5.気分は名探偵だが尾行には向かない男
「こういうことだったわけね」
美香は窓際の席の花恋と会長を見て察した。
「花恋のやつ、アップルパイ頼んでるな! 絶対俺の作るやつの方が美味しいはずなのに!」
陽空はメニューで顔を隠しながら、隠しきれていない。美香は呆れてため息をついた。さっさと自分メニューからレモンパフェとハニーレモンソーダを注文した。
「あ! 俺、紅茶とアップルパイね。どんだけおいしいのか食べ比べてやる!」
陽空は視線は花恋たちから外さず、自分の注文を早口で伝えた。血走った目に美香は乾いた笑いが出た。
「ほんとこんなあからさまなのに、花恋ちゃん何で気づかないんだろうね」
「純粋なんだよ。そこも良い」
美香も陽空もこれまで何度も同じ会話をしていた。美香は不毛だと思いつつも、保育園の頃からいちずに変わらない陽空に安心していた部分があった。
「……だから私も変わらずに思っていられるんだけどね。でも花恋ちゃんが変える気なら私ももう遠慮しない」
「え? なになに? ごめん聞こえなかった」
陽空はちょうど店員が運んできたレモンパフェを受けとっていた。
「ううん、何でもないよ。さすが! 美味しそうだね!」
美香はにっこりと笑ってパフェにスマホを向けた。陽空も自分のアップルパイを受けとると観察し出した。
「まあアップルパイは俺の勝ちだな」
食べるまでもなく満足げに陽空は胸をはった。美香はふふっと笑うと、パイには触れず核心をついた。
「ねえ長瀬会長と花恋って付き合ってるの?」
「ない! 絶対ない!」
「ばか。声大きいし。ばれても良いの?」
陽空はすぐに否定した。美香はじっと陽空を見つめた。保育園からの長年の付き合いなのは花恋と陽空だけではない。美香もまたずっとそばで見てきた分、陽空の性格はよく知っていた。
「良くないけど……! このアップルパイ、出来たてじゃねぇ冷凍ものをあっため直しただけだ!」
「そりゃいちいち一人の客のために焼くわけないでしょうよ」
陽空の露骨な話題そらしに美香はのらない。そこまで関心がなさそうに装いながら、美香は状況を探る。
「長瀬会長と花恋ちゃんねぇ。意外だけどなんか雰囲気良さそうじゃん?」
「良くない」
「お似合いな感じだけど」
「全然」
美香はちらっと花恋たちが談笑する様子を盗み見た。会話の内容までは聞こえないがとてもいい雰囲気だ。
「まだ付き合ってはいないけれど秒読みって感じだね」
「ち、違う!」
陽空が否定したが、美香には陽空がゆらいでいるのがわかった。
「心情的には否定したいけどってとこか」
「う! とにかくあの男、長瀬はダメだ!」
「どこのお父さんよ。……ふうんでもそっか。じゃあもういいよね」
美香はごくりとソーダを一口飲み込んだ。喉の奥を炭酸が刺激する。片思いしていたのは陽空だけではない。美香にとってはずっと待っていたチャンスだ。
「ねえ、陽空。あたしと付き合わない?」
「……はあ? 何でそんな話になるんだよ?」
陽空は心底訳が分からないという顔をした。美香の思いには全然気づいていなかった。美香はだから花恋ちゃんのこと鈍感だって言えないんだよと心の中で突っ込んだ。からんとハニーレモンソーダの氷がなった。美香は畳みかける。意識していないなら、してもらえばいい。
「ずっと陽空が花恋ちゃん好きなのは知ってるけどさ、初恋は実らないっていうやん。花恋ちゃんが別の相手見つけた以上、次行っても良くない?」
「良くない。絶対やだ。諦めない」
「でもさ、全然脈なしでずっと弟としか見てもらえてないでしょ?」
「う!!」
陽空を揺らがせる。もう一息。言ってしまった以上、美香には押すしかなかった。
「あーもう! わかってたよ。でも花恋があの男付き合うのだめだ」
「陽空だから、あんたは親じゃないし、花恋ちゃんが誰と付き合うのも自由でしょ?! 自分だってさ貴重な高校生の青春を不毛な片思いだけで終わらせていいの? それこそ良くないでしょ?」
美香は陽空に自分を見て欲しかった。美香も確かに塾の日とは言え、早めに来たのは偶然ではない。恋する乙女の打算だった。美香の勢いに陽空は虚を突かれて、黙り込んだ。
「ねえあたしならさ、すぐにでも付き合えるよ?」
「……美香、あんま笑えない冗談止めろよ」
陽空にとって触れられたくないデリケートな部分に美香は今踏み込んでいた。陽空は低く警告する。
「本気だよ」
美香は引くつもりはなかった。が、長い間の幼馴染に、自分の片思いが信じてもらえず、それでも愛の告白をしていることに急に恥ずかしくなって赤面してきた。それでも美香は言った。
「あたしだって陽空のことずっと好きだった。だけど知ってたから! ずっと見てきたから! 言えなかった」
陽空は答えない。まさか、美香が俺のことを? 陽空の半信半疑の目が、存外の事実に驚き、見開かれる。よし、伝わった! 美香は続けた。鈍感野郎に私の恋心思い知らせてやる。陽空が花恋に片思いをしている時間はそのまま美香が陽空に片思いをしている時間だった。
「だけど、花恋ちゃんが別の好きな人見つけた。ねえ今はまだ陽空の気持ちが花恋ちゃんをむいてたっていいよ? アップルパイだって納得いくまで作り続けてもいいし」
陽空も生まれて初めて受ける愛の告白に顔が真顔になって、そしてだんだん赤くなってきた。お互い火を噴きそうに熱い。
「ね! とりあえずさあたしとお試しってことで付き合おっか」
最後は笑顔で美香はごり押しした。お願い、付き合うと言って! 心の中で美香は懇願した。
「美香、おまえなあ」
「え? 美香ちゃんと陽空付き合うの?」
花恋の声が、陽空の声にかぶさった。トイレにでも行ってきたのか通路にハンカチを持った花恋が立っていた。美香の告白で、陽空は少し前から花恋たちの様子を全く見ていなかった。まさか花恋から見つかってさらには聞かれていたなんて思いもしなかった。美香の赤い顔から血の気がすっと引いた。
いったいどこから聞いていた? 陽空の顔は凍り付いた。