148.冬学期(2)
来年の大海ドラマは主役である鸕野讚良がまだ母親のお腹の中にいる西暦645年時点から始まる。讚良の父である中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺害するという乙巳の変が発生、そしていわゆる大化の改新が始まる。その大化元年に、讚良はこの世に生まれ落ちた。
その4年後には讚良の父である中大兄皇子の命により、母方の祖父である蘇我倉山田石川麻呂が、謀反の罪で攻められ自殺する。讚良の母である造媛も父の死後、失意のうちにその後を追うように病死する。
このあたりまでは子役によって演じられており撮影はほぼ終了、静香の撮影は13歳(数え年齢)で叔父の大海人皇子に嫁ぐところから始まると聞いている。
本来ならそこも子役だと思うけど、子役が演じると現代のコンプライアンスに抵触するのだろう。
日本の古代史には推古天皇をはじめ何人もの女帝がいる。
弘文天皇を含める含めないなど歴代の数え方にも諸説あるが、数え方のひとつとして、33代が推古天皇。同一人物による重祚(一度退位した天皇が復位すること)である35代皇極天皇と37代斉明天皇。その孫が静香が演じる持統天皇で41代目になる。持統天皇の実妹かつ義理の娘が43代元明天皇。44代元正天皇は持統天皇の孫。46代孝謙天皇と48代称徳天皇も同一人物の重祚であり、彼女は持統天皇の玄孫となる。
この時代はやたら女性天皇が多い。重祚も日本史の中では上に挙げたふたりだけ。後醍醐天皇は微妙だけど。
この一連の女性天皇の中のひとりで、ちょうど真ん中あたりにいるのが持統天皇だ。ちなみに称徳天皇の次の女帝は江戸時代になる。
持統天皇は、百人一首の2番目ということもあり、この時代ではなかなかの重要人物だ。皇族だから当たり前と言えば当たり前だけど、周囲に有名人が多く。また戦乱あり、謀略ありで、波乱万丈な人生を歩んでいるため、マンガやドラマでもとりあげられたこともある人物だ。なかなか演じがいがあるけど、1年間に及ぶ連続ドラマだからがっつり拘束時間がある。
まあ静香が学生や棋士やいろいろやっていることは皆がしっていることだから、多分明石さんや西さんがちゃんとマネジメントしてくれるだろう。
3限が終わり、4限の空き時間に静香は将棋部で多面打ちをした。夏学期中は、静香の空き時間が知れ渡っていたから、その時間だけ特に人が溢れる、ということがあったそうだけど、冬時間は今日からなので指している人が少ないので少し新鮮な気持ち。
大学将棋はみな早指しなので、静香の得意のところでもある。また静香相手に研究したと思われる手を出してくる人も結構いる。その中にはこちらがびっくりするほど考え込まれているものもある。まあそのような場合でも静香は最終的には力ずくでひっくり返して、その良かった所と悪かったところを、偉そうに講評するのだけど。
「この指し手、今度プロの対局で試してもいいですか?」
もちろん実戦で使うまでには、静香なりに研究してからになるけれど。そう言うとぜひぜひ、と言ってくれる人が多いのでとてもありがたい。まあ静香も出席率は悪いけど、彼らのレベルアップに多少は貢献しているはずなので、悪くない関係だと思う。
でも、これは静香の得意な所を伸ばせるけど、時間をかけた深い読みの部分は改善しないんだよね。このあたりはやはりプロと研究会をしなきゃいけない。
また来ますと声を掛けて、今度は千夜研の部室へとむかった。部室と言っても他のサークルとの共用部屋だけど。
「ああ、舞鶴さん!」
誰かがそう大声で叫んだのでとても目立った。
「いえ、天道です。ご無沙汰してます」
静香はボソっと話したが、わらわらと人が集まって来た。多分千夜研じゃない人もいると思う。こういうのをサークルの姫って言うの? そのうちサークルクラッシャー静香とか言われるようになるんだろうか。
ちなみに楽器は持ってきていないし歌うつもりもない。
「えっと来月駒場祭があるんですけど、出演しませんか?」
出た。学園祭。他の大学からも事務所に話が来ているそうなんだけど、時間的に無理だと言って断ってもらっている。
「うーん。難しいんじゃないかと思います。私、今なんだか忙しいことになっているので」
実は一日だけ予定が空けてあったりするのだけれど、ここの人たちにはそこまで把握されているのだろうか?
「そうですよね。大海ドラマとか、棋戦とか大変ですよね。でも天道静香個人であればなんとかなりませんか? 初日とか?」
静香が高校時代、本名で文化祭に出たことを知っている人がいることは驚かない。だって母校の先輩だっているはずだし、そもそもネットに動画が流れていた。でもさあ、一ヶ月以上先の予定だよ?
「さあ? 無理なんじゃないですかあ?」
私って、なにしにここに来たんだっけか。と静香は考えた。
「さすが、全然顔に出ないですね。僕らは来年か再来年のアカディムア賞を舞鶴さんが獲ると信じているんです」
こういう緩い会話を楽しみに来たのかな。