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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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101.瞬息(6)

この一連の攻防で静香の勝利はほぼゆるぎないものとなった。御厨先生の囲いはまだ固い。だが、大駒はまったく攻めに利いてない3一の飛車だけで、残りの3枚は静香のもので3五の竜も邪魔がなくなったので大いに動くことができる。5三の角は相手の3一の飛車のお守りをしているがその気になればいつでも馬に成れる。残り1枚の角は駒台にいる。金はお互いの自玉の傍にいる。静香の1枚は5七にいるのでもったいないけれど、周囲に利いているので無駄ではない。盤上にいる銀は静香の1枚だけで、御厨先生の駒台に1枚、静香の駒台に2枚。これでもう負けないはず。


だが、御厨先生は勝負を捨てない。182手目に持ち駒の銀を2二に打ち込んでさらに守りを固めた。そうして静香が間違えるまでじっと耐えるのだろう。そして間違えたら、守りの薄くなった1筋で逆襲してくるのだろう。先ほどの攻防で香を使わず、手持ちに残したのはそのためだろう。


だから今度は静香が時間を使って考える。


30秒、40秒、50秒、1、2、3、4、5、6、7、8


ここで静香は4二銀打と攻めた。2三桂打なら4四竜でその次の手が王手以外なら3一銀不成から4一銀打ちなどで攻めていける。5六歩なら金を見捨てて攻めるか、堅く同金かのどちらか。既に金を渡しても即詰みになる状態は解除されたけれど無難に安全策で行く。時間がかかっても安全になぶり殺しにいく。


そして御厨先生も時間いっぱいまで考えて184手目で5六歩、千夜は攻めが遅くなるのを承知で同金とした。もう投げてくれてもいいぐらいだけど、少しでも可能性があれば足掻くのだろう。御厨先生は確か72手で秒読みに入ったから、そこから100手以上、1分将棋を続けているのか。まあ静香も似たようなものだけど。


確か決勝戦が14時から始まるはずだけど、今何時なんだろう。いやこの一局に集中。


御厨先生の186手目は3四香で静香の竜に当てて来た。1筋を警戒していたけど3筋から来たか。3一銀成で飛車交換するのもよいけど、この竜は失いたくない。この香車は自陣に届くけど、今の所、御厨先生の駒台には金駒が無いからまだ問題ない。


4四竜、8一飛、5四角打、4三歩打


このままだとさっき逃がしたばかりの竜が取られる。ただ5筋にこちらの角を縦に並べた状態になっているので、竜を失っても攻めを続けることができる。ここはもう攻め込んでいこう。4一銀打、4六桂打。御厨先生は桂馬を捨ててでも竜をどかせたいんだな。仕方がないので193手目同竜。


続く194手目が2三銀。斜め駒の有効活用と玉が隅から逃げることを想定しているのだろう。駒組を直されたが、今度こそようやく攻める。3二銀成、同金。続いて角も突っ込む。4三角成、絶対しないと思うけど、同金ならば同竜でほぼ勝ちは確定。


当然御厨先生は取りに来ずに2二銀打、本当にしつこい。3二馬、同銀引、4四桂打。


ようやくしっぽが見えて来た。202手目、これも時間いっぱいで2一角打ち。こんな狭いところに角を打ってでも粘ろうとするのはさすが御厨先生。3二桂成。同角。3一銀打、同飛、同銀成。


もう静香も御厨先生も時間を使わない。あっ、これは不成の方が良かったかな? でももうそんなことは細かいことだ。御厨先生にはもうほとんど逃げ場がない。


208手目に3七香成で王手を受ける。でもこれは同玉で王将が囲みの外に出てももう問題ない。それから2一銀打とまた守りが少し、ほんの少し厚くなる。211手目、4一飛打で止めを刺す手順に入る。


212手目、4五桂打また王手を受ける。単発の王手だけど、一応竜の前進を阻む意味合いもある。だがもう勝敗はわかり切っている。それでも御厨先生は指し続ける。


堅く同金にして最悪棒金で潰せるようにした。慎重すぎるかもしれない。竜を閉じたから4一角と飛車を取られた。でももういい。


215手目4二角成、3一銀、4一馬、2二銀打、4三角打、1五歩


御厨先生に勝ち目があるとすると1筋の香を利かせた状態で、駒台の飛車を竜にするしかない。だけど静香も御厨先生も時間を使わずに指し続ける。だってここからは15手詰めにはいるから。


静香にはもう詰めは見えているし、御厨先生は静香が間違える可能性にかけて時間を使わない。


221手目に2一角成、同玉、3二銀打、同銀、同馬、同玉、4四桂打、これで一段にさがったらすぐ詰ませられるから上がるしかない。この間両者ともにノータイムで指す。もう静香が読み切っていることを御厨先生も気が付いているはずだ。なのに投了しない。


2三玉、3二銀打、1三玉。


これであと5手で詰むが、やはり投了がない。そう言えばこれって何時間制の棋戦だっけ?


1四香打、同玉、2六桂打、1三玉、1四金打、これで玉にはどこにも逃げ場がないし、当然取ることもできない。


「負けました」


その声が静香の耳にはっきりと聞こえた。


「ありがとうございました」


静香もはっきりと御厨先生に答えた。


「235手を持ちまして、天道五段の勝ちとなります」


こうして静香はA級棋士に初めての勝利を掴んだ。しかも相手はあの御厨先生だ。しかし勝った以上は次の対局のことを考えなければならない。


静香は時計を見た、もうすぐ13時だから持ち時間40分の棋戦で3時間対局していたことになる。そして決勝が始まるまであと1時間しかない。本当ならここから感想戦やインタビューがある。でも、トイレにも行きたいし、お腹もすいた。そして眠い。決勝戦のための準備に回せる時間があるだろうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] タイトル戦ではないですが勝利おめでとうございます。現実だと朝日杯将棋オープン戦に相当する棋戦だと思われますが短い持ち時間の関係で何とか激闘を制しました…
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