120.部活とサークルと研究会(4)
4月に入ると女王戦が始まった。静香にとって初めてのタイトル防衛戦。女王戦は静香がアマチュア時代から参加していた唯一の棋戦であり、棋戦スポンサーであるプレーン化粧品様のキャンペーンガールも3年目、滝山呉服店様のスポンサー契約も3年目。
静香は詳細を知らないけれど、おそらくスポンサー契約料も上がっているのではないかと思う。プレーン化粧品様は今年からは全世界で千夜がキャンペーンガールを務めるので当然だが、特に海外展開をしていない滝山呉服店様でもおそらく契約料が上がっていると思う。大変ありがたいことだ。
そして今年もプレーン化粧品の長良川社長が、わざわざ前夜祭から参加して頂いた。お金はもちろんだけど、こうやって棋戦に花を添えて頂けるのもとてもありがたいことだ。
ただ、難を言わせてもらうと、対局場所が札幌。前夜祭を入れるとほぼ3日を費やすことになる。スポンサー様のお膝元で対局する場合、あるいは白銀戦を除くと、女流棋戦は比較的関東か関西が多いのだけど、スポンサー様がお金を出して頂いたのだろう。ありがたいと思わなければならない。
こういった縁を大事に繋げておけば、静香の病院のスポンサーにもなって頂けるかもしれない。
相手は今泉女流四冠。年度の最初の1局ということもあるし、4月下旬になると女流王偉で静香が挑戦する相手なので、是非ここは勝って勢いをつけたい。静香は振駒で後手になり、今泉先生の研究手だったけれど、静香は激戦を制し、今年度も良い出だしとなった。
こういった遠出をした日以外は、対局後の時間も、レコーディングを中心に、撮影やインタビューなどの仕事を中心に過ごした。
だが、4月に入って1週間も経たないうちに講義が始まるのだった。履修届けは4月末なのでそれまでは体験受講と言えないこともないが、入学式は10日も先なのに、なぜこんなことになっているのだろう。
ともかく初日、6限程ではないが1限から参加する生徒は少ない。駅の学生も少ない。だが静香はTLPを受講したが故に必修である、1限の「中国語初級 インテンシヴ」が記念すべき大学の初の講義になった。インテンシヴというのは、難しいという意味だと思ってもらえればいい。
下北沢で乗り換えて、井の頭線を最寄り駅で降りたけれど、特に自分が目立っている気はしない。そして指定の教室に入った、だいたい高校と同じ30人から40人ぐらいの教室。時間ギリギリと言うほどでもないのに教室が結構埋まっている。そしてみな楽しそうに話している!
1年生の初日の最初の講義なのになぜ??
高校からの知り合い? 静香が通っていた聖瑞庵だってそれなりの進学校だったし、この大学に進学した生徒もそれなりにはいる。あっ知ってる顔もあった。だが男子たちなので話かけ辛い。もっとすごい進学校から大量に来ているのかな?
それともオリエンテーション系(プレオリ、オリ合宿、女子オリ、サークルオリ)などをことごとくサボったせいなのか?
そしてみんな結構垢ぬけた格好をしている。そう言えば静香の高校は制服だったけど、数少ない普段着で会う機会では、女子はもちろん男子も結構おしゃれだった。
静香はその頃も、そして今も兄のお古と下北沢で買った男物の古着の組み合わせ。平服でお越しください。披露宴の招待状の一文をそのまま信じたみたいに、静香の服装は周囲からかなり浮いている。
だが、まあ仕方がない。教室には圧倒的に男子が多い。そして女子は結構ばらけているが、それでも数少ない女子の多いエリアの空席に割り込んで座った。
座るや否や静香は隣の派手な女子からとても綺麗な英語で話しかけられた。
『ハイ! あなたもしかして、マイヅル・チヨ?』
見た目は日本人だけど留学生なのだろうか? 静香も英語で答える。
『そう名乗る時もあるわね。本名はテンドウ=シズカよ。よろしくね』
『やっぱり。オリで見てない顔だから、そうじゃないかと思ったのよね』
これは隣の席の彼女ではなく、静香の前に座っていた女子が振り向いて話しかけてきた。彼女の英語もネイティブみたいだし、普通の日本人なら着こなせない派手なワンピースとジャケットが板についている。だがここで急に日本語になった。
「私は園部美桜。よろしくね」
やっぱり日本人だ。それを聞いた隣の彼女も日本語で続けて名乗る。
「ずるーい。私が先に話かけたのに。私は山田純子。ヨロシク!」
こちらは見た目の派手さに合わない、昭和の薫りがする名前だ。静香も人のことは言えないが。それにしても彼女たちはなぜこんなにフレンドリーなの?
授業が始まるまでいろいろ話していくうちに、美桜も純子も帰国子女だということがわかった。それも小さな頃からアジアやヨーロッパ、そしてアメリカといろんな国に住んだことがあるという。
『日本に住んだことは覚えている限りないわね。大学受験からだわ』
『私はちょくちょく日本に帰って来たよ。海外の方が長いけど』
前者が純子で後者が美桜、ふたりとも英語と日本語を行ったり来たりしている。彼女たちが派手で明るくてフレンドリーなのは、彼女たちのバックボーンもあるが、彼女たちの地の性格のような気がする。そして聞いたところ、クラスのオリエンテーションに参加していないのは、静香ただひとりだということが判った。
東大にはインタークラスっていうのがある。そこにはドイ語、フラ語、チャイ語の既修者が文理すべての類から集まって19人、さらに今この教室にいる理系の中国語TLPの選択者28人が加わって合計47人のクラスになっている。そのうちの46人はプレオリ、オリ合宿に参加していて、その後も何度かイベントがあったのだという。
「どおりでみんな仲がいいと思った」
『でもみんな静香がいないのを残念がってたよ。特に上の先輩達ね』
3人で話している間に純子は静香と同じ理Ⅲ、美桜は文Ⅰだという。
『このクラスの中でも理Ⅲの女子は私と静香だけよ。だから私の隣に静香が座ったのは運命的なものを感じてしまうわね』
中国人の講師がやってきて最初の講義が始まった。
その後始まった講義の中での自己紹介で、どうやらこの29人のうち、20人近くが海外での居住経験があるということを静香は知った。
うーん。やっぱり架空の大学にすればよかったですね。
実際のところどうなのかはわからないのですが、いろいろネットで調べたレベルでは、こういう世界もあるようなのですが、まあ荒唐無稽のネット小説ということで。