3.見た目は最良のまじめ系くず
次の日の朝、陽空は毎日一緒に登校する花恋に昨日の夕方の長瀬の話をさっそく洗いざらいぶちまけた。
ところが「あの長瀬くんがそんなわけないでしょ」と一笑にふされたあげく、「もう! そんなありえない嘘誰も信じないよ!」とまで怒られた。納得のいかない陽空は、教室で良太と美香にも同じ内容を話して聞かせた。
「な? 生徒会長、ほんとやばいんだよ! おっとやべ」
腹立ちまぎれに紙パックのカフェオレを握りしめると机に中身がこぼれた。
「もー何やってんの!」
美香がティッシュを渡してくれた。
「わり。助かる」
「うーん。まじめ系クズって言うらしい」
「あ?」
陽空が机の上を拭いていると、途中から半分興味なさそうにスマホを見ていた良太が画面を見せてきた。興味がないのではなくて陽空のためにいろいろ検索していたようだった。陽空も美香も初めて聞く言葉で仲良く良太のスマホの画面をのぞきこむ。
「だから真面目そうに見せてるけど中身は腐ってるんだって」
「まさに。それだよそれ!」
陽空は読んでいくうちにこれだ! とピンときて興奮した。清潔感があって、人望があって、笑顔で頭もいい。しかし人の見えないところでは無駄や面倒を嫌い、手のかかることはなにもしない。まさに長瀬のことだと、陽空は今まで形にできなかったもやもやが言語化されてすっきりした。
「え―生徒会長は違うと思うけど」
「そうだな。もっと普通の陰キャを指すんだと思うけど」
「いやまさにあの男だよ。なんで誰も信じねえんだよ!」
美香も良太も長瀬がまじめ系クズだとはどうしても思えないらしく、陽空はそれが歯がゆかった。
「そりゃ人望かな」
「まじか」
良太の答えはとうてい納得できるものではなかった。しかし陽空自身、実際に目にしなければきっと信じられなかった。
「あー! なんかほんと複雑な気分だ。誰も信じてくれないなんて俺の人望は?!」
陽空はぼやいた。
「いいじゃん会長どんな人でも。全然うちらと接点ないんだし」
「そうそ。むしろあんまり出来過ぎてAIっぽかったけどやっぱり人間なんだなって思う」
良太と美香がフォローを入れる。
「むしろそれ長瀬へのフォローだろ。ねえだから俺の人望は?」
「あるけど、会長に比べたらね」
陽空は残念そうに幼馴染ふたりはぽんと肩を叩かれた。
ちょうど女子ざわめいて、陽空の言葉はかき消された。何事かと陽空たちも騒ぎのもとを探すと、教室の入り口には長瀬が来ていた。
「やあ、後藤君居るかな?」
「……ちーっす」
同級生の視線が陽空と長瀬を往復する。陽空は不承不承に挨拶をした。長瀬に手招きされて、廊下まで出た。そのまま歩き出す長瀬に陽空も警戒しながらついて行く。長瀬はあちこちから挨拶されて笑顔で手を振って、時には挨拶を返している。
「どこぞの政治家みたいだな」
腹黒いところも、と声に出さず陽空は付け加えた。
「はは。僕考えたんだけど、君に問題起こされても困るからね。念には念を入れるよ」
「はあ? 誰も俺のこと信じないって自信満々だったじゃんかよ」
実際、花恋も良太も美香もいまいち信じていなかった。
「君、3年2組の三沢花恋のこと好きなんだってね」
「なんでそれ!」
中庭を過ぎて人通りのない専門棟の廊下で長瀬は止まった。陽空は長瀬の口から花恋の名前が出たことにぞっとした。
「君たちは有名だよ。三年女子にべったりくっついてる一年男子が居るってね」
「ま、まあ俺は隠してないからな。だから何だっていうんだ」
陽空は強がったが、内心穏やかではなかった。花恋がどんかんだからこそ、ほかの男子へのけん制のためにも、花恋につきまとっているのを隠していない。
「君が三沢さん好きなのはバレバレだけど本人がまああったく気づいてないのは傑作だよね」
くすくすと意地悪く目を細めて長瀬は笑う。
「花恋は純粋なんだ! まだ恋とかそういうの興味ないんだよ!」
陽空はかっと熱くなり、花恋をかばった。どんかん過ぎると自分でも思っていたが、長瀬から言われるのは面白くない。
「違うよ」
長瀬の顔から爽やかな仮面が外れ、歪んだ笑みが張り付く。
「あ? なんだよ?」
「三沢花恋。あの子、僕のこと好きなんだよね」
長瀬は残念そうなあわれむような半笑いのまま、陽空にささやいた。
「はあ? 何言ってんだよ!?」
陽空も薄々は気づいてた。花恋が今まで唯一かっこいいと言った異性が長瀬だった。でもまさか本人が知っているとは思わなかった。
「バレンタインに手作りチョコもらったからね」
「あああ?! まじかよ!!!?」
当然陽空ももらっていたが許せなかった。俺の目を盗んで花恋のやつ! さんざん俺が男にはあげないよね? って聞いたとき、もちろん友チョコだけだよって言ってたのに!
「手作りなんて不衛生だから捨てさせてもらったけどね」
「おまっ! ふざけんなよ?! 俺はぜんぶ食うわ!!!」
陽空の絶望は一転、長瀬への怒りに変わる。花恋の手作りチョコを不衛生と切り捨てられるのは許せない。だが花恋の手作りを食べたのは同世代の男は自分だけだというのはほの暗い嬉しさを感じて情緒が乱降下した。
「……三沢さん、バスケ部だよね。体育館なのに結構日焼けしているし、あんまり頭良くないよね」
「ああ?! 花恋はばかじゃねぇ! 普通だぞ!?」
「普通ねぇ」
陽空の頭は沸騰しそうだ。確かに学年主席の長瀬と比べれば、全ての生徒は長瀬よりも下だ。花恋は中の上、可もなく不可もないくらいの成績だった。長瀬はふうんと納得いかないと言うように首をかしげた。陽空はどうしても長瀬になにか花恋の方が優れていることを認めさせたかった。
「性格はお前なんかと違ってめちゃくちゃまっすぐで良い女だ! 顔だってめちゃくちゃ可愛い!」
「悪いけど、僕頭の良いキレイ系の子が好きだから」
「お前ほんと最低だな!」
陽空が何を言っても長瀬はするりと受け流す。
「ああ、でも。顔だけなら僕の隣に立ってもまあ許容範囲かな」
「はあ? 何言ってるんだ?」
長瀬はくすっと笑って一人納得してうなづいた。
「三沢花恋、僕がもらうよ」
「花恋はものじゃねえし! あいつがお前みたいなの選ぶかよ!」
長瀬は余裕を崩さなかった。
「どうかな。 好かれている自信はあるよ。彼女をひどい目に合わせたくなかったら……わかるよね?」
「おい、汚いぞ! 花恋を巻き込むな! どうするつもりだよ!?」
「さあ? それは後藤くん。君次第だよ」
長瀬はくすくす笑って話し続ける。
「三沢さんは、彼女のレベルではとうてい手に入れることが出来ない最高の彼氏を手に入れて幸せになるだけ。君が何も言わなければね」
「お前が花恋を幸せになんて出来るかよ。花恋のこと、あ、愛してもないだろ」
愛と言葉に出すのは、陽空にとって妙に気恥ずかしかった。
「僕、演技はうまいんだ。三沢さんを幸せなまま騙しとおすなんて簡単だよ。君にはたまたま見られたけれどね」
陽空にはこれ以上、長瀬に届く言葉が見つけられなかった。