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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
157/285

157.ブルースの女王(2)

撮影開始の遅れを取り戻すべく、大海ドラマの撮影はまだまだ続く。千夜としては年末に迫った、夏に録音したアルバム、かなり昔のことのような気がする、のリリースも近づいているし、ミュージカル映画の封切りも近づいている。それらのプロモーションも始まったので、忙しい日々を過ごしていた。


そしてもちろん棋戦だってある。


その後は公共放送杯3回戦の収録。その日は早朝から大海ドラマの撮影があった。ちょうど一区切りするところまで撮影を続けていたので、公共放送杯のスタッフの方がわざわざ呼びに来てくれた。その後小走りで対局室へと向かいなんとか間に合った。だが着替えてる時間はさすがになくてドラマの衣装のままの対局となった。まあ飛鳥時代の皇女の衣裳を現代風にアレンジしたものだけどカテゴリ的には和装だし、正装と言えないこともない。


その日は先手が取れたし調子も良かったし、何といっても持ち時間が短いので、なんとか勝つことができた。


だが、将棋側のテレビスタッフの人は気が気でなかったと思う。大海ドラマは公共放送の中でも格が高い番組だから強く出にくいし、かと言って公共放送側の問題で公共放送杯に参加する棋士が遅刻しました、とか笑えないものね。


機材等の問題で収録の開始時間を遅らせる、というのはまあわからないでもないけど、そういうわけじゃないしね。考慮時間を合わせても持ち時間は20分しかない棋戦で遅刻したらどうなるのか、静香は寡聞にも知らない。今回も聞かずに済んでよかった。


なお、この対局中もドラマ側では、みんな手を止めて観戦してくれていたらしい。静香がドラマの方に戻ると他のキャストやスタッフから祝福を受けた。


「衣装もよかったよ」


と由美ちゃんは言ってくれたけど、由美ちゃんは将棋の世界を知らないから、あれでよかったのか、千夜は自信がない。だが次の監督の言葉で千夜は凍り付いた。


「これでどちらの番組の宣伝にもなったんじゃないかな」


もしかして撮影時間を伸ばしたのはわざとじゃないよね? わざとじゃないにしろ、この業界の恐ろしさをまた一つ千夜は知ったが、その後もなんとか演技を続けることができた。



そして11月も後半に入る頃、大学で学園祭がある。静香は広い運動場の真ん中に設けられたステージでプライベートのアコギ、RR-38を使って弾き語りをした。


1曲目は『0-0-0#』、作詞・作曲者はジャズの神様ローガン=パーキンス。「史上に残る名曲」を依頼したら、ちゃんとそのリクエストに応えてくれた曲が送られてきた。タイトルはあてつけだろうけど。


『このタイトル、何て読むんですか?』


曲を作ってもらった礼を言う際にそれを聞いたら、お好きなように、とのことだった。多分ローガンも考えてないのだろう。だから千夜は『クイーンキャスリングチェックメイト』を略して勝手に『QCC』と呼んでいる。チェス的に本来どう略すのかは知らない。


この曲は夏に世界中でバカ売れしたアルバム、『booties』の最初に持って来たし、単独のダウンロードではアルバムの中でも一番売れた。


チェスというゲームの終り、チェックメイトを表す「#」。そんな曲をアルバムでもこのライブでもオープニングに持って来たというのは千夜/静香なりの皮肉でもある。また「#」は当然ながら、音楽の符号でもあり、楽譜も「#」だらけという曲だ。


一曲歌い終えてMCに入る。


「こんばんは! 1年3組天道静香です」


理Ⅲをつけるかどうかは少し迷ったけど、3組は中国語既習かTLP受講者のインタークラスなので省略した。そしてまだ午後5時だけど11月後半の5時はもう日が落ちていて、薄明と言われる文字通り薄く明るい状態にある。当然気温も一気に下がる。これから初日が終わる1時間、黄昏から宵の口までが丸々静香に与えられている。


「寒くなってきましたけど、ステージから見える範囲にも結構薄着の方が多いですね。無理せずに上着を羽織ってくださいね」


ステージから見えるのはひたすら人だかり。随分前から並んでくれたのだろう。純子じゅんこ美桜みおが最前列にいるので、笑顔を送る。ここの大学の学生はもちろん、そうでない人もいっぱい来てくれているのではないかな。屋外だしアコギだから当然アンプが必要。PA(音響マン)はそういうのに詳しい学生がやってくれている。


「今日は1時間と、学園祭ではありえない長い時間を頂いたので、元気に歌っていきたいと思います」


ハウリング地獄が怖かったので、今日は無難にマグネティックピックアップを選んだけれど、そんな必要は無かったかもしれない。そりゃ未来の工学博士とかがごろごろいるわけだものね。


そして2局目には Bessie Smith の、『Baby Won't You Please Come Home』を選んだ。高校の文化祭で歌った曲。あの時からどれくらい自分が進んだのか、それとも後退したのかを確認したかったからだ。

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