表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
151/285

151.鬼殺し(2)

そう静香だって気が付いている。これはいつも自分がしていることをやり返されているだけだ。下手に自分が有利な状況に置かれているからこそ、自分の手が縮こまってしまう。静香はさっきためらった3六歩を突いた。


御厨先生は5四歩、これは中飛車で、しかも飛車の両側を王と銀が挟んでいるから当たり前。静香はひと呼吸して心を決めた。ここからはいつものように突っ走る。ただでさえ相手が御厨先生だ。普通に戦ったら負ける相手だ。こんなに迷って自分を見失っていたら、絶対に負けてしまう。静香は自分に言い聞かせて、呼吸を整える。


5八金右、3二金、7八玉、9四歩、5六歩、4四歩。ここは本来迷うところ。でもいつものように第一感を信じて3五歩。指した後で、2四歩だと、同歩、2三打ち、2七飛で、まあ持ち駒に歩ができるから悪く無かったかもしれない。


駄目駄目、どうして私は対局中に検討してるんだ? 御厨先生が、やはりノータイムで同歩としているのにそんなことを考えているから、ここでも10秒ほど使ってしまった。走れ、ひたすらに突っ走れ。自分が有利だからこそ、いつものペースを守るべき。それにもう19手目だから、御厨先生の研究手から外れている可能性だってある。


静香はもう一回息を吐いた。息継ぎはこれでお終い。後は終盤に入るまでは走り続ける。


4四角、7ニ玉、3四歩打、4三銀、3三歩成、同金、6六角。


ここで選択肢を与えられた御厨先生の手がほんの数秒止まって。そこから8二玉と王を逃がす。4五桂打、3二金。ここは思い切って角交換。2二角成、同金、2四歩、同歩。


今度はこちらが考えさせられる番になったが、スタイルは変えない。時間を使わずに指す。感じるままにひたすら指す。


3三角打、同金、同桂成、4二歩打、2四飛、4四角打、2二飛成、6二金。


中盤の最初で角金交換するのは不利だけど、こちらには成桂と竜ができたからこれでいい。これが静香のいつものペースだ。


8八銀、1五角打、2四歩打、5五歩、4二竜、同飛、同成桂、3四銀。今度は飛車交換。正確には静香のは竜だったが一歩おまけがあるから問題ない。


3一飛打、2八飛打、3七歩打、2四飛成、1六歩、2六角、5五歩、2七歩打。御厨先生が不利なのにどんどん攻めて来るので攻め合いの様相になる。


5四金打、3六歩、4四金、同角、5一角打、2五竜、1七桂、4五竜、4六歩、5五竜、3四飛成、6一金、5六歩打、6四竜、3一竜、3七歩成、同竜、2八歩成、同竜、4七歩打、5七銀、5一金、同成桂、3三角打、5五銀打、同角、同歩、5一角。


両者とも大駒を躊躇無く捨て、躊躇無く打ち、躊躇せず成って、また捨てる。大駒がふたりの間を何往復したか数えるだけでも面倒になって来る。だが戦況は徐々に静香への傾きが大きくなる。将棋に限らないが有利であれば、ミスをしなければ、見落としが無ければ、局面が進めば進むほどより有利になる。もちろんそれが難しいわけだけれど。


だが御厨先生も考え無しに指しているはずがない。御厨先生のどの一手も対応を間違えるとまずい。だが、静香は静香で間違えずに走り続けることができている。静香の玉は堅い。そして御厨先生の駒台には金銀があるものの、現時点では守りが薄い。だからまだ攻めるべきだ。


2二竜、7ニ金打、6一金打、6二角、同金、同銀、2六角打、7一金打、4四角打、5三桂打、1一竜、3五歩打、5四香打、6五桂、5六銀、5七歩打、6八金寄、4八歩成、同角、5八銀打、7九金、7四竜、7七桂、7六竜、6五銀、4六竜、6二角成、4八竜。


もう終盤戦だが、まだだいぶ有利なはず。このまま攻め切る。


7一馬、同金、8九玉、4一歩打、7四歩打、6七銀不成、8五桂、6二角打、7三歩成、同桂、7四桂打、8一玉、2二竜、4二角打、9三銀打、同香、同桂成。


この131手で必至がかかった。後は思い出王手をかけられるかどうかだけど、ここで御厨先生が頭を下げた。


テレビ棋戦なので放送日まで外部に伝えることはできないが、これで静香は夕陽杯に続いて星雲戦も優勝し、七段への昇段を決めた。


「やっぱり後手で鬼殺しはやり過ぎたね」


御厨先生は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「いやどんな研究手が出て来るのか冷や冷やしていました」


「やっぱり読みの早さでは勝てないなあ。櫛木七段といい、ホント10代の若い人はほんと困るよね」


静香は大学生。中学生の櫛木さんと同じカテゴリーに入れられても困る。それはそれとして。


「御厨先生もまだ20代ですよね?」


「うん、自分ではまだまだ未熟だと思ってはいるけど、ここ2年ほど10代若手からの突き上げが怖すぎる」


静香も一息ついた。


「この対局の放送時にどういう状況になっているかはわからないけれど、竜帝戦、頑張ってくださいね」


ここでも御厨先生は苦い顔をした。


「それさあ、櫛木七段にも同じこと言ってるでしょ?」


中々鋭いが静香は無邪気に答えた。


「はい。もちろんです。同期ですし当たり前じゃないですか」


それを聞いて、御厨先生はわざとらしい大きなため息をついた。


そして週末の竜帝戦第二局でも櫛木さんが勝っていた。すわ政権交代か、とメディアも騒ぐようになった。まだ中学生だから、これでタイトル、それも竜帝を取ったら凄まじいよね。このまま御厨先生が負け続けるとは思わないけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ