15.チャレンジマッチ
5月後半、映画の主演オファーをもらった。撮影は夏になる。そして全6話の短編ドラマの主演、こちらはすぐに撮影に入る。2枚のアルバムは息が長く売れていて、3枚目のアルバムのレコーディングも好調だし、『プレーン女子オープン』チャレンジマッチの配信準備も万端。芸能活動は順調すぎる。
「はい、舞鶴千夜です。こちら『プレーン女子オープン』チャレンジマッチの会場に来ています。小学生からベテランの先生まで、今回は歴代のチャレンジマッチに比べても一番多い参加者が参加してくれました。今はもう対局直前ということで、みなさん静かに精神統一をされていますが、今から1時間以上前にですね、早く来場された方のうち何名かインタビューを受けてくださったので、VTRで流します」
画面がインタビュー画面に切り替わる。
「天草女流四段に来ていただきました。いつもこんなに早く来場されるんですか?」
「そうですね。その方が集中できるので」
「もしかして私、お邪魔でしょうか?」
「いえいえ、集中はこの後からで十分です。それよりもサインもらっていいですか? 息子があなたのファンなの」
「それは嬉しいですね。では先生の意気込みをお聞きして、その後サインしますね」
ベテラン女流棋士のインタビューが終わると今度は小学生の少女が映し出される。もちろん出演については本人もその保護者にも同意を得ている。
「かわいー。土屋さん、今は何年生ですか?」
「4年生になりました」
小学生だけど受け答えはしっかりしている。
「ということは9歳ですね。今回の最年少参加者ですかね?」
千夜が画面外の大会スタッフに訊ねる。
「ああ、やっぱり最年少ですね。今大会の意気込みを聞かせてもらえますか?」
「はい。大人の人とやる大きな大会は初めてなので楽しみです」
「おおっ。発言が頼もしいですね。正直今回の目標はどこですか?」
「難しいと思うけど、チャレンジマッチを勝ち抜けられればと思っています」
「はい、頑張って勝ち抜けてください」
インタビューとその録画は終わったが、千夜は土屋さんから1曲歌って欲しいとねだられてたが、サインで我慢してもらった。それでも喜んでもらえてよかった。
その後対局中の部屋が映されると、再び別室の千夜が画面に映る。
「はい。本当こうやって参加者が増えてくれるというのは素晴らしいですね。来年ももっと増えてくれればうれしいです。さて、ここから解説の徳川先生がいらっしゃるまで、とても長い時間があるんですね。私ひとりで持たせるのは非常に心もとないです。ですが、ちょっと対局の様子を見てみましょうか。すべての対局がカメラで記録されていまして、リアルタイムで棋譜を取ってくれる仕組みになっているんですね。そして今私がいるのは対局が行われているホールとは別室なんですが、ここからすべての対局を見ることができます」
画面が対局中の画面に変わる。
「ええっと、これは最初にインタビューに答えて頂いた天草先生が先手の対局ですね。これはもう両者持ち時間も使い果たしてますし、終盤に入っていますよね?」
天道静香の目にはもう後は一本道で天草先生の敗北が見えるが、舞鶴千夜はわざとらしく画面の外のスタッフに聞いてみる。スタッフは将棋好きの広告代理店の人だけど、そこまでは分からないようだ。
「そうですね、もう終盤ですね」
頼りない答えが返って来たが千夜は特にそれをどうこう言わない。
「天草先生が今攻めているようですが、このまま決められ、あれ?」
千夜は思わず声を上げてしまった。盤面は天草四段が最後の攻めをかけているところだったが、それを後手が受け損ねたからだ。これで勝敗が逆になった。
「失礼しました。このまま天草先生は決めることができるでしょうか?」
この千夜の微妙な失言は、この視聴者の一部にわずかな疑いを持たせた。
千夜はひとりで配信を頑張り、勝利者インタビューなどをこなし、ようやく午後になった。
「はい、ここでようやく本日の解説をして頂ける徳川五段に登場して頂きます。先生どうぞ」
午後も2時になり、そろそろ各ブロックの決勝戦も佳境を迎えた頃、ようやく解説者の登場となる。ここからの千夜は基本は徳川先生のアシスタントになる。
だがまずここで実施されるのは解説ではなく、予選の抽選会だ。既に予選参加が決まっている女流棋士と、このチャレンジマッチを勝ち抜いたものが参加することができる。
「では徳川先生、早速ですが予選の組み合わせを決めるくじを引いて頂ければと思います。ええっと予選も12ブロック、70人近い参加者がいるので大変だと思いますがよろしくお願いします。まずは最初、第一ブロックのシード選手ですね」
この大会は実績などによって、どこから参加するかが決まる。本選は16人が参加するが、現時点で決まっているのは4人だけ。他の12人は予選を勝ち抜く必要がある。予選に参加するにも条件があって、それを満たしている棋士はプロアマ合わせて55人。予選参加者は64人なので、のこりの9枠を決めるのが今会場で行われているチャレンジマッチだ。
このチャレンジマッチでは参加者60人の中からたった9人だけが予選に進むことができる。それに挑むのはプロはもちろん、強豪アマも、条件を満たした9歳の女の子までいる。
徳川五段がするのはこの一斉予選の組み合わせを決めることだ。チャレンジマッチ枠は決まっているので、シードの12人とそれ以外の予選参加資格者が次々に決まっていく。千夜は勉強不足のタレントのように、無邪気な質問をすることにした。