146.新人戦(2)
振り返ってみると、やはり時間を奪って力戦に持ち込むのが、格上を相手にする時の静香の勝ちパターンだと言える。そうするには当然持ち時間が短くないと勝てないわけで……持ち時間が長い棋戦で勝つには、棋力を上げるしか無いわけで……そして棋力を上げる機会が公式戦しかない。もっと研究会とかしたいけど時間と都合のよい相手がいない。
その翌日が順位戦C1第4局、さらにその次の日は聖麗戦第3局の前夜祭、そして翌日には今泉先生から聖麗のタイトルを奪って女流四冠となった。これで女流八冠の半分を静香が持つことになった。
残りのタイトルは今泉先生と大沼先生が二冠ずつ持っている。女流玉将、所沢桜花、女流名人はまだ静香にチャンスは残っているけど、白銀はCリーグに在籍中の静香にはチャンスがない。何もかもが上手くいった場合でもチャンスが来るのは最速で再来年だ。
女流四冠になった翌日はその残りの4タイトルのひとつである女流名人リーグの第6局。女流だと静香が下座に座るのはタイトル挑戦の時だけになった。さらにその翌日は王偉戦予選2回戦、さらに翌日には星雲戦決勝トーナメント2回戦、それから新人戦準決勝と対局将棋尽くしの日々が続く。
星雲戦決勝トーナメント2回戦では去年までタイトルを持っていた国分先生に勝てた。国分先生とは初対決だけど、やはり持ち時間が短いからだろう、得意のパターンに持ち込んで勝つことができた。国分先生も対策はしていたみたいだけど、力戦で勝つことができた。
でも新人戦準決勝には櫛木さんに負けた。
櫛木さんは竜帝戦の挑戦者に決まったので、五段から六段を超えて七段に飛び付き昇段しているので段位も抜かされている。七段だからもう来季からは新人戦にも出てこないので、新人戦では負けたままで終わり。静香もいい線まで行ったけど、一手差届かず負けた。持ち時間3時間は短い棋戦だというのに。
「新人戦もだけど、竜帝戦頑張ってね」
「ありがとうございます。今はタイトル戦に照準を絞って研究してます」
つまり片手間の相手に負けたわけだけど、それは芸能活動をしている静香が言えるセリフではない。
「将棋しか能の無い僕が、3大映画祭をあっさり制覇するような天道さんに負けないために……このチャンスを逃すわけにはいかないですから」
さすが中学生。怖いもの無しの発言だ。タイトル初挑戦でも、それが2日制でも、相手が御厨先生でも勝つつもりだ。
実際櫛木さんが御厨先生に勝つ可能性はある。ここのところ御厨先生も調子がいいとはとても言えない。昨年度末に棋奥を月影先生に獲られた。名人は小田桐王者(当時)相手にストレート勝ちしたけれど、鋭王は海老沢先生にフルセットの末敗れた。棋神はストレートで下した月影先生に、日程が重なっている王偉は獲られている。そして王者は小田桐先生から1敗しただけで奪っている。
あれ? タイトル数を減らしたとは言え、前回の竜帝戦以降はすべてのタイトル戦に防衛か挑戦で出ているってことはやっぱりものすごく強いってことだよね。前言撤回。やっぱり全然調子悪くない御厨先生に、それでも櫛木さんは勝つつもりでいる。それもまた凄いことだ。
発言の途中にあった3大映画祭が将棋にどう関係するのかについては意味不明だったが。
「うん。応援してるわ」
「ありがとうございます。どういう結果になっても、竜帝戦が終わったら検討を手伝ってもらえたら嬉しいです」
将棋界でも最高の舞台にこれから上がる人から、その人の解説付きの検討に参加できるのはとても素晴らしい。同門を中心にかなりの人数が集まるのは間違いないだろう。同期で良かった。
「それは嬉しいわ。是非よろしく。それから、新人戦の決勝も負けないでね」
「そちらは負けるとは思ってないです」
そうかなあ。相手が奨励会未経験者というのは結構やり辛いと思うのだけど、櫛木さんはそうでもないらしい。まあ櫛木さんといい勝負できる相手なら、5戦目である静香の出番は無いだろうしね。
静香は大きく伸びをした。さてこの後はアメリカに飛ぶために、これから直接羽田に向かわないといけない。スマホを返してもらったら、明石さんに連絡しよう。
天道静香棋戦成績 二年目第二四半期成績一覧
7月上 星雲戦 決勝T 1回戦 ◯ 櫛木 蒼 五段
7月上 女流名人リーグ 第4局 ◯ 蒔苗 ひかり 女流二段
7月上 新人戦 2回戦 ◯
7月中 聖麗戦 本戦 準決勝 ◯ 岩城 桔梗 女流六段
7月中 順位戦 C1第2局 ◯
7月中 白銀戦 D級 第8局 ◯(C級昇級)
7月下 女流玉将戦 本戦 3回戦 ◯
7月下 所沢桜花戦 準決勝 ◯ 今泉 七海 女流三冠
7月下 聖麗戦 本戦 決勝 ◯ 岸 律子 女流三段
7月下 玉将戦 二次予選 準決勝 ● 海老沢 直樹 鋭王
※鋭王戦は予選免除(棋戦優勝者から選抜:夕陽杯優勝に伴う)
8月上 順位戦 C1 第3局 ◯
8月上 女流名人リーグ 第5局 ◯ 岸 律子 女流三段
8月中 女流玉将戦 本戦 決勝 ◯ 蒔苗 ひかり 女流二段
8月中 聖麗戦 第1局 ◯ 今泉 七海 聖麗(女流三冠)
8月中 王偉戦 予選 1回戦 ◯
8月下 所沢桜花戦 決勝 ◯ 向田 雪 女流四段
8月下 新人戦 準々決勝 ◯
8月下 聖麗戦 第2局 ◯ 今泉 七海 聖麗(女流三冠)
9月上 公共放送杯 本戦 2回戦 ◯ 早蕨 大輔 九段
9月中 順位戦 C1 第4局 ◯
9月中 聖麗戦 第3局 ◯ 今泉 七海 聖麗(女流三冠)<奪取>
<六段/女流四冠(女王・女流王者・女流王偉・聖麗>
9月中 女流名人リーグ 第6局 ◯
9月中 王偉戦 予選 2回戦 ◯
9月中 星雲戦 決勝T 2回戦 ◯ 国分 正道 九段
9月中 新人戦 準決勝 ● 櫛木 蒼 七段
<今年度通算成績(4~9月)>
棋戦:19勝3敗無分 勝率0.86
女流棋戦:32勝無敗無分 勝率1.00
合計:51勝3敗無分
タイトル等:聖麗(New!)
女流王偉
女子オープン女王
女流王者