129.チームミーティング(1)
「えー、それでは今週のミーティングをはじめます」
鎌田プロダクションに所属する西藤江は珍しく主要メンバーが全員揃ったチームミーティングの開催を宣言した。鎌田プロダクションでは、藤江のようなサブリーダクラスが、こうしたチーム内のミーティングで司会を任されることが多い。このチームに入ることが決まった時には、ファシリテータ研修も受けている。
それにしても、いくらチーム内のミーティングとは言え、このような人達がいる場で、私のような駆け出しがこの場を仕切るなんて許されるのだろうか? 藤江は少し頭の片隅で思ったが、すぐに司会の仕事からシームレスに自分の報告に移る。
「えー。ではまず各メンバーの進捗状況の確認から行きます。いつものようにまず私、西から報告させて頂きます。舞鶴さんですが、先週(この場合昨日までのこと)も特に変わりはありません。大学生活に慣れてきた様子で、先週も新アルバム『booties』の宣伝を兼ねて、いくつかの生番組系のトーク番組を回りましたが、すべてそつなくこなされています。いずれもチーフか私が付いていますが、体調面含めおかしな点はないですね」
このチームにとって、舞鶴千夜の健康状況、精神状態は全方面に影響を及ぼすので、最重要の情報だ。
「そして、空き時間にもファンクラブ向けのコンテンツも書いてもらって、これらはチーフのチェック後に英訳され、日英双方がアップされています。データは前のスライドの通りで、会員数、PV、UU、誘導先の物販の販売額、いずれも順調すぎるほどの右肩上がりです。不適切な書き込み対する対処については次のスライドにまとめています。いずれも大きな問題はありません。明石さん、補足があればお願いします」
このチームの責任者である明石沙菜、同期なのでふたりだけの時は名前で呼んでいる、彼女が、ありがとう特にないです、と簡単に発言した。そしてその横にいる社長も何も言わない。
このチームは舞鶴千夜を担当する。まだ駆け出しのタレントであればひとりのマネージャーが複数のタレントを担当するが、そのタレントが成功すれば専属のマネージャーになる。そして大成功した場合はマネージャーを中心としたチームがそのタレントに付く。その典型が舞鶴千夜だ。
舞鶴千夜は鎌プロからデビューして4年目に入った。最初の1年こそ、バーターでの出演や、事務所からのねじ込みもあったものの、今や鎌プロでも群を抜く黄金の泉となっている。
鎌プロは元々芸能事務所として、この国でも指折りの大手だった。だから所属するタレントやプロスポーツ選手も多い。だが実際その全員がお金を稼げているかというとそういうわけではない。
育成中のタレントはもちろん、ケガやスランプのタレントもいるし、致命的ではないにしろ何らかトラブルで仕事ができないタレントもいる。一生懸命頑張っているが仕事に恵まれないタレントもいるし、仕事が取れてもボランティアかと思う程度のお金しかもらえない仕事だったりもする。
だからこの大所帯の鎌田プロダクションでも、稼いでいる少数のタレントによって事務所が成り立っているといってもよい。こうした売れっ子たちが大きく稼いでくれるから、藤江のようなスタッフがいるし、もっと言えば経理や法務などの部門も存在することができる。
もちろん売り出し中の若手をバーターなどでねじ込むこともできる。大物歌手の後ろで楽器を演奏したりバックコーラスしたり、踊ったりと舞台経験を積ませることもできる。鎌プロにはそういった稼げるタレントが何人もいるから、ここまで大手事務所と言われる規模まで成長してきた。
だが、この数年で情勢は大きく変わった。舞鶴千夜というこの世界で化物じみた存在が鎌プロに在籍し、その本領を発揮するようになったからだ。今や鎌プロの収入の8割以上を舞鶴千夜ひとりが稼いでいる。当然彼女関連の支出も多いので、収入すなわちそれ収益となるわけではないが、鎌プロはこの閉塞した経済情勢において、突出した好業績を上げ続けることができている。
これまで鎌プロに何人かいる金の卵を産むガチョウたちは、基本的に国内をターゲットにしていた。しかし千夜はむしろ海外で稼いでいる。分かりやすい例として、音楽コンテンツのダウンロード数で言えば、今や日本からのそれは10%を切っている。そしてそれでも他のミュージシャン、鎌プロだけではなく日本人ミュージシャン全員の誰よりも多い。
だからこんなチームができ、そこのチームミーティングに社長をはじめとする幹部たちが、もちろん常にではないが、たびたび出席している。
そしてグラマフ、ベルリナーレ、ニース、それら海外の重要な賞をこともなげに取って来る。当然ながらそれらは彼女のタレントとしての価値を、国内でも海外でも、さらに上へ上へと押し上げていく。
舞鶴千夜は既に芸能界において、既に化物じみた大きすぎる存在感を持っている。その彼女がさらに成長を続けていくのがこの部屋にいる全員にとって楽しみであり、またそれがいつまで続くのか、またその終わりはゆっくりと滑空し着地するのか、それとも一気に崩落するのか、それがやはり全員にとっての心配ごとだった。