124.将棋大賞(2)
静香が将棋大賞の会場に入ろうとすると周囲から注目されたのがわかったので、深々と礼をした。他の人はスーツだから、滝山呉服店様にご用意頂いた和服姿の静香は目立つのだろう。開始までは少し時間があるので、それまでどこに行こうか、と思ったところ、御厨先生に呼ばれた。どうやら月影先生とふたりで話をしていたようだ。
「今回は天道さんが独占状態だね」
いきなり御厨先生にそのように言われた。なかなか返答に困る言葉だ。少し言葉を探したが上手い返しが思いつかない。
「なんとかギリギリやっています……」
そう返すのがやっとだった。今回静香は以下の賞を受賞する。
最優秀棋士賞
名局賞(御厨先生との夕陽杯準決勝で受賞)
勝率一位賞(.933:歴代一位)
最多勝利数(70勝:歴代一位)
最多対局数(75局)
連勝賞(32連勝:歴代一位)
最優秀女流棋士賞
特に記録部門が我ながら凄まじい。4賞独占は御厨先生に次いで3人目。しかもそのうち3つが歴代一位で、しばらくの間は歴代一位として残るに違いない。
この中で最も更新されやすいのは最多勝利数だろう。そして連勝賞も、いずれは更新される可能性がある。だが勝率一位賞が更新されることは、ほぼないのではないかなと静香自身は思っている。極端かもしれないが、静香が死ぬまでアンブレイカブルレコードとして残ってもおかしくない結果だと思う。いずれにせよどの記録も、静香自身が更新することはないだろうと思う。
これらの記録部門のおかげで、ノータイトルにも関わらず静香は最優秀棋士賞を頂くことになった。まあ初の女性棋士とか、将棋の盤外での活動とかそういうのも評価されている可能性も高い。
「いやあ、この数字は圧倒的やわ。1年に5回しか負けてないんやろ?」
新人賞は棋奥を御厨先生から奪って初めてタイトルホルダーになった月影先生。これまで一度最優秀棋士賞を取った棋士が新人賞を取ったことはないので、静香は新人賞を取ることがないのだろう。
「ちょっとできすぎですよね。ちなみにその5敗のうち2敗がお二方です」
海老沢先生、早蕨先生、月影先生、御厨先生、野々原さん。
昨年度、静香に黒星を付けたのはこの5人。このうち目の前のお二人とは1勝1敗。他の3人には負けただけ。つい先日星雲戦でブロック戦の決勝まで勝ち上がったので、6月には海老沢先生にリベンジする機会ができた。もちろんまた負けてしまう可能性もあるけれど、それでも決勝トーナメントに出れるので、再リベンジできる可能性もある。
そして今後は強い人と当たることも多くなると思うので、当然ながら勝率も下がるだろうことは間違いない。
「女流にも連勝賞とか勝率賞があったら、凄いことになってたね」
「ほんまやねえ、全勝は凄いわな」
御厨先生と月影先生、静香の前で互いに相手を呼び捨てにしてたからライバル心がバリバリなのかと思ったけど、なんか仲が良さそうだ。これがライバルって奴なのか?
なお御厨先生は優秀棋士賞、名局賞(天道五段(当時)との夕陽杯準決勝)、舛田賞を受賞されている。
女流には記録部門は最多対局しかなく、静香は足りなかった。そして最優秀女流棋士賞も棋士兼任者は来年から除外となることが決まったので、静香が受賞するのはこれが最初で最後になる。
将棋大賞では、これらの各賞の受賞者以外に、昨年度下期に昇段した人の受賞も行われる。だから櫛木さんや野々原さん、それに新四段の榎本さんもいる。田部さんがいたら、三段リーグの最初にお世話になったから、その時のお礼をしようかと思ったがここにはいない。関西所属の昇段者は関西将棋会館で表彰があるんだとか。
なお静香も昇段者としても受賞するのだろう、と思っていた。だって四段から五段、六段と上がっている。もしかしたら2回受賞するのかな、と思っていた。
でも各賞受賞者は、昇段者での受賞はないんだって。いや、まあいいんだけれど。
「そうそう、これが終わったら時間があるでしょ? 前々から言ってるけど、ミニ研究会しない。多分ここを逃したらなかなかチャンスないでしょ?」
「それええな。俺も明日用事ないから大阪に戻るんは明日でええし、流石の天道さんかて今日は仕事ないやろ?」
私も入っているのか。静香はレコーディングされたアルバムのうち、いくつかリテイクしたいところがあるのだけれど、今日はスタッフを集めていない。練習したいと思っていただけなので、まあ予定が無いと言えばない。
それにこのお二人と練習する機会なんてもう二度とないかもしれない。問題は……、櫛木さんとのVSの時にも困ったように実施する場所だ。このお二人と公共の場で指すのは絶対に無理。誰かの自宅はもちろん、ホテルの部屋とか論外プライベートすぎる。だれも来ないパブリックな場所とかあるのかな。
そして人数が多いのも困るけど、このお二方とだけというのも良くない気がする。偶数の方がいいから後ひとり……4人だと少ないか? あと3人加えて、6人はちょっと多いか?
とりあえず場所を決めるのが必要だ。
「えっと、こうやってお声がけ頂けるのはありがたいのですが、どこかよい場所がありますかね?」
静香は先日VSをしようとして困った話をした。
「ん? 場所? 場所ならあるよ。僕が行きつけのお店があるんだけど、個室があって、将棋盤も店主に言えば貸してくれるから」
さすが御厨先生。静香が知らないことをいっぱいご存じだ。
「でもあんまり人数は入らないんだよね。あとひとり声をかけようか。誰にする? 天道さん誰がいい?」
この会場には棋士が何人もいる。昇段者だけで10人ちょっといる。だが、その中からひとり選んで、と言われるとものすごく困る質問だ。順番から行くと敢闘賞の海老沢先生だけどこの場にはいない。昇段者と違って関西で受賞するわけじゃないから、単純に他の用事があるか、それか面倒だから何かしら理由をつけて来ていないのかはわからない。
「えっと、そうですね。梅原会長とかどうでしょうかね」
会長が居れば、やましい場でないことは明らかだから悪くない考えだと、静香は自分で思った。
「会長は却下」
「せやね。ほな俺らで声掛けしよか?」
「月影は普段関西なんだからこっちで指してみたい相手いないの? あっ女流以外で」
話が勝手に進んで行くが、静香はもう成り行きに任せることにした。