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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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12.旅に出よう

神楽坂でのモデル撮影が終わった後、事務所に帰るはずだったのに別の取材が入った。それをこなした後は、レコーディングも進める。その合間にドラマでのスポット出演、単独でのトーク番組への出演があり、ツアーの準備も始まる。明石さんが付いてからさらに忙しくなったような気がする。


その一方で、静香は2月の前半に1級への昇級を決めた。ここからは静香にとって未知の領域だ。随分回り道をしたような気がする。でもおかげでいろんな世界を知ることができた。今後もこのままでよいのかはまだ静香には分からない。レコーディングもツアーもほっぽりだして将棋に専念するべきかもしれない。


だが、明石さんや、今でもたまにスタジオに来てくれる二本松さん、レコーディングのためにスタジオに行くと、自ら指導もしてくれる大蔵さんはじめとするアーティスト、彼らのためにも辞めるわけには行かないと思うのだった。


3月、セカンドアルバムは既に完成し、初めてのツアーの準備も着々と進む頃、静香の学年末の試験結果は上位1/4に急上昇し、奨励会1級でも連勝が続いていた。


ツアーは春休みの直前から始まる。最初は東京、その後名古屋、大阪、これらは2日づつ、そして福岡と札幌で1日づつ実施する。東京は2千人、それ以外は千人程度の劇場はこのチケットが事前に売り切れになったと聞いて、千夜は安心した。あとはライブで大きな失敗がなければいいな、と思う。いつものスタジオならばこなせるようになったことも、千人とか2千人の観衆を前にして、ちゃんと歌ったり、話したり、演奏したりできるのかの自信はない。


ライブに先立って、セカンドアルバムの販売が始まる。前のアルバムがタイアップ映画のおかげでヒットした影響もあるのだろう、2枚目もリリース前から予約が結構あったので心配はしていなかったけれど、実績として売れているのを聞くと、ツアーへの恐怖心も少し休まる。


ツアーの初っ端が東京、会場のキャパが2千人。夏に出ていた芝居よりも広く見えるのは舞台の主役が千夜自身だからだろうか? だが思ったより自分が落ち着いていることに千夜は気が付いた。リハーサルは終えて後は本番。観客席には既にお客さんが入ってきて、着々と席が埋まっていくのを見ても、不安は感じない。千夜は一旦自分の控室に戻って、今日は使わないアコースティックギターの弦をちょっと弾いてみる。今の自分は問題ないと千夜は思った。


ブザーが鳴ってステージが暗くなる。闇に隠れて千夜以外のミュージシャンが配置に着き、それから千夜のデビュー曲の「PWMR」のイントロが鳴り始める。巷に出回っている音源よりイントロが長く、お客さんを焦らしたところで、スタッフが千夜に合図を送る。千夜はリハーサル通り中央のマイクまでゆっくり歩いていく。会場全体から割れるような拍手が起きた。


スゴイ。千夜が舞台に出るだけで、これだけの拍手が起きるんだ。この曲は千夜は楽器を使わないので、マイクを持って歌い始める。バラードなので、あまり大きな振り付けは無いが、それでもゆったりと大きく身体を動かして感情を伝える。


リハよりも照明が強いのが気になるがそれはまあ仕方がないだろう。それ以外は自分も上手く会場の雰囲気に乗っかかることができている。気になることは特にない。


一番慣れた曲ということもあって、問題なく歌うことができた。途中のアレンジも上手くできた。1曲歌い終わって客席に深々と礼をするとまた拍手が起きた。さあここからが問題だ。


「みなさん、こんばんは、舞鶴千夜です。今日は私の初めての単独ライブにお越しくださってありがとうございます」


それだけで大きな拍手が起き、歓声が飛ぶ。


「昨夜は本当になかなか眠れなかったんですけど、おかげで今日は昼前まで寝ることができました。だから今はとっても調子が良いので、今のうちにどんどん歌っていきたいと思います」


千夜が話すたびに、いちいち客席から拍手が起きる。


「2曲目は弾き語りで行きます。ちょっと緊張してきました。『私の好きな人の彼女』」


千夜はタイトルだけ言って、椅子に座って、予め置いてあったギターを持ち上げて、肩にかける。MCではああいったけど全然緊張していない自分がわかる。そして一旦目をつぶると、自分の歌いたいように歌った。途中で半音上げるなどのアドリブも上手くできたと思う。


2曲目の後は曲の合間にトークをした。内容は映画の撮影中の話。その宣伝でいろんなテレビ局を廻った話。その後はこれからのツアーの予定など。突飛な話はしないが、それでも客席から笑い声や大声で話しかけられるととても嬉しい。適当なところで話を切り上げて次の曲に入る。


バックのミュージシャンの他、千夜もギターを弾く曲。ここまでバラードが多かったので、後半に向け盛り上がる曲を選択した。


その後、弾き語りの時にフレーズを間違えたので、アドリブでなんとか持ち直した。それ以外は、歌も、トークも、ギターも、間奏のところに入れた激しめのダンスもなかなか良くできたと思う。


このツアーのプロデューサーが、千夜のためにところどころ休める時間を作ってくれたのも良かったと思う。各ミュージシャンのソロパートがそれぞれあったり、イントロやアウトロを長めにアレンジしてくれている。


「どうでしたか?」


ライブが終わってから、千夜が聞くとプロデューサーも、他のミュージシャンたちもみんな笑顔で応えてくれる。


「いや、本格的なライブが初めてとは思えなかったですよ。実際この状況でツアーって聞いた時はマジかと思いましたけど、この仕事受けて良かったと思いました。それにリハより本番の方がなにもかもがマジっよかったっす」


どこのバンドにも入っていないけれど業界でも屈指のドラマー、彼の予定を押さえるのには苦労しましたと明石さんが言うだけの価値のある人、その彼が笑顔で請け負ってくれたので、千夜は少し気が楽になった。


まあ上手く操られているだけかもしれないけれど、これでこの後も乗り切れるのではないかと思った。

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