142.夏休み(8)
ケイトリン=オブライエン、斯くの如く曰く。
「まあ、別にいいけど、細かいことにこだわり過ぎて、わざわざ危険なことをしている気がするわね。まあ音楽って結局は突き詰めるべきものだから、それが千夜の本質なのかもしれないけど」
ミュージシャンとしての実力は明らかにケイトの方が上だが、千夜もなんとか言い返す。
「今回は弾き語りしかないから、ハウリングの可能性も低いはず。だから大丈夫よ」
千夜はそう答えた。このABC-86と一緒に存分に『アウトスタンドフェス』で存在感を示してやる。
極端な話、このアコベでは小さい生音を出し、マグネティックピックアップにしてもソロであれば問題がない。本当は大きな音を出したいけれど、本番までに調整が間に合わず、ハウリング地獄に陥るよりは、お越しいただいた観客の皆さまにはちゃんとした音楽を聴いて帰って欲しい。
「私が乱入するから無理よ? 私はもともと『アウトスタンドフェス』には呼ばれてないしー。ベネチアに来たのもサプライズって言ってたでしょ?」
ケイトの発言に千夜は文字通り飛び上がりそうになった。
「な、なんで? どうしてなのケイト」
「まあひとつは映画の宣伝になるって、ナタリアに言われたから、っていうのもあるけど……、やっぱりせっかくだから千夜とセッションしたいなーって」
やはりブラスキ監督の差し金か。セッションしたいというのは嬉しいけれど、音響的には有難迷惑ではないかな?
「ケイトはエレキギター使うよね?」
「そーだね。それだけだと芸がないからピアノも使おうかな」
そう言えば今朝、船出前に、ケイトはエレキギターを担いできていた。正確には『ケイトの付き人が何本かのエレキギター持ってきていた』だけど意味的には同じだ。だがケイトも『アウトスタンド』に呼ばれているんだな、ぐらいにしか考えていなかった。
ケイトのギターは激しい。ピアノも結構激しい。もちろん歌も激しい。そうすると千夜のアコベも音を上げないといけないはず。ミキシングでなんとかする? いや、やっぱりアコベの音量を上げたい。
大丈夫か? いやこの規模のフェスならすごく優秀なPAがいるはずだ。
「曲は何にする? 私はせっかくだから『Everything is Forgettable』を歌ってみたいかな? 千夜も私の曲からその場で好きなのを選んでくれたらいいよ。アレンジも好きに加えてくれていいよ、合わせるから。その代わり千夜も私のアレンジに合わせてね」
いきなりものすごくハードルが上がった。ケイトのアルバムは聞いているけど、ライブでどんなアレンジするかまでは知らない。それに制約の多いアコベで付いていくというか、千夜のステージだから千夜がしっかりリードしなければいけない。
「じゃあ今すぐ合わせなきゃ。ギター出してよ」
「えー。今から? お互いの音楽性は知ってるんだからさー、最初からアドリブの方が絶対楽しいよ」
さすが16歳でグラマフにノミネートされただけはある。かなりロックな生き方だ。あの忙しいギターやピアノを私がリードするの? このアコベで?
さっきまで金棒だと思っていたABC-86が急に頼りないもののように思われた。それにギターとピアノ、それにあの声量。ん、ピアノ?
「ちなみにだけど、『アウトスタンド』のスタッフはケイトが来ることを知ってるの?」
残念なことにケイトリンは首を横に振った。
「本当に何も言ってないの?」
だがケイトはまるで慌てた様子がない。
「だって、さっき言ったように元々ベネチアに来たのも成り行きだし、『アウトスタンドフェス』に千夜が出るって聞いたのも昨日のことだし、だったら一緒に行けば、ってナタリアから聞いたのは昨日の夜。そこからすぐに千夜にメッセージを送ったじゃん?」
千夜も結構成り行き任せだけど、それをはるかに上回るぶっ飛び具合だ。さすが本物のロッカーだ。もちろん物を預けるところじゃない。生き方がロックだぜ。
「じゃあステージにピアノがあるかどうかもわからないわよね?」
「そーいやそうね。じゃあ千夜からひとつ言っておいてくれる? スーパースター同士の本物の共演を見せてやるから手を貸せって」
千夜は首を縦に振らずにはいられなかった。もちろん今日の舞台は心配だ。だがケイトならやってのけるだろう。主役は食われるかもしれないが、ショーとしては成立するはず。でも本当にミュージカルとかできるのだろうか?
そしてもう一つ気になるのはナタリアとジョシュだ。このクルーザーには乗ってないはず。二人だけで密航みたいに乗るわけがない。だが、ナタリア=ブラスキなら、この映画祭でごった返すベネチアの中からでも、船を貸しましょう、という親切なセレブを見つけることができるだろうし、千夜の出番は遅いから陸路でも間に合うはず。
多分ケイトは知らないけれど、舞台にあの二人も現れる可能性がある。そして千夜の舞台をジャックしようとするかもしれない。
負けない。絶対に負けない。千夜はいつになく気合が入って来た。
「いい顔してんじゃん。いいライブになりそうだねー」
いけない、いけない。まずはなんといっても『アウトスタンドフェス』のスタッフに連絡しなければならない。ここ電波入るのかなあ。
そう思いながらスマホをだしたら、ちゃんと電話が使える。ローミングがでてきている。良かった、そう思って千夜は担当者が出るのを待つ。
呼び出し音が鳴る間千夜は気が付いた。これはもうイタリアの電波ではなくてクロアチアの電波を拾っているのではないかということに。フェスの会場であるプーラがもう近いのではないだろうか?
【週2連載への変更について】
この作品は4月から6月まで毎日連載し、7月はお休みを頂き、8月から再度毎日連載しております。8月1日の際に、多分次は10月か11月がお休みと書きました。
で、いろいろと回らなくなってきたので、10月を休みにしようかと思ったのですが、7月に丸々休んだ際に、ブクマとかいろいろ剥がれたので丸々休みもどうかな、と考え直しております。
そこで実験的に【10月から】は更新頻度を週2回に落とすことにしました。これで誤魔化しながらあれやこれやをなんとかできるかな? できなかったら11月休みとかになるかもしれませんが、試行錯誤させてください。9月中は毎日更新する予定です。
後、ことあるごとになんですが、旧作等の宣伝です。ポイントは調べた時点でのものです。
●毎日更新⇒10月からしばらく毎週火曜、土曜更新予定
みんなで私の背中を推して(本作です)200話ぐらい予定? 1098pt
https://ncode.syosetu.com/n7493hm/
なろうで初めて1000ポイント達成しました。
本作品を読んで頂いた方、ありがとうございます。
特にブックマークしていただいた方、ポイントを入れて頂いた方、いいねして頂いた方、誤字報告して頂いた方、ご感想を頂いた方、本当に、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
●以下はすべて完結作品です。ポイント順です。
ミスターフルベース 全16話 408pt
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高校球児が甲子園で起こす奇跡のワンプレーのお話
音楽室と体育館 全169話 396pt
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バレーボールをこよなく愛する音楽教師の主人公最強もの
宰相の失脚 全17話 126pt
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ナーロッパの成り上がり系のお話
リージア顛末記 全14話 96pt
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よくある西洋風ファンタジー世界で国王が後継者を決めるお話。国校は4人の王女のうち、最も王配として優れた婚約者を連れてきた娘を後継者にしようとするが……
桜の下の彼女 全12話 70pt
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毎晩、幼馴染の女の子に酷いことをしてしまう夢を見る男の話。