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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
108/284

108.舞台挨拶(2)

あれっ、このシーンって?


ルフェーブル監督の作品は不思議だ。そういう評価はこれまでに千夜も聞いたことがあった。だが千夜がこれまで見た作品ではそう言った違和感はあまり感じなかった。


だが、自分が演じた作品にはその不思議な違和感をここかしこに感じる。例えば時系列だ。元の脚本にあったシーンの順番が入れ替わるのは当たり前だし、あるシーンがまるまる主役の真脇小浦まわきこうらの回想シーンに転用されたりしている。そしてなにより素晴らしいと思うのが、シーンとシーンの間に入るシーンだ。


例えば序盤にオリバーが演じるジムが岩場でよろめくシーンがあるけれど、終盤、小浦とジムの仲が改善してから、なんの脈絡もなくその無人の岩場が場面転換の間に挟まれていたりする。それはふたりの関係性が序盤とは変わっていることを思い起こさせるのだろう。少なくとも千夜はそうだった。


あとは遠景、あるいはクローズアップで映される自然や街並みがとても美しい。監督はCGを使わないと聞いているから、実際に撮影の合間に撮ったのだろう。それがとても恰好いい。


そしてなによりも登場人物が、千夜とオリバーではなくて、小浦こうらとジムになっている。彼らの行動や表情のひとつひとつが複数の意味を持っているように思える。


そう考えると映画作成も将棋に似ているのかもしれない。将棋は通常1対1で、映画はそうではないけれど、自分と他者が、互いに意志を持ち、常に関わり合いながら、時には単純に、時には複雑に物語を紡ぎあげる。


オリバーの演技がとても素晴らしいのは二度も共演したから良くわかっている。でもこんなに上手かったっけ? 私がそこそこの女優であることも千夜は知っている。だがスクリーンに映された千夜が、ここまで恰好いいなんて知らなかった。


そう考えると監督は魔法使いみたいだ。派手なアクションは一切ないし、セリフも少ない。大きな出来事が起こるわけでもない。それなのに千夜のような小娘を、逆境と戦う強い意志を持ち、応援したくなる少女として銀幕に映し出している。


物語が終わりに近づいた時、没頭する千夜を横の席に座った監督がトントンと叩く。そうだ。私の出番が近づいてきている。


千夜は映画に未練があったが仕方がない。また後で見よう。千夜は舞台の前を身を屈め、音を立てないように舞台の端へと向かった。



そしてラストシーン、ここだけは千夜は化粧やヘアメイクしてもらっている間に何回もみた。そう、このタイミング。スクリーンに映される小浦に重なるように、千夜は愛用のギターと折り畳みの椅子を持って舞台に出た。もちろん衣装は撮影の時に使った本物。そして動きは完全にシンクロされる。スクリーンの前に割り込んだ千夜に小浦がプロジェクトマッピングされているような形になる。


最初なにが起きているかわからなかった観客からようやく拍手が起きた。まだまだこれからですよ。お客さん。


小浦は最初から舞台に設置された椅子に座るけど、千夜は折り畳みの椅子を設置しないといけない。そこはわざとゆっくりと動作をすることで、小浦と千夜の動きが大きくずれ、千夜の思い通りに笑いが起きる。


そして小浦と完全にシンクロするタイミングで千夜がギターを弾き始める。小浦とまったく同じタイミング、全く同じ声で歌い始める。小浦と千夜の完全なユニゾン。


もちろんこのままでは芸がない。数フレーズ後には、千夜はリードギターとメインボーカルを小浦に任せ。自らはリズムギター、そしてアルトでハモりに入る。


1番が終わり間奏に入るところで、小浦の姿が消えスタッフロールに入る。ここからはどんどんアドリブを入れるギターはもちろん歌でもタイミングをずらしたり、ちょっと不協和音にしたりと、千夜が好き勝手やっているうちに短いスタッフロールが終わり、曲もアウトロに入って小浦のボーカルが消え、ギターもおとなしくなる。


だが、千夜はここからが本番とばかりに、小浦との違いをアピールするかのように、小浦の弾くアウトロをバックに自分の生ギターと歌で観客を魅せるべく魂を込める。だって追加できるのはほんの数フレーズだけで、時間は全然ない。


ここにいる全員が、千夜がグラマフで Record of the Year を取ったことを知っているはずだ。失望されるのは最悪。思ったよりももっとすごかった。そう思って帰ってもらいたい。千夜は最後に思いっきり高音まで引き上げて曲を終わらせた。


再び大きな拍手が千夜を包む。明るくなった舞台に監督とオリバーが現れて、ふたりで千夜を抱きしめてくれた。今日出会った時よりも二人からちからが込められているのを感じながら、ギターが邪魔だな、と千夜は思った。


その後3人で舞台挨拶をした。監督とオリバーは何度かやっているからと言って、千夜の演奏を讃える程度で短く終わらせた。一方の千夜は、自分自身が初めて映画を見たこと。監督とオリバーの才能を改めて思い知らされたこと。ふたりに対する大げさなぐらいの賛辞。そして主催者、スタッフ、そして観客への感謝を一通り述べてから、客席に向かって深く深く頭を下げた。

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