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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
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160.編入試験(3)

結局本番でアドリブで指すという、ややリスクが残る案が通った。大丈夫だよね? 周りがガチガチに台本が決まっている中で、ここだけアドリブなのは確かに少し心配ではある。


そこでふと思う。こんな状態で棋戦とかドラマの収録とか進むのかな、と。やっぱり監督の言ったように、前倒しで撮影を進めて良かったってことか。


相手が御厨先生にせよ櫛木さんにせよ、いろんな制限が付いた状態でも千夜(静香?)と一局を勝負として、またエンターテイメントとして成立させる力量を持っているはずだ。なおチェスクロックは普通の使い方ではなくアーチスト(白組)の曲が終わるまでの残り秒数をカウントダウンすることになる。


まあ持ち時間的にも、生放送歌番組の余興という地形効果を考えても、圧倒的に千夜に有利な条件だけど、それでもどちらが勝つかわからないいい勝負になるだろう。


でもさすがのあのふたりでも曲のリズムに合わせて駒を指すのは無理だろうと思うから、曲が始まったら駒音は小さくするように、相手がどちらかに決まれば伝えておこう。


対局、撮影、準備、プロモーション、それから講義。師走とはよく言ったもので、時間があっという間に過ぎてゆく。そして竜帝戦第七局も決着した。将棋界でも最高峰のタイトルは今でも最年少棋士である櫛木新竜帝がもぎ取った。振り駒で先手を取ったとは言え、御厨先生相手にシーソーゲームを勝ち切って、名人と並ぶビックタイトルを手にした。


大海ドラマと歌勝負、双方の番組宣伝のためだろう、また局の中にいたので簡単に撮れるというのもあるのだろう、千夜もまた鸕野讚良うののささらの衣裳のままで、コメントを求められた。


「まだ封じ手後の棋譜を見ていないので、内容についてはまだなにも言えません。ですがまだ中学生ですから、確実に最年少のタイトルホルダーですよね。本当にすごい棋士だと思いますし、同期としてもできるだけその高みに近づきたいと思います」


などと極めて無難なコメントをした。本当なら歌勝負の方のリハに入る時間なのに、ドラマの撮影が長引いたのは、竜帝戦が終わるのを待ってたのかな、と千夜は邪推した。


でもこれで櫛木蒼くしきしげるの名前は一般の人にも広く知られるようになるだろう。櫛木さんが四段になる以前、将棋の興味のない人でも知っている棋士と言えば御厨先生ただ一人だった。たったひとりで棋界を支えていたと言っていい。


2年近く前に、御厨先生の最年少記録を塗り替えた櫛木さん、そして同時に女性初の静香が四段になって、お茶の間に話題性を提供するという意味では、御厨先生の負担は少し減ったと思う。


櫛木さんと静香、プロになってからは主に静香が将棋というものを各媒体を通じて世間に広く浅く普及させることに一役買ったと思う。そしてこれからは櫛木さんと御厨先生の争いが、より深い将棋の世界に人々を巻き込んで行ってくれるはずだ。


静香はこのまま、広く浅くを続けていけばいい。しかもそれさえも、しばらくの間は櫛木さんが担ってくれるだろうから、静香は少し楽になるかもしれない。


もちろん、あのふたりだけじゃない。この1年だけを見ても御厨先生と同い年の月影先生が2冠を獲って躍進している。そして武田さん。彼は3戦目に遠山四段には負けたが、つい先日の4戦目に池添四段に勝ち、3勝1敗でプロ編入試験に合格、四段昇段を決めた。5戦目の相手だった静香の出番は無くなった。


武田将運たけだしょううん新四段、櫛木さん風に言うと次の3月に四段になることが決まったまだアマチュアの選手、は奨励会に入った事がないと言う。彼との対戦も楽しみだな、と静香は思う。


ただ櫛木さんが竜帝になったことで、話題を攫われたのは可哀想だなと思った。でも映像で見る限り、注目されて嬉しい風には見えなかったから、これで良かったのかもしれない。


とにかく次から次への話題が出て来るので、これでもっと将棋界が盛り上がればいいな、と千夜は思った。


ところで櫛木さんと言えば、以前に竜帝戦が終わったらその検討に参加して欲しいと頼まれていたことを思い出した。そのうち歌勝負の審査員プラス、持ち時間ふたりで5分42秒ジャストで終わらせる棋戦のリハにも呼ばれるはずなので、その時、いつ検討会をするのか聞けば良いと思う。上手く静香の予定が合えばいいのだけれど。


あれ? 労基法って大丈夫? 歌勝負は大晦日の深夜まで開催される。千夜がタレントになったのは高校生になってからだから中学生については良く知らない。スタッフの人に聞いてもいいけど、休みになる前に美桜みおに聞いてみよう。同じ3組のクラスメートだけど、文科Ⅰ類だから、法律関係は絶対千夜より詳しいはずだ。


千夜は着替え終わって歌勝負のリハーサルに途中参加した。司会だから覚えることはいっぱいあるが、台本通りに話したり、移動したりすることはつまらないけれど難しくはない。


そしてハプニングがあった時にどうするか。進行の早い・遅いであれば、作家さんがすぐにセリフを書き変えちゃうだろうから、少し面倒なぐらい。だが突然のハプニングの時にとっさになんとかしないといけない場合、その時は静香の腕の見せ所だ。


いや、本当にハプニングが起こって欲しいわけじゃない。それにハプニングだって、悪いハプニングだけじゃなくて良いハプニングだってあり得る。具体的には……思いつかないけど、観客が凄い盛り上がるとか?


そして、自分が歌う時もいつものように弾き語りだから問題はない。やはり将棋のところと、中谷さんのバックミュージシャンと踊りを務めるところが少しだけ不安だ。


櫛木さんと感覚を掴むために何局か指しておきたい。後は中谷さんとも早めに合わせておきたい。どちらもそう遠くないうちに機会があるはずだ。

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