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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
133/284

133.表敬訪問(2)

エレベーターの扉が閉まり再び上昇し始める。


「えっ、あっ、そういうこと?」


中年社員の方がなにかに思いついたようなことを言い出した。過去にも同じようなサプライズがあったのかもしれない。


「さあ? どういうことでしょう」


そう言っている間に早くも11階に到着。前には思いっきり人が集まっているホールだが、こちらを見るのは数人。多分先ほどからエレベーターが何度も止まっているのだろう。


だがその数人から大きな声が漏れる。これは急いだほうがいいパターン?


千夜は走り出して中央の社長がいるステージに行く。不審人物として止められたらその時はその時だ。ダッシュすると止められることもなくステージまで来れた。既におおっとか、キャーとか歓声が上がっている。


静香はここまで担いできたRR-86をアンプにつながずにかき鳴らす。RR-86は静香がプライベートで使っているRR-36の上位バージョン。しかも破魔矢さんが千夜専用にカスタマイズしてくれたモデルだ。


このギターを用いて、おそらくは千夜の持ち歌では一番有名であろう、『Everything is Forgettable』の前奏をかき鳴らす。多分気が付いてくれたのだろうまた歓声があがる。


息が整ったらこのまま肉声で歌い始めようと思ったが、高跳さんがマイクを用意してくれた。あっ、そうだ。ここに来れない人には中継されているんだった。マイクなしだと聞こえないよね。危ない危ない。えっとギターと声の入りとか大丈夫かな?


一応事務所では合わせてあるけど、このマイクで合っているかはちょっと不安。だから最初は少し離れたところで弾いて徐々に近づいて距離を調整。そろそろ前奏も終わるから、声のボリュームも考えないといけない。



音響には多少の戸惑いがあったが、なんとか誤魔化せたと思う。アウトロは簡単に切り上げて、マイクパフォーマンスに入る。


「菱井物産の皆さま、こんにちは! 今年度御社のイメージキャラクターを務めさせて頂いております舞鶴千夜です。いつも暖かい応援を頂き、ありがとうございます!」


拍手と歓声がする。


「本日は、御社の広報部の方からご依頼頂きました、このビルに忍び込んで社長講話をジャックしろ、というかなりハードなミッションでした」


笑いと、えー、が半々ぐらい? ちゃんとフォローしておいた方が良さそう。


「はい。話を盛っちゃいました。ちゃんと入館許可証、撮影許可証、取材許可証は事前に頂いておりましたが、それでも1階では守衛さんに誰何すいかされましたし、受付でもかなり怪訝な顔をされました。許可証があっても、これだけセキュリティの高い場所に突撃して、ゲリラライブをやるというのは初めてでした。すいません。せっかくのご講話を止めてしまったのですが、社長はどこまでご存じでしたか?」


千夜にマイクを渡された社長が笑いながら答える。


「俺が事前に聞かされてたのは、途中からイベントしますので、最初はできるだけ深刻そうな話をしてくれ、って言われただけだよ、なあ? 高跳たかとび?」


笑っているので問題はなさそうだが、結構ぞんざいな口調の社長さんだ。分類するなら豪傑系。それにしても高跳さんは社長に名前を憶えられているのだな。これは今後とも長いお付き合いをさせてもらわないと、と千夜は思った。


社長はマイクを持ったまま千夜の方を向いた。


「でもこうやって舞鶴さんに来てもらえるのはスゴいよね。忙しいのにありがとう。いつも応援してます」


千夜は深々と礼をした。社長は今度は社員に向けて話をする。


「お前ら、俺がさっきまで説明していた、わが社を取り巻く状況とかもう覚えてねーだろ? それどころかさっさと舞鶴さんにマイクを渡せ、とか思ってるだろ?」


社員からは大きな笑い声が起きた。


「早く舞鶴さんの歌を聞きたいでーす」


誰かはわからないけど、そんな声まで聞こえて来る。就職ランキングでも毎回上位に入っている巨大商社の中身はこんな感じか。これぜったい新卒者向けのビデオにも使われるんだろうなあ。


「そういうわけで舞鶴さん、続きはお任せします」


そう言って社長からマイクを引き継ぐ。


「はい、お任せされました。では2曲目に入りますね。せっかくなのでなにかリクエストがある方いらっしゃいますか?」


いろんな曲名が飛び交う。懐かしいのもあれば先日リリースしたばかりのアルバムに収録されている曲もある。


その中に「PWMR」と言う声がやけにはっきりと聞こえた。


「すいません、いま PWMR を挙げて頂いた方ちょっと手も上げてもらっていいですか?」


手を上げた女性の方に高跳さんがマイクを持って行く。ちゃんと段取りされているんだな、と改めて千夜は失礼なことを考えた。


「えっともしよろしければ、リクエスト理由を聞いてもいいですか? ご存じない方のためにご説明すると、PWMR は私のデビュー曲です。曲自体は大蔵仁さんに作ってもらったとてもいい曲なんですけど、私としては結構ボーカルもギターもやらかしが目立つのでCDを聞き直したくない曲なんですよね」


マイクが女性の元に届くのを見届けるまで、千夜は詳しめに話す。


「えっと、私にとって PWMR は、発売前からラジオとかで聴いてました。仕事でちょっとした失敗をした時とかにも聞いて元気をもらいました。あの時、あの歌を歌ってた人が、こんなに、すごい人に、なって、うちの、会社に、来てくれる、とは、思ってなかったので」


途中から泣きながら話す彼女の声を聴いていると千夜もとても嬉しい気持ちになる。


「ミュージシャン冥利に尽きるお言葉、とってもありがとうございます。PWMR ですね。では今現在の精一杯で歌わせて頂きます」


千夜のスポンサー様表敬訪問は大幅に時間を超過した。だがまあ喜んでもらえたので良かったと思う。最後社長も演技ではない笑いを浮かべていたし。


これまで千夜は計画的なサプライズ系イベントをやってこなかったけれど、たまにはいいかもしれない、と思った。 

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