130.チームミーティング(2)
そしてCM。海外の大物タレントはあまりCMに出たがらない。それは自分の価値を下げるものと認識しているからだ。だが、千夜も鎌プロも日本の価値観で動くのでCMにはどんどん出ている。
テーラー証券、プラスドクリップ、それらの昔からのスポンサーから頂いている費用も上がってはいるが、新規のスポンサーもいずれも国際的な優良企業であり、さらに多くのギャラを払ってくれる。
またプレーン化粧品はもちろん、滝山呉服店のような、元々国内向けの企業も、千夜がグラマフで和服で出ていたことで認知度が上がり、海外からの注文が急増しているとのことでスポンサー料も増えている。
流石に間合塾は今年度もイメージガールを務めているが、去年のような大規模キャンペーンを展開しているわけではないので、契約額は落ちている。だが、活動量の減少に比べて契約額が落ちていないのは、昨年度の結果によるボーナスということだろう。この少子高齢化の時代でも塾生は随分増えたらしい。
今年度は菱井物産本体とその子会社のキャンペーンを行っており、彼らの金払いもとても良い。
このようにCM業界において、千夜は国際的な企業はもちろん、国内でも存在価値はとても高い。当然ながら所属している鎌プロの取り分もものすごく多い。
最後に女優業。千夜はドイツとフランスにしか行っていないが、それ以外の映画祭でも賞を受賞している。そして本人も積極的に同業者である俳優や、映画会社、スポンサーたちと接触していくので、オファーはひっきりなしにきている状況だ。既に海外でも評価を得ている渕上監督ですら、この作品の主演は舞鶴が務めます、と言うだけで各国の映画配給会社の目の色が変わる、と言っていた。
だが完全無欠なタレントなどいない。大抵のタレントは売れると周囲の環境が変わり、それによって本人の態度も変わる。それも悪い方向に変わることが多い。しかし千夜にはそのようなことがない。健康面も全然問題がない。だがタレントとしては大きすぎる問題を持っている。
舞鶴千夜はタレントしては異様な存在だ。普通売れっ子、しかも若手タレントであれば、文字通り秒単位でいろいろな仕事場を行き来することも珍しくない。だが舞鶴千夜が芸能活動をしている時間はとても短い。
舞鶴千夜は、本名で活動しているが棋士だ。女流も兼任しているので、その対局数はとても多く、千夜のスケジュールをする際、棋戦の優先順位が高い。もっとも順位戦のように対局日が固定のものでなければ、事前に将棋連盟と交渉することによって、ある程度の調整は利く。
将棋連盟にとっても天道静香は今や金看板なので失いたくはない。相当の対局料や賞金を稼いではいるが、それでも経済効果と言う意味では芸能活動の方が圧倒的に高いのは間違いない。
そういう意味では、天道静香/舞鶴千夜を挟んで鎌プロと連盟は競争相手でもあり、協力関係でもある。お互いに彼女の時間を自分側で多く使いたい。だが、静香の将棋関係のスポンサーが千夜のスポンサーになったり、千夜のスポンサーが静香の棋戦のスポンサーになったりするのも当たり前の現状、互いに上手くやっていく以外の選択肢はない。
そして彼女は医大生だ。まだ専門課程には入っていないが、それでも多くの講義を受講し、仕事が無い日は真面目に出席し、課題をこなしている。そう考えると芸能活動の優先順位は第3位、学生バイトのような位置づけにある。その短い時間をどうやりくりするか、というのがこのチームの一番大きな課題だ。
逆に言うと、こうやってタレントらしくない時間の使い方が、彼女を普通の性格にしているのかもしれない。
そして千夜本人が動ける時間が短いので、その間にこのようなスタッフミーテイングや下準備をする時間があるということでもあるし、スタッフも、当然イベントごとに外注はしているが、この人数で済んでいるというのもある。授業中や対局中はチーフの沙菜もサブチーフの藤江もタレントに付かないで会議に出ている。だから他チームとの連携が強化できる。
「はい。大久保です。3日前から発売が始まった『booties』ですが、CD媒体もダウンロードの売り上げも初速は今までのアルバムより早いです。具体的な数字スライドをご覧ください。実線部分が実績で、点線部分が今後の予測値です。同時に封切られた『グラマフクイーン』もドキュメント映画としてはなかなかの入りです。データはこちらです」
「グラマフクイーン」は千夜が半年前に、グラマフ賞に向けて旅立つところから始まって、ストリートで演奏して、ライブをして、賞を取って、最後にチェスで勝ち、その後敗者から提供された曲をレコーディングするところまでを扱ったドキュメンタリーで、最後は『booties』のジャケットが出て来てエンディングになる。
ジャケットはチェス盤に向かって座る千夜が、チェスの駒を摘まんで笑っている写真。なお駒は、負かした相手のミュージシャンたちの見た目を型取っていて、千夜が摘まんでいるのはローガン=パーキンスだ。もちろんそれぞれ相手の事務所や本人の了解は得ている。当然グラマフ賞事務局とのタイアップで作成された映画だ。
ほぼ既存の映像を利用しただけなのに、日米欧の配給会社から手が上がって、先日封切られた。さすがに上映館数は少ないので、今後サブスクなどでの配信がメインターゲットだ。当然千夜の『booties』のミュージックビデオも、この「グラマフクイーン」の映像が多々使われている。
大久保の報告に対して沙菜がチーフらしく大久保に指示する。
「配給会社もわかっていると思うけど、もっと館数を増やすことを働きかけた方が良いわね。特にアメリカで」
正式なチーム設立からまだ3ヶ月だけど、やはり沙菜には貫禄が付いて来たと西藤江は思う。
配給会社が金を払うのは、企画・制作した映画会社。その映画会社から鎌プロは既に契約した金は受け取っている。だが売上額が一定量を超えた時の歩合分の契約はあるし、露出するだけでも鎌プロにも十分なメリットはある。
「はい。当然配給会社の方が、既に増館にむけて動いていますが、改めて伝えておきます」