10.専属マネージャー
千夜の予想に反して、映画が幸いにも邦画の週間入場者数で1位を連続して獲るなど、かなり話題になった。最大の貢献者は台本を書いた人で、次が監督、それから由美ちゃんだろう。ともかく映画のヒットに引っ張られるように千夜のCD、ファーストアルバムも売れた。そしてそれらが、また取材や他の仕事につながるという好循環を産み出した。そしてついに千夜の通帳にもお給料が振り込まれるようになった。
これまでいろんな媒体に顔を出してはいたが、それはバーターだったり鎌プロ側から頼んでいたもの。だが、映画の封切り後の依頼は相手側からの指名だし、なぜか映画も順調にヒットしているので、名目上の主役のひとりで、かつ主題歌も歌った千夜には、会社になだれ込んだ収入のほんの一部が零れ落ちて来た。
うーん。今までゼロ円が当たり前だったので、正直感覚が変だ。
「これ、ちゃんと確定申告しないといけないからね?」
えっ? 確定申告?
「だって12月の収入だから、来年の2月あたりには確定申告しないといけないわ。でもまあ金額も小さいから、多分課税対象にはならないわね」
そうか。それなら大丈夫か。ちなみに2学期の中間考査で、静香は半分から下だけど、それでも平均に近い側に入った。そして期末考査では驚くなかれ、入学以来初めて平均を超えた。全教科トータルで少しとは言え平均点を超えた。試験前の週末には初日の舞台挨拶とかしてたのに、びっくりした。
「来年になったら、千夜ちゃんにも専属のマネージャーが付くことが決まったから、彼女にいろいろ聞いてみればいいと思うわ」
専属マネージャー! これまでは映画の撮影中ですら毎日違うマネージャーが来るという状態だったのだけど、とうとう専属マネージャーが私に! どんな人だろう。千夜が新人だからやはり新人なのかな、いや逆にベテランかもしれない。さすがに女性だよねとやきもきしていたが、とりあえず連絡もないまま、冬休みに入りまたレッスンの日々が始まった。トークの練習、最近あまり踊っていないダンス。もちろん演技。歌、ギター。そして簡単な撮影等の現場。
この冬休みは、ライバル作品が無いのか、脚本と監督と鳥居由美ちゃんのおかげで映画はまだまだ客が入っている。そのせいかここのところは打診されるCMもメインだし、スポット出演の役どころも急に良くなった。例えば1年間続く長期連続ドラマ、出番はそのうち4話しかないけど、重要な役どころを与えられるようになった。これまでのレッスンで教わった着物の着付けが初めて役にたった。
また以前はエキストラ同然だったプレーン化粧品でも4月から1年間、イメージガールになることが決まった。今後自分が女流棋士になる可能性も十分にある。だから私将棋も指すんですよ、と打ち合わせの時に広報の人に言ってみたが、そうですかの一言で終わってしまった。棋戦のスポンサーを担当しているのは広報部の人だと思うのだけど違ったのかな?
しかし一番重要なのは当然レコーディングとツアーの準備だ。自分の持ち歌でダンスするのは妙な気分だ。弾き語りは上達したけれど、歌いながらダンスをするのはまだまだだと講師陣には評価されている。今後、重点的にレッスンが入るだろう。歌とギターはまた新曲を作ってもらったのでそれの準備だ。今回は大蔵さんの他にも何人かの大物作詞者、作曲者が入っている。それぞれ微妙に癖があって歌ったり弾いたりが楽しくなってきた。
千夜は踊って歌うだけの曲、バックにミュージシャンが付くけど千夜もギターを弾く曲、千夜ひとりでの弾き語り。それがシングルバージョンとアルバムバージョンを分けたり、春のセカンドアルバム発売と合わせて開催されるツアーに備えた特別なバージョンの練習もしなければならない。
そんな練習を繰り返しているだけで冬休みは終わった。いや十分忙しかったけど。
年が明けても元旦から軽めのお仕事が入った。3分ぐらいのインタビューだが、生放送なので緊張したが、なんとかこなせたと思う。場所はいつも練習しているスタジオだったので、結局は練習時間の方が遥かに長かった。今年もこんな感じなんだろうな。そして4日になって、初めて専属マネージャーと顔合わせがあった。
「明石沙菜です。新卒で鎌プロに入って2年目です。よろしくお願いします」
明石さんは落ち着いた様子で頭を深く下げたので、慌てて千夜も頭を下げた。この世界に入ってから千夜が一番上手くなったのは頭を下げることだ。
「舞鶴千夜です。こちらこそよろしくお願いします」
明石さんはきりっとした気の強そうな女性だ。もうちょっと優しそうな人が良かったなと思ったが、もちろん文句を言える立場ではない。それに専属マネージャー。これからは何があっても明石さんにお願いすればよいのでとっても楽ちん……きっとそうなるはずだ。