6.本当の気持ちはどこに
「花恋!」
陽空にはとっさになんて言っていいかわからなかった。
「そうだよ、花恋ちゃん」
「おい美香!」
先に立ち直ったのは美香だった。にっこりと笑って堂々と嘘をついた。
「花恋ちゃんも長瀬会長と付き合ってるんだよね。おめでと」
ダメ押しとばかりに、美香は断定した。花恋はショックを受けたようにハンカチを握りしめる。
「陽空に、恋人が出来たってこと……?」
美香に答えず、付き合っていることも否定しない。陽空は美香の迫力に口をはさめないでいたが、花恋の態度にカチンときた。自分は嘘をついて長瀬と会っていて、それには何も言わない。
美香が静かに席を立って陽空の前に立った。美香の背中で陽空の視界が遮られる。
「ちょっ美香」
むっとして陽空も立とうとしたが、美香から後ろ手にそっと静かにと合図をされた。陽空は逆上しかけた頭がほんの少し冷えた。
陽空を弟扱いしかしない花恋が、自分に恋人が出来たことに動揺しているという事実。それは花恋が陽空を男として意識しているということではないか。陽空は小さな期待を寄せた。
「そうだよ。花恋ちゃんと同じでね。お互い青春だね。いまデート中なんでしょ?」
美香は花恋を挑発する。陽空は複雑で奇妙な気持ちがした。美香の好意に全く気付かなった自分のにぶさは、花恋といい勝負だ。でも自分には花恋しか見えなかった。美香に申し訳ない反面、花恋の反応にじわじわとした喜びを感じた。ほんの少しだけ余裕が出て気分が上向いた。
「い、いや。そんな、陽空にはまだ早いんじゃない?」
「は?」
「早いって何が? 何を想像したの?」
「え? あ。やだっ! そんなつもりじゃなくて、あの! ただまだ男女交際とか早いんじゃないって思っただけ」
「なんで? 花恋ちゃんはしてるのに?」
「陽空はまだダメ!」
「ずるいよ。花恋ちゃん、自分は良くて陽空はダメなんて。おかしいよね。本当の兄弟でもないし、他人じゃん?」
「でもいやなの、とにかくいや」
動揺してしどろもどろになる花恋に、美香が追求していく。小さなねずみをもてあそぶ猫のようだ。話せば話すほど、花恋はドツボにはまる。陽空には、花恋のヤキモチが心地よかった。陽空の記憶にある限り、保育園以来だ。花恋の独占欲に、美香が理詰めで攻める。
「ねえ花恋ちゃんはさあ、長瀬会長と陽空、二人とも自分のものだとでも思ってるの?」
「違っ……そんなことない!」
花恋はさすがに大きな声で否定して、泣きださんばかりだ。
「おい美香! やりすぎだ」
陽空もこれ以上はまずいと立ち上がって美香の腕をつかんだ。独占欲に喜んでいる場合ではなかった。
「陽空、邪魔しないで! あたし、絶対いつか言ってやらなきゃと思ってた!」
美香は陽空の手を払って、花恋に詰め寄った。
「ねえ、花恋ちゃん?」
深く息を吸い、後ずさる花恋の前にさらに一歩詰める。
「違うって言うなら、陽空を自由にしてやって。鈍感なふりして本当はわかってるでしょ? 陽空が小さい頃からどんだけ花恋ちゃんのこと好きで好きでたまらなかったのか! 陽空の気持ち分かってて生殺しにしてて楽しかった?! 今あんた陽空をキープしようとしてて、それって二股宣言してるのとおんなじで、それってどんだけ最低なことかわかってる?」
「あ……ごめんなさい」
ぽろっと花恋の目から涙が落ちた。美香の大声に騒がしかったカフェがしんと静まり返った。気づけば高校生の修羅場に周囲の客の目が釘付けで、店員がおろおろとこちらを見ていた。
「さて話は終わったかな。では三沢さん、行こうか」
凍り付くような雰囲気を破ったのは長瀬だった。何事もなかったように、陽空と美香を無視して花恋に手をとった。
「お前、いまさら!」
「会計も済ませたし、店内で騒いでは他のお客様の迷惑だ」
陽空は長瀬に食ってかかったが、長瀬は冷たく一瞥した。正論に陽空も黙った。
「ご、ごめんなさい」
美香と花恋の声が重なった。
「さっきまで出てこなかったくせに白々しいよな」
小さく陽空は毒づいたが、どう考えても自分たちが悪かった。
「花恋くん、君は僕の彼女だろう。生徒会長の彼女として常日頃から相応しい言動をとってもらいたいよ」
「は、はい。あのごめんなさい……」
長瀬が花恋をなじりながら、彼女だと強調してちらりと陽空を見た。さらに小さくなりながら花恋は謝った。長瀬がわかればいいんだよと優しく微笑んだ。その笑みのまま、陽空と美香に向き直った。
「さあ君たちはごゆっくり。そうそう君たちも。わが校の生徒として恥ずかしい行いはつつしんで欲しいね」
花恋と長瀬が去った後、陽空と美香は無言でそれぞれのアップルパイとレモンパフェを食べた。せっかく注文したものを食べないでは出られない。
カフェの雰囲気は元のにぎやかなものに戻り、周囲の客の関心も薄れていく。
「生徒会長ってあんな人だったの」
「そうだよ。俺言ったじゃん」
「実際見るまでわからないよね」
食べ終わって一息つくと、ぽつりぽつりと二人に会話が戻った。お互いに告白についてはまだ触れられなかった。
「あ、そうだ美香。さっきは言い過ぎだ」
小声で陽空が注意した。美香は不満げにほぼ空になったパフェのグラスの内側にこびり付いたレモンゼリーをかき取る。
「でも誰か言わなきゃだった」
「でも美香でなくても良かった」
陽空も言葉を重ねた。美香が悪者になる必要はなかった。むしろ自分が言うべきだったと後悔していた。
「だって頭きたんだもん。ずるいよ。花恋ちゃん」
美香は言葉を切って冷ややかな笑顔を浮かべた。
「ねえ会長ってクズだって言っても外面最高じゃん。むしろ超優良物件じゃない?」
「女って怖い!!」
陽空は美香の冷淡さにぞっとして本音でつっこんだ。美香はぷっと笑って口調をやわらげた。
「冗談だよ。あたしだって、花恋ちゃんの友達だし、友達が幸せになるのは嬉しいし。中身がどうでも花恋ちゃんに優しくしてるならそれはそれで別にいいじゃん。それにさあたしも幸せになりたいんだけど?」
「ああ、えっと」
美香はじっと陽空を見つめた。
「それで……あたしたち付き合うでいいんだよね?」