125.コネ作り(1)
静香は忙しくも充実したキャンパスライフを満喫していた。初日に事務局から注意をもらうというアクシデントはあったけれど、あれは静香が欲張り過ぎたからだと反省した。だってせっかくライブするなら録画してコンテンツにしたいよね、と。でも原則大学は通常、教育や研究に関する取材の撮影しか応じない。営利目的の撮影はすべてNGとなっているのでした。
だからあれは事務所に連絡せずに、ささっと終わらせて学生の自主活動です、それを録画していました、で済ますのが正解だったのかもしれない。やっぱりああやって大事になってしまったのがいけなかったんだろう。あんなに人が集まって来ることを想定していなかった。
千夜研がそれなりに人がいる。千夜研の人が他のネットワークでもおしらせ。その繰り返しで人が人を呼ぶ。そんなところだったようだ。だが商用利用がバレて懲戒でも食らっていれば、もっと恐ろしいことになったかもしれない。まあ仕方がない、で済むレベルでよかった。これも魚住さんのおかげだ。
静香は、将棋部の部長と千夜研の会長、そして事務所から駆けつけて来てくれた魚住さんと4人で事務室でお叱りを受けた。魚住さんは事務所や広報室の人に対して謝罪をし、注意という事実上の無罪放免を勝ち取ってくれただけでなく、その後天道静香/舞鶴千夜というコンテンツを大学側も積極的に利用していくべきではないでしょうか、という事実上のプレゼンまで口頭で行って、大学側から前向きな発言をもらっていた。
うちの事務所の天道は、こちらの正式な学生です。学生が自分の大学について語るのはごくごく当たり前のことではないでしょうか? こんな感じで、まだどうなるかはわからないけれど、大学の方針に風穴を開くのかもしれない。
さすが社長がわざわざ引き抜いただけの人物だと思った。千夜たちはわざわざ駆けつけてくれた魚住さんに深く礼を言った後は、将棋部部長と千夜研の会長から平謝りされた。いえいえ、こちらこそすいません。
その時に千夜研の会長と少し話をしたのだけれど、ファンクラブの人気記事である「動静」、千夜の1日を簡潔にまとめた記事、はなんと千夜研のメンバーが作っているそうだ。これはいいことを知った。多分双方にとってよい関係を作ることができるに違いない。
それから……講義はまあ、辛かったり、眠かったりもするけれど、純子のおかげもあってまあ順調。実際理Ⅲで中国語のTLPを受講しているのは静香と純子とあとは男子がひとりだけ。でもせっかくのインタークラスなので、静香はインプラと揶揄されるインタークラスのたまり場になっている広場の一角で、同じ講義をひとつもとっていないクラスメイトや先輩たちに顔を売ることを続けた。有名人補正のおかげで、嫌な顔をされないのがいいところ。昼休みや授業の合間に、その日の気分でインプラに行ったり、部活に行ったりして人脈を作る。
彼ら、彼女らのうち何人かは大きな会社に勤めるだろうし、官僚になったり、政治家になったりする人もいるだろう。NPOに参加したり、起業したりする人もいるはずだ。それらのどの人物とも千夜はお互いに良い関係を長く続けることができればいいと思う。
だが、もう一つ重要な医者については全然人脈が作れていない。クラスメイトの純子と男子のふたりぐらい? 薬学もそうだけど、それらは専門課程に入ってから頑張ることにする。
そしてお仕事の話でいうと、レコーディングは2枚目も終了。当初から2枚目、すべて日本語の詩を付けた方のアルバムのリリース時期については議論があったけど、ありがたいことにタイアップの話がいくつか来たのでリリースを遅らせることになった。卒業式で静香が歌った、『羽撃く刻』も入っている。
音楽関係が一段落したので、千夜は女優のお仕事が忙しくなった。渕上監督という大物監督から主役のオファーを、ありがたくも昨年度からもらっていたのだが、ようやくそれに答えることができた。合間にスポンサー様のCMとかも撮っている。
そうそう、撮影と言えば、5月末にはニースの国際映画祭に、例のルフェーブル監督の作品が当然のようにノミネートされているので千夜はそちらに行く予定。そしてルフェーブル監督と言えば、エンディング用にいろんな曲を歌っているところを撮られていたのだけれど、映画に採用されなかったものも含めて、ミュージックビデオとして発売されることになった。
映画では正面から弾き語りしているシーンだけが採用されたけれど、本当はもっといろんな角度から撮っている。全曲同じステージ、同じ衣装で弾き語りしているだけなのに、それがちゃんと見て聴ける作品になっているのだから、やはり監督は凄いな、千夜は思う。
そして将棋のお仕事、女王戦はストレートで防衛できて良い感じだったのだけれど、竜帝戦は6組の決勝で負けてしまった。相手は櫛木さん。春休みのVSの時に何度か負けたけど、公式戦では初めて負けた。やっぱり実力者が相手だと、持ち時間の長い棋戦では不利。タイトル戦では上に行けば対局時間が長くなるのは当たり前なので、単純に静香の実力不足ってことだ。
櫛木さんに負けたうっぷんは、同じ週にあった今泉女流4冠から女流王偉を奪うことで晴らした。これで女流3強は3冠がふたりと、大沼先生の2冠ということになる。