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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
113/284

113.昇進(1)

後編もよろしくお願いします

「合宿ですか?」


諸手続きを終えた後案内された教室で、静香は上級生からその話を聞いた。


「うん。1泊2日で山中湖に行って親睦を深めるオリエンテーションだね」


スマホで確認すると2日とも予定が既に詰まっている。


「すいません。その日は既に仕事が入っているので……申し訳ないですが欠席させて頂きます」


静香がそう言うと目の前の上級生は露骨にがっかりした表情をした。普通、新入生は合宿に参加するものらしい。そりゃあそうだろう。そこでクラスの皆や上級生と仲良くなるものだと聞く。入っているのが融通のきく予定であれば静香だってそうする。


だがお金をもらっている仕事で、相手もある話なので、今からスケジュール調整するわけにもいかない。ただでさえ女子が少ない。そしてこう言うと身も蓋もないが、静香は結構な有名人で、外見を商品として売る、というとなんか卑猥な感じがするが、ともかく単純に見た目も洗練されているはずだ。だからこの上級生にもそれなりに下心があったのではないか、と思うのは邪推だろうか?


静香は大学で入学に必要な事務処理を済ませて、その後案内された同級生とその上級生たちと少し話をした。そして用事があると言ってキャンパスの東口から出て渋谷まで歩いてから山手線に乗った。学校は近くなったけど、そこから事務所も将棋会館も遠くなった。受かったうちのある大学にしておけばその3つが近いので便利だけど別に場所だけで学ぶ大学を選んだわけではない。ここを選んだメリットは当然ある。


まず実家から一番近い。学費は飛びぬけて安い。そして東大というネームバリューから、ここを選んだことについて、おそらく誰も文句を言うことはできない。そして他にもメリットがある。それは「進学振り分け制度」略して「進振り」だ。普通の医大ならば1年の最初から医学部の専門の授業が始まる。だがこの大学は、2年の夏学期までは教養科目の履修に集中することができる。


この大学は2学期制なので、年度上半期が夏学期、1年生の夏学期だと通称 1S という。2年なら 2S。なるほど、Sは Summer の略だと静香は思った。だが、1年の冬学期は 1A。


A? Winter じゃないとすると、Autumn? すると S も Summer ではなくて Spring なのか? よくわからない。


話が横にそれた。何が言いたいかというと入学してからの1年半は、医大生としてはだけど、比較的余裕があるということ。だからその時間をお仕事に回すことができる。その分2年の冬学期からが大変になるわけだけど。


将棋はともかく芸能の仕事はおそらく今がピークだろうと静香は思っている。グラマフ賞、ベルリナーレ、それらの金看板がまだ有効なうちにできるだけ稼いで事務所に貢献しておきたい。


芸能界で成功するのは難しい。実力も必要だけど、もっと必要なのは運とか流れとかそういう目に見えないものだと思っている。そして一度目に見える形で成功すれば、スポンサー、代理店、関係各社、事務所、外部のスタッフ、それらが、みんなが幸せになる循環ができる。


だから静香が世の中に受け入れられたのは偶然だと思っている。昔は散々だけど、今はそれなりに歌も演技も自分の実力が見えるようになったと思っている。悪くないけど、あんな大層な賞をもらう程のものではない。だから結局は運だ。


国内で言えば、将棋を指しているというのが良い具合に話題性を提供した、ということになる。将棋は定期的に対局があるからね。そう考えると、海外でこれだけ評価されたのは、やっぱり運だけ、ってことになるのかな。この大学に入って1年半の間にできるだけ周囲に還元したい。そうすればもちろん静香自身の懐具合も良くなるし、将来病院を建てる際に必ず役に立つ。


そう。それも大学を選んだ理由のひとつだ。一番頭が固いと思っていた国立大学の教授が、一番静香の思いつきのアイデアを面白いと評価してくれた。


『それは天道さんにしかできない医療へのアプローチですね。患者にも医者にも夢の病院だと思います』


そう言って頂いた。


静香の方法が上手くいけば、特定の病気の専門家たちを採算度外視で集める。その病気の患者にも静香のSNSなどで呼びかけることができる。その患者や医者の費用は静香が搔き集めたお金で負担するから、患者の負担はない。もちろんお金が集まれば、という条件は付くけれども。


もちろん釘も刺された。


『ですが、病院の社会的な役割についても考慮にいれる必要があります。さらに言えば、閉鎖的な組織は必ず腐敗する可能性を孕んでいます。それらについて、必ず6年間の間考え続けてください』


そんな合格通知のようなことを言ってしまっていいのだろうか? 静香はそう思ったのを思い出す。名前を病院じゃなくて研究所とかにすればいいのかな? そんな単純なことじゃないよな。考えているうちに電車は新宿駅のホームに滑り込んだ。千夜は久しぶりに鎌プロ、鎌田プロダクションに行く予定。久しぶりというのは、昨日まで関東と大阪だけのミニツアーに出かけていたからだ。

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