116.昇進(4)
ファンクラブサイトの中にある画像掲示板の他のメリットとして、これは千夜的には微妙だけど、ファンクラブ会員には普通の会員以外に、スポンサー様もいらっしゃる。
「先ほどの写真について、早速間合塾の方からお話がありました。ですのでいつかパンフレットに使われる予定です。もちろんメインではなくて、インタビュー記事の背景などに使われるかと思います」
この場合も写真を撮ったファンは、パンフレットに小さな字でクレジットされるだけだ。
もっと微妙なのは、スポンサーでもないテレビ局などのメディアが使う場合だ。スポンサーではないので、一般のファンの中に会員料を払って忍び込んでいる。その場合も鎌プロにお金は入るが、映した当人にはせいぜい名誉だけ。
そして弱点については言うまでもないだろう。転載だ。今回西さんが見せてくれたのがまさにそれ。さっき千夜が大型スクリーン前で知らないうちに撮られた写真はすぐにファンクラブの掲示板にアップされた。そしてものの5分ほどで別のサイトに転載されたということになる。
「で、この写真を転載した人物に社会的制裁を与えるのも私たちの仕事です。歌詞なども含めて転載はとっても多いので、鎌プロの法務部も半分ぐらいうちの担当と言ってもいいかもしれませんね」
そう言って西さんは笑った。すごくやり手のOLというか弁護士のように見える。ともかくこんな風にマネージャーの仕事は多い。だからスタッフの数が必要なのだろう。そして多分本当に細かい仕事は外注されているのだろうと思う。
続いて3人いる男性のうち一番大柄なひとが自己紹介した。この人も知っている人だ。ライブで良く見る。グラマフの時のスタッフにもいた。あの時は兼任だったけど、これからは千夜専任になってくれるんだ。
「はい。音楽担当の大久保です。普段は作詞者、作曲者との調整が中心になります。そしてCDの発売やライブなどのイベントを企画し、それを実現させるまでの準備をするのが私の仕事です。当然今レコーディング中の『booties』も私の管轄です」
booties 単数形だと booty は戦利品と言う意味。ここでは、私がグラマフの会場の後で指したチェスの結果得た獲物ということで、あそこで私に負けた彼らが作ってくれた曲だ。いろいろと調整した結果5人で10曲作ってもらい、一枚のアルバムとして制作中。中身は私が歌うのは恐れ多いような名曲揃いで、誰が歌っても売れるに決まっている曲が並んでいる。夏前にはリリースされるはずだけど、別途日本語の新曲のレコーディングもしているから、おそらく同時発売になるのではないかな?
「レコーディングの他ライブの機材やバックミュージシャンのブッキング、会場の下見や音響関係の手配、海外の場合だと、現地のプロモータと交渉したり、関係者のビザを取るのも僕の仕事です」
いろいろ大変そうだ。当たり前だけど、鎌プロ以外の人たちの方が多くかかわっているはずだ。いろんな人たちのおかげでレコーディングやライブが成り立っている。
「ちなみに海外関係だと音楽以外でも私の担当になるので、再来月、5月のニース国際映画祭の手配も私の担当です。今回もビジネスジェット使うので菱井の高跳さんとの調整も私です」
なるほどいろんな仕事があるんだなあ。当たり前か。
「さらに言うと、うちの会社はイベントの時警備会社を雇うことが多いですが、そうでない時は、僕が同行することもあると思います。よろしくお願いします」
えっ。つまりボディガードも兼ねてるってこと? 本当にいろいろ大変だな。
次にひとりだけいる年配の男性が声をあげた。
「魚住です。私は何でも屋で相談役みたいなものだと思ってください。次に挨拶する土山と同じように明石さんの手助けをするのが仕事です。この業界には随分長くいますので、まあおじいちゃんの知恵袋だと思ってください」
「つまり経験の浅い私の指南役です。独立してお仕事をされていたのですが、社長に引き抜いてもらってうちの社員になって頂きました。海外含めてとても広い人脈をお持ちです」
明石さんが魚住さんの言葉を補う。ということは、立場上は明石さんの部下だけど、確実に明石さんよりお給料は高いはずだ。そして最後に若い女性、と言っても千夜より年上で20代だろう人が発言した。
「はい、さっき魚住さんから話のあった土山です。私も明石さん西さんのサポートですが、主に舞鶴さんのスケジュール調整を担当します。舞鶴さんは、学生、棋士、女優、ミュージシャンと4足ワラジ状態です。しかもそのひとつだけでも予定がかなりてんこ盛りです」
そう言って土山さんは笑う。笑うと猫っぽい。
「当然、各テレビ局や映画会社、他の媒体からガンガン連絡がきます。ドラマや歌番組だけでなく、バラエティとかも含めるともっとです。またスポンサーのみなさまからの連絡も多いですが、それらを西さんと捌いて、明石さん、魚住さん、大久保さんと相談しながら、実行可能なスケジュールを作って調整するのがメインのお仕事になります。舞鶴さんから見たら、秘書の秘書みたいな存在になりますね」
そういってまた猫みたいに笑う。
こうやって仕事の内容を聞くと千夜を含めて9人しかいないけど、かなり大変な気がする。そしてお互いの仕事がかなり重なっている気がする。多分お互いに補いあって進めて行くうちにまた業務が調整されるのだろう。逆に今まではどうやってたんだろう? でもみんなやる気に満ちてるので、かなり気分がいい。挨拶が無かった3人は明石さんか西さんか……誰かの下で実務をこなすのだろう。
その時千夜は思い出した。2年の冬学期から専門課程に入ることを明石さんに告げたことを。社長も明石さんもこの1年半が勝負どころだと思っているから、こんなに手厚い体制を組んだということを。
「いろいろとご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
千夜はこの場にいる千夜担の皆さんに頭を下げた。