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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
153/284

153.オフィスにて(2)

そして、天道静香は女流でも決して無敵の存在ではない。魚住はそう考えている。


彼女は理論よりも感覚を優先して指すタイプだ。他ならぬ本人が魚住の目の前でも、そしてテレビカメラがある公共の場でもそう言っていた。だから歯車が嚙み合わなくなると勝てない、と。いつ彼女の歯車が外れ、そしていつそれが修復されるのか、それは誰にも分らない。


『今日は構想が上手く嚙み合わず負けてしまいました』


とある一局でそういう表現をしたことがある。それは負けた時だけでなく、勝った時でもそうだ。


『少し感覚がずれたままだったのですが、終盤にはなんとか間に合いました』


1局だけならともかく、長い間歯車が外れたままであったことがこれまで一度だけあったと聞いた。小6の時に外れた歯車は、3年以上も外れたままで、その間感覚が合わないまま天道静香は指し続け、その歯車は高校に入ってから再びうまく嵌ったのだという。


だからまた歯車が外れたら、天道静香は負け続ける……かもしれない。


そして、彼女は将棋だけをやっているわけではない。だから将棋の勉強時間が他の棋士に比べると圧倒的に少ない。天道が多忙にも関わらず、持ち時間の短い棋戦で猛威を振るっているのは、彼女が感覚を優先する、持ち時間が少ない棋戦においてその真価をはっきりする気質だからだと思われる。



なお魚住は舞鶴千夜のスタッフではあるが、彼女自身ではないので、彼女と価値観をどの程度まで共有できているかの自信はない。だが想像すると、おそらく彼女のベースは学生で、その上に棋士があって、さらにその上に歌や演技といった芸能があるのではないかと思われる。そしてそれらどの分野においても『きわめて優秀な』という枕詞を付けることができる。


だが、そのベースである学生としてはあくまでまだ教養課程。2年の冬学期から専門課程が始まり、そして3年から6年までの長い時間を医学部という環境で過ごすが、そこでも優秀かというと、それはまだ未知数だ。場合によっては医学部中退なんてこともあり得ると思うし、逆に学業に専念するという可能性をも、魚住は考えておかなければならない立場だ。


また仮に医学部を卒業したからといって医者になれるわけでは無いし、医師免許を取得したからといっても医者にならなければいけないわけでもない。彼女はいろいろ考えているようだけど、彼女の進路は大学生になってなお、なかなか予想が難しい。


魚住は、舞鶴千夜をサポートするチームのメンバーのひとりであり、その職務の一環で大学側と何度も交渉している。結果彼女は無償で大学の宣伝を行っている。大学のWebページ内で、施設や研究紹介のビデオを『本名で』行っている。


これらの交渉の中のふとした会話の中で、学生としての天道静香の話を耳にすることがある。例の天道静香に対する配慮はまだ成立していないが、それが無くても彼女の成績には「優」だけが並んだ。もしこれで「可」や「不可」が並んだ場合、魚住が大学当局と取り交わそうとしている話にも影響があったかもしれないので、魚住自身はもちろん、大学の事務方も胸を撫でおろした。


それは後日、天道静香を無理やり卒業させるために大学のルールを変えたと非難される可能性もあるからだ。だからルール適用前の成績は非常に大事だったので、魚住はそれを明石チーフに伝えた。それがどのように本人に伝わったのかはわからないが、結果として魚住はその後の交渉をスムーズに進めることができている。


代わりに大学内でささやかなグラビア撮影をさせてもらったし、そして今度の学園祭には、本名でだが参加する。高校2年の文化祭以来の本名でのステージか、な? 大学入学当初は未遂に終わったし、ああ、ヨーロッパの将棋大会で歌っているからそれ以来か。


だからそのベースとなる学生としてのペースが乱れた時も、将棋に何らかの影響が出るかもしれない。


魚住がとりとめのない施策にふけっていると、怪訝そうに土山が彼を見ていることに気が付いた。魚住は誤魔化すように軽く咳払いをすると話を続けた。


「あと、グラマフだろ、三大映画祭制覇だろ、東大理Ⅲが既についでになってる。ちょっと存在が非現実的すぎるだろ?」

「そうですよね。本当に同じ人類なのかわからなくなることもありますね」


「そう。人は自分に限らないけど、誰かと比較できる相手に対しては攻撃しやすいんだよ。○○さんはこうだけど、よく似た立場の××さんはちゃんとしている。だから○○もこうするべきだ、ってね」


最悪なのは自分ができるから、お前ができないのは手抜きしている、だけどな。


そこまでは魚住は言わない。


「だから将棋で非現実的な活躍をしていた天道を叩くことは難しかった。でも最近天道以上に非現実的な棋士が出てきただろ?」


櫛木七段。


まだ15歳なのに竜帝のタイトルを掴もうとしている若すぎる天才。静香と同期のこの俊英が、現時点でも既に静香に匹敵する実績を上げ、そして今、静香を超えようとしている。彼の躍進が天道静香にとって比較の対象と成り得るに十分すぎる、衝撃的なインパクトを将棋界とその周辺に与えたのだった。

142話の後書きに書きましたが、毎日更新は今日までです。以降は毎週火曜、土曜に更新します。明日が早速土曜日ですが。


やっぱり毎日更新しながらだといろいろと難しいことが多くて挫折しました。

頻度は落ちますが、これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日更新お疲れ様です。 毎朝更新を楽しみにしてました。
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