4.放課後は嘘のはじまり
「君が口をつぐめばみんな幸せってことだよ」
長瀬は、陽空が言い返す前に、話は終わったとばかりきびすをかえした。陽空は一瞬ほうけたが、長瀬へ吠えた。
「ふざけんな! 花恋はものじゃねえし! お前なんか絶対選ばねえ!」
長瀬は背を向けたまま、ひらひらを手を振って去って行った。陽空は口では威勢よく言ったのもの、内心ものすごく焦っていた。花恋がもともと好意をいただいていて、バレンタインを自分に隠れてチョコを渡していた事実。その相手から告白されたらどうなるのか。ただの幼馴染で弟扱いされて、全く恋愛対象に見られていない自分には太刀打ちできる気がしなかった。
陽空はじりじりしながら授業が終わるのを待った。長瀬が何かしてくる前に、はやく花恋に会いたい。陽空は授業中も先生の目を盗んで3分に1回はラインを確認する。
朝、長瀬と別れてからすぐ送ったメッセージ、‟今日、一緒に帰ろ!!”はなかなか既読にならない。いつも登校は一緒だが、帰りは部活もあってばらばらだった。それでも陽空は花恋がバスケ部で帰宅が遅くなる時はずっと待っていたが。
2限目が終わるころ、やっと既読になった。花恋の返事は“ごめん、今日は予定入ったから”
「ああ~! なんだよ予定って!!」
陽空はイライラしながらメッセージを送る。まさかもう長瀬が動いたのかと焦り、何度かミスタッチをした。“待ってる。それか一緒に行く” ダメ押しでウルウル目の可愛いスタンプも送った。
‟ダメ。今度の合宿の買いものあるから、先帰ってて。”
‟じゃあバスケ部の友達と行くってこと?”
あざとく小首をかしげたキラキラスタンプを追加で送信した。
“そうだよ”
「良かった……!」
そっけない花恋の返事に陽空は大きく安堵のため息をついた。手にはじっとり汗をかいていた。知らず知らずにスマホを握りしめていて、指先が痛かった。
「さて今日はどうするかな」
陽空はアップルパイを焼く日を月、水、金の週三日と決めていた。長瀬のことは気になるが、さすがに今日すぐには動かないだろう。花恋も放課後に予定がある。
陽空は駅前の専門書がたくさんある大型の本屋で料理の本を探すことにした。隣に花恋がよく行くスポーツ用品店がある。買い出し中の花恋に偶然会える可能性があった。
「我ながらちょっとやべえよな」
陽空は自分でも少し行き過ぎてる自覚があった。アップルパイを作り続けているのも、しょせん自己満足だ。花恋が陽空を恋愛対象に全く見ていないのも分かっている。
それでも、長年の片思いは簡単には終わらせられるものではなかった。
放課後、駅前の人込みでも陽空は花恋を見つけた。遠く、ちらりと横顔だけなのにそれでもわかる。誰かと一緒に居て相手に輝くような笑顔を向けている。相手は通行人の影で誰かは分からない。すごく楽しそうで、陽空も自然と笑みがこぼれた。本当に可愛い。陽空は花恋が笑顔で居ることが一番嬉しかった。
陽空は花恋のことはどこに居ても見つけられる気がした。特別だから。願わくば自分が隣に居てずっと笑顔にしたい。
「これはまさに愛の力だな!」
照れ隠しにぼそっと呟いたが本当は違った。陽空は本屋をそうそうに出てバス停のベンチに腰掛けてずっと花恋を探していた。
実は何となく、花恋のラインが心にひっかかっていた。不安がゆらぐ。
「”そうだよ”って書いてた。でも花恋、だれだか名前書かなかった」
いつもだったら、‟B班のメンバーで行くから”と“佳乃と真理と行く”陽空も知っている花恋と仲の良いバスケ部員のチームや名前つきで返事が来る。合宿はまだひと月も先だ。シューズも先々週に新しくしたばかりだ。少しだけ、ほんの少しだけざらつく違和感に陽空は苛立つ。
ちょうど人混みがきれた。花恋と並んで歩いていたのが誰か分かった。長瀬だった。
「まじかよ……あのくそやろう! 手回し良すぎるんじゃね?!」
まさか、でなくやっぱりという思いが強かった。落胆。
「花恋も嘘ついてたのかよ」
陽空の胸に痛みが走る。二人が新しくできたカフェに入っていくのが見えた。追いかけないと、でも。陽空は長瀬に対する怒りと花恋の嘘への悲しさで迷った。花恋は自分が好きな相手と一緒に居るわけだし。
これは自分の一方的な片思いだ。待ち伏せしていたのも、俺が一方的にしていること。逆の立場なら好きでもない男から待ち伏せされていたら単なるストーカーだ。
「でもあいつだけはダメだ!」
沈む気持ちに陽空は自分で活を入れた。陽空は花恋が幸せになるためなら、泣いて泣いて泣きまくって最低二週間は寝込むとはいえ、身を引く覚悟はあった。未練はたらたらで別れたらまた狙うつもり満々だが。
いくら見た目は最高にかっこよくても中身が最悪な長瀬と付き合うなんて絶対に認められない。しかも本当は花恋のことを好きでないのだから。
「とにかく様子をうかがおう!」
新しいカフェはインスタで半年ほど前に話題になって行列が絶えなかった。今はさすがに落ち着いて並ばずに入れる。が、どピンクの乙女チックに直球はなデザインで男子高校生一人で入るには難易度が高すぎた。
「行くしかない!」
うろうろしていてもらちが明かないと陽空は覚悟を決めた。
「陽空、何してるの?!」
「おわ! ごめん! かれ……あれ?! 美香?! お前こそ!」
後ろから肩をぽんと叩かれ、陽空はびくっと硬直した。花恋にばれたかと勘違いしたが、美香だった。制服姿で不思議そうに陽空を見ていた。
「あたしは今日塾の日だから」
「あーまじ驚いた。そっかあ。駅ビルだもんな。な、まだ時間ある?」
陽空はしめたと思った。まだ心臓がばくばくと早鐘を打っているが、貴重な道連れを捕まえられそうだ。
「う、うん。早めに来たから」
「よっしこい! 一緒にカフェでお茶しよ」