2.生徒会長は完璧な紳士?
「せんせー、日誌持ってきましたー!」
陽空がノックもせずがらりと職員室の戸を開けると、担任が男子生徒と話していた。3年の長瀬だ。生徒会長をしていて陽空と違い制服を着崩さず、髪も黒髪で爽やかな好青年で文武両道で常に首席。去年の生徒会長選挙で満場一致で選出された伝説の男だ。花恋が高校に入学したときからかっこいい人が居たと騒いでいたし、陽空も覚えていた。
「おい、ちょどいいな。後藤、日直だったろ。アンケート手伝ってやってくれないか」
「えーめんどうなんすけど」
「後藤、お前なあ。大変だから手伝ってやれって言ってるんだ。長瀬一人で全校生徒分は大変だと思わないか?」
日直だけでも面倒なのに、陽空は余計な仕事をふられるのはいやだった。しかも一緒にやるのが長瀬というのがさらにいやだ。花恋が好意を持っている相手なんて、絶対に関わりを持ちたくない。
担任と陽空が押し問答をしていると、ほがらかな声が割って入った。
「いえ、さきほども申し上げた通り、大丈夫ですよ。これも仕事ですから」
「ほら先輩もこう申し上げてくれてるじゃないですか」
さわやかな笑顔に歯並びが良くて、長瀬はモデルみたいだ。イケメンでだれからも好かれ、完璧超人。陽空はすかさず長瀬に乗った。
「お前なあ」
「では失礼します」
担任は呆れたが、当の長瀬が良いと言い切ったためか、それ以上は何も言わなかった。黙礼をして長瀬が大股に去っていく。ぴんと伸びた背筋がまっすぐで自信にあふれていた。陽空は何となく面白くなかった。
後ろ姿までかっこいいとか腹立つな。
陽空はアップルパイ作りなら負けない自信はあった。しかし勉強はそれなりにできても、首席はとれない。弓道部で全国大会優勝、普段の体育でも運動神経抜群で陸上部にすら余裕で勝つ長瀬には勝てる気がしなかった。
「あ、うちのクラスの分まだ長瀬に渡してなかったな」
陽空が長瀬に勝つ方法がないか考えていると日誌に挟んだアンケートを教師が見つけた。
「悪い後藤、生徒会室に届けてくれ」
「へぇーい」
面倒くさいと思いながらも、さすがにそのくらいはしないと悪いなと陽空も生徒会室まで届けることにした。
だから陽空がそれを見たのはほんの偶然だった。生徒会室の扉を開ける前にちょっと薄く開けてのぞいてやれと思ったのだ。長瀬が一人のときは何をしているのかこっそり見ていたくなった。
「鼻くそでもほじってたら花恋もぜったい幻滅するよな」
すきまを開けて陽空は息をつめる。写真を撮って晒そうとは思わないが、花恋がまたかっこいいなどとほざいたときに、がっかりさせて興味を失わせたかった。
「我ながらちょっと小さいけど」
だがなりふりは構っていられない。花恋は陽空の気持ちに全く気付いていない。陽空は花恋に告白するにもアップルパイが出来てから、花恋が自分に気づいてからと先のばししていた。恋人同士にはなりたいが、現在の安定した関係が壊れてしまうのは避けたかった。
長瀬もちょうどさっき着いたところなのかまだアンケートの束を抱えていた。長瀬は机の上に自分のカバンを置くと、アンケートの束を脇にあったごみ箱へ無造作に捨てた。
陽空は扉を開け放った。「おい何してんのあんた」
ふいに声をかけられて長瀬はびくっと肩を揺らした。陽空からは逆光で長瀬の顔は見えない。
「ああ、さっきの一年くんか」
長瀬は陽空の質問には答えなかった。一瞬の動揺はすぐさま消えた。職員室とおなじ穏やかな声だ。制服の胸ポケットの学年を示す緑ラインを見たのだろう。
「今集計しないで捨ててたよな?」
陽空が想像していたのは一人だと尻をかいたり、鼻毛でも抜いたりするんじゃないかという他愛ものないものだ。
「だから?」
長瀬は否定しない。
「だからってさっき先生から頼まれてただろ?」
陽空は理解が出来ない。
「そうだね。だからちゃんとまとめのレポートは書くよ」
「は、あ? 集計してねえのに書けるかよ」
同じ日本語を話しているはずなのにお互いの言葉が全く通じていなかった。長瀬が仕方がないと肩をすくめた。子供に言い含めるどこかあなどった長瀬の口調に陽空はあぜんとする。
「良いんだよ適当で。こんなものは無記名のアンケートだ。誰が正しい結果を知っている? 時間をかけて集計したところで何になる? 必要ないだろ?」
長瀬の言葉が陽空の耳をすり抜けていく。
「でも何か要望が書いてあるかもしれないだろ?」
長瀬がすらすらと並べあげる根拠に陽空は反論をあげる。
「あぁそしたら面倒だね」
長瀬は動じない。数枚のアンケートをゴミ箱から拾い上げてパラパラとめくった。
「何も書いてなかったよ。抽出調査をしたからこれでいいだろ?」
「まじかよ。せんせーが変だって気づくだろ?」
陽空はめまいがした。これがあの生徒会長? だれもがすごい人だとほめる? 俺の気持ちに全然気づかない花恋ですら興味を持っている? 目の前がゆれる。
「はは。気づくわけないだろう。そんな下手を僕がするとでも? もし君が先生に告げ口しても僕と一年の君、どっちを信じるかおのずと分かるよね」
「信じらんねえ」
がらがらと今までのいだいていた陽空なりの尊敬が崩れていく。
「人類すべてが分かり合えるわけではないからね。残念だよ」
にこっと笑う長瀬の顔は相変わらず爽やかで、陽空は別次元の怪物を見た気がした。
本日二話め更新です。
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