確実に空いているのは歌勝負の直後ぐらいかな。この建物の食堂で打ち上げがあって、そこで御礼とか挨拶が終わった後ね」


その頃には日が変わって、確実に元旦になっている。さすがに個人事業主の櫛木さんも、中学生は帰って寝てる時間だ。


「じゃあその時間帯でいいです。どうせ元旦はお休みですし」


「えっ、じゃあ他の人はどうするの?」


もっと大人数で検討会をするのだと静香は思っていた。


「他の人とも検討会をやりますけど、天道さんは忙しいからこちらで時間を合わせないと、と思って」


竜帝に気を使わせてしまうなんて申し訳ない。


「えっと、下手したら打ち上げ後に徹夜になるけど大丈夫なの? ご両親とか心配しない?」


「先に伝えておけば大丈夫です」


まあ中学生竜帝が息子だったらそうなるかもしれない。おそらくご両親の片方、あるいは両方はかなり将棋に詳しいはずだ。じゃあまあいいのかな?


「わかった。でも実際は疲れてて無理かもしれないけどその時はごめんね」


「わかりました」


そう言って櫛木さんはカメラを連れて去って行ったが、静香はADさんのひとりの袖を掴んで聞いた。


「今のやりとりってどこまで仕込みなんですか?」


ADさんが慌てて答える。


「いや全然。竜帝のインタビュー番組を撮った後で、歌勝負の審査員のすることを伝えただけですよ。別におふたりを疑っているわけではないですが、いきなりあんなルールで指せるのかだけはとても心配してますけど」


静香は全然心配していない。極端なことを言うと、制限時間ちょうどの時点で不利な方が頭を下げればいいからだ。


「ということはあの竜帝戦の検討あたりの会話も仕込みなしですか?」


静香は念のために聞いてみた。櫛木さんがメディア慣れしていない、とは言えないが、将棋関係のメディアとそれ以外のメディアはまた違う。


おそらく今、櫛木さんはそれを身をもって思い知らされていることだろう。静香は見ていないけど、「中学生竜帝」というのはかなりパワーワードで、あっという間に全国の皆さまに広く知られた存在になった。


「もちろん。中学生に徹夜しろなんて、僕たちが言えるわけないでしょう」


それはそうだな。千夜はADさんに礼を言って別れた。リハは千夜抜きで進んでいる。早く合流しないといけない。



最初の出遅れはあったものの、リハは順調に進んだ。千夜が参加する部分、紅組の司会なのでかなりの頻度があるけれど、それもスムーズに進んで行く。


大海ドラマの撮影と歌勝負のリハ、公共放送の廊下を毎日のように行き来しているうちに、千夜はついに敬愛するシンガーソングライター、中谷雪実なかたにゆきみさんに会うことができた。


「あっ、中谷さん。舞鶴千夜です。今回はお世話になります」


「舞鶴さんですね。こちらこそお世話になります」


中谷さんは笑って千夜に応えてくれる。


「えっと、中谷さん。スタッフに聞いたのですけれど、踊りじゃなくてデュエットの方がいいんじゃないかっておっしゃったって耳にしたのですけれど」


当初予定では中谷さんの周りで私がダンスをする予定だった。


「あっ、雪実ちゃんでいいからね。大福でもいいわよ」


大福というのは中谷さんのあだ名のひとつだけど、恐れ多くてとてもそんな風には呼べない。


「じゃあ雪実さんで。デュエットは光栄なんですけど、いつ合わせましょうか?」


年の瀬のお互いに忙しい身の上だ。


「千夜ちゃんは私が歌う曲は知ってるわよね。だから適当に合わせてくれたらいいわよ」


千夜は驚いた。デュエットも演奏も即興で合わせるのは無謀ではないだろうか?


「いや、バックミュージシャンの方と合わせますよね? その時に私も参加させてもらえたらと」


「大丈夫。私のライブ音源を渡すから。バックのみんなもその時と同じメンバーなの。千夜ちゃんは自由にギターを弾いて好きなタイミングでデュエットに入ってくれればいいから。確かに時間が決まってるからそのあたりは面倒だけどね」


面倒なんてもんじゃないと思います。それって完全にアドリブだ。それも秒単位で時間厳守の。


「聞いたわよ。将棋では本番で自由に指すんだって。だったらギターも歌も大丈夫よ」


そう言って雪実さんはおおらかに笑う。千夜の仕事がまた一つ増えた。

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