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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
154/285

154.オフィスにて(3)

櫛木蒼くしきしげる


感覚を重視し奇策が多く時間攻めによって相手のミスを誘う戦略を基本とする天道静香と違って、櫛木蒼の棋風は王道であり緻密だ。これまで公式戦では居飛車しか指していない。パソコンを用いた研究に研究を重ねた序盤、駒の損得や連携を緻密に考え抜いた中盤。そしてじっくり考えて、本当につながるのかと不安になるぐらいの、細い攻めを繋げて相手玉を追いつめる終盤。静香と逆に持ち時間が長ければ長い程強いのではないかと言われている。


竜帝戦の挑戦を決め、番勝負が始まる少し前に、専門誌のインタビューで櫛木七段は普段の生活について以下のように答えた。


『学校の勉強はほとんどしてないです。学校にいても授業に集中できなくなるとすぐ将棋の事を考えてしまいます。先生方には大変申し訳ないのですが、正直に申し上げると僕にとってあまり有効的な時間の使い方ではないと思います。でも今後のことを考えると義務教育ぐらい受けておかないと、関係者の皆さまとの受け答えにも支障をきたすようになるかもしれないので、頑張って授業について行っています』


こうした静香にとって対極と言って良い程の新しいスターが現れるのは将棋界にとって好ましいことだ。だが、だからと言って、将棋の勉強に時間を使わない静香を責めるのは間違っていると魚住は思う。


あと本人に悪気はないと思うのだけど、同じインタビューで尊敬する棋士について聞かれた時に即答したのも良くなかったと思う。優等生なら師匠である池添いけぞえ九段の名前を出すだろう。そうでなければ思い入れのある過去の大棋士の名前、あるいは現在の第一人者である御厨竜帝・名人の名前が出るだろう。


だが、櫛木七段の口から出た名前は少なくともインタビュアーにとっては意外な名前だった。


『天道七段です。僕の同期ですが、将棋も含めて僕にはとてもできないことを軽々とやってのける天才だと思います』


この発言もまた静香にとって逆風になったと思う。この後に将棋会館でVSをした話も本人ではなく、インタビューアーの口からでてきた。つまりもう関係者にとっては周知の事実ってことだ。



「えっと魚住さんは、新しいスターとして正統派の櫛木七段が表舞台に出て来たから、将棋ファンの天道さんへの風あたりが強くなった、って考えてるってことですね?」


土山の問いに魚住が答える。


「もちろんそれだけが原因じゃないと思うけどね。単純に他の女流棋士のファンもいて、その人が全然タイトルを取れなくなったら、ずるいと思う人もいるかもしれない。それに……俺たちがよく知っているように、天道静香は将棋だけをしていないだろ」


学生も、音楽も、演技もしている。


「音楽や演技のファンが将棋に入って来る、っていうのもあるし、そうやっていろんなことをしている多才さが凄いから好きっていう人はもちろんいると思う。でも、将棋だけに打ち込むべきだ、という人もいるし、ファンの中には大学なんかやめてもっとライブの数を増やして欲しい、という人だっているだろう」


「それは確かにそうかもしれません」


「そして将棋で『ずるい』とか『もっとまじめにやれ』って言う人がいるように、大学の先生や職員の中にも学業に集中すべき、と思っている人もいる。大学生なんかバイトして当たり前だと思うけどね」


土山が考え込む。


「うーん。私は単に嫉妬のような気もしますけどね」


「まあねぇ。そしてこれはツッチーも良く知ってると思うけど、芸能活動にだってアンチがそれなりにいるだろ?」


いえ、そんなことはありません、などとは土山にはとても言えない。一部のサイトに対しては法的措置を取ったこともあるし、ファンクラブ会員の中でさえ、なにかが切っ掛けになってアンチに化ける人間もいる。


「残念ながらそうですね。特にネットでは」


「だよな。本来は出過ぎた釘がちょっと引っ込んだ時に叩かれるんだけど、千夜は出過ぎたまんまだった。その期間が長すぎたから、アンチもネットとか色んな所に積もり積もって、将棋でニューヒーローが出て来て、出過ぎた状態じゃなくなったから一気に押し寄せて来たってとこかな。それが今回の雑誌の形になって出てきたんだと思う。どうしようもないよ」


土山はあまり納得した様子は無かったが、特に何も反論はしてこなかった。


「まあ今回も一応は法務に上げておいたし、俺たちにはそれぐらいしかすることないんじゃないか。千夜のケアは明石チーフと西がするだろうし。まあこれからも本人もそうだけど、俺たちへのバッシングも続くかもしれないから、なあお互いに隙を見せないように自衛することぐらいかな」


自分で言っていて、魚住はもうちょっと考えないといけない、と思った。多分こんな三流出版者の三流週刊誌を訴えたところで、大したことにはならないだろう。問題はやっぱりネットだけど、あれをコントロールすることは不可能だ。

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