115.昇進(3)
明石さんの昇進は喜ばしいことだ。でも別に遠くへ行くわけではないだろうから、今後も相談には乗ってもらえるはずだ。もしかして転勤とかもあるのだろうか?
「まあ、沙菜は引き続き千夜の担当だから、基本的には今までと変わりない。今までも他のチームから人を借りながらお前の付き人を務めていたけど、正式に千夜専属の部署が新しくできるってことだな。ここまで言やわかると思うけど、この部屋にいるのがそのメンバーだ」
その言葉に千夜は安心したが、同時に不安も感じた。10人近くメンバーいるけどこんな大所帯で大丈夫? 男性が3人しかいないのは、千夜に合わせてくれたのだろう。それに今までツアーとかスポンサー対応で見たことがある顔もちらほらいる。でも……私がらみの案件だけでこの人たち全員を背負っていける? 考えれば考えるほど不安を感じる。
「基本これまで通り沙菜が千夜に付く。まあ陣頭指揮官って感じだな。だが時によっては沙菜の部下が付くこともあるから、今日は今後のスケジュールの打ち合わせメインだけど、この機会にいろいろ雑談でもしとけ」
よかった、今後も明石さんが付き人を担当してくれるらしい。でもチーフってことはいろいろ調整する事が多くなるはずだ。千夜専属とは言え、明石さんは今まで以上に忙しくなるだろう。
ただでさえいろいろやって迷惑かけてきたからな。よし、まずは社長の言う通り新しいメンバーといろいろ話をしよう。
言うべきことを言ってから社長が去ったので残ったメンバーで話を続ける。正式名称は知らないが、千夜の脳内で勝手に千夜担と命名したチームのメンバーはこんな感じ。
リーダーが明石さん。彼女がこのチームの責任者だ。社長が言っていたように千夜の付き人をしながら、他のスタッフに仕事を依頼し、依頼した仕事の状況を管理する。
千夜担の二人目のメンバーは言うまでもなく千夜自身だ。明石さんにとって一番の管理対象だ。
そして他にも部下ができてその人たちを管理するのか……千夜が8人いることを考えると恐ろしい。絶対大変だよね。明石さんが身体を壊さないことを千夜はどこかの神様に祈った。
千夜の表情に気が付いたのだろう。もちろん悪いことばかりではない、と明石さんが言う。
「今まで上司にお伺いを立てる必要があったことも、4月からは私の権限でできることがとても増えます」
なるほど。それはいいかもしれない。
「あと集まってもらったメンバーも、実は各部署で、既に実質舞鶴さん担当になっていた人が大半です。そして私のお給料も増えます」
そう言って明石さんは笑う。そして確かに明石さんの言う通り見たことのある人が多い。そして明石さんが若いからだろう。ほとんどの人が若い。
「はい、マネージャーの西です。元々複数のアイドルのマネージャーをしてましたが、1年ぐらい前から舞鶴さんのテレビ局関係の折衝もしてました。4月からはこちらの専業となり、テレビ以外の各媒体とのやりとりも合わせて担当します。明石さんが動けない時は私が舞鶴さんに付くことが多くなると思うのでよろしくお願いします」
そう言えばこれまでに何度か挨拶をしたことがある人だ。ただやはりもう一つのお仕事もあって、私も出るから新人の誰かをあちらの番組に、といった役目も任されるらしい。私がバーターのネタになれるのは良いことだ。実際私も最初はいろんな人に迷惑をかけた。
「あとファンクラブ対応も私です。実際はこちらの子がやってくれます」
西さんのとなりに座っている子が頭を下げた。なるほど全員が明石さんの部下だけど、西さんがサブチーフみたいな形になるのね。
「えっと、例えば先ほど舞鶴さんは、交差点で間合塾の宣伝を見てましたね」
そして西さんが千夜に、いきなり占いじみた事を言いだした。
えっなんでそれを知っているの? 確かに明石さんは千夜の場所をGPSで把握できるが、それは緊急時だけという取り決めだ。
「宣伝を見上げる舞鶴さんの写真がネットにアップされてます。よく撮れていますね」
明らかな肖像権の侵害だ。だがこれは半ば合法化されている。なぜならアップされているのがファンクラブの掲示板だからだ。
本掲示板にアップロードされた写真については、舞鶴千夜及び鎌田プロダクションに諸々の権利を委譲したものとします。
この一文があるため、ファンクラブにアップロードされた写真は見過ごされている。会員の誰がアップしたかは当然わかるので、今のところ妖しい画像を上げられたことはない。そして事務局が拙いと思った写真、例えば千夜の自宅近辺の写真などはすぐに消される。
このシステムには利点と弱点がある。
利点はこの写真を鎌プロが再利用することが可能だということだ。例えば千夜のアルバムのうちの1枚はそのジャケットのデザインが千夜が写った小さな写真がいっぱい散らばったデザインになっている。この写真の一部は掲示板に上げられた写真で、採用された写真をアップしたファンのニックネームがジャケットのスペシャルサンクスにも細かな字でいっぱい並んでいる。
またこの千夜の写真がアップされる掲示板は海外のファンにすごく人気があって、コメントも良く着いている。千夜に関する報道などは圧倒的に国内の方が多いから、海外のファンにとってはとても新鮮らしい。前に明石さんが、ファンクラブが海外で伸びた原因のひとつかもしれません、と言っていた。