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18.八百長は認めない(対決・前編)

 

 授業が終わるのを教頭が廊下で待ちかまえていた。


「後藤陽空くん、生徒会のアンケートについての話を聞きたいんだが、今から会議室へ来てくれないかね」

「先生俺も行っていいですか!?」


 陽空が返事をする前に良太が声をあげて席を立った。


「いや、後藤くんだけ来て欲しい」

「え~」

「悪いね」


 教頭がやんわりと断った。


「はい、今行きます」


 陽空は教科書やノートを引き出しにしまい、廊下へ向かって歩きだす。


「陽空、これ読んどけ」

「わかった」


 良太が陽空の手にメモを握らせた。それから家から持ってきたトートバックを陽空に押しつける。


 陽空は教頭の後をついて行きながらこっそりと良太のメモを読んだ。


「資料はそろえた。今すぐスイッチ入れて徹底的に反撃してこい、か」


 殴り書きで読みづらかったが、陽空は良太がたのもしかった。


 会議室につくと、長瀬と校長、三年の学年主任がすでに座っていた。


「失礼します」

「座ってくれ」


 校長からうながされて陽空は軽く頭を下げて席に着いた。

 

「さっそくだが、後藤くん。きみのクラス担任の片桐先生がアンケートを手伝うように言ったそうだけど、それは本当かね」


 口火を切ったのは校長だった。


「はい。でも長瀬……生徒会長から必要ないと断られました」


 陽空もそれは事実なので肯定する。


「片桐先生と長瀬くんから聞いたが、後藤くんはあとから生徒会室まで君のクラス分のアンケートを持っていったそうだね」

「はい」

「長瀬くんから、やはり大変だからと後藤くんが手伝ってくれたと聞いたよ」


 校長が言い終わるかどうかにかぶせて長瀬が言葉を続け、陽空が反論するのは防いだ。


「陽空くんのことは、同じクラスの三沢花恋さんから優秀だと聞いていました。三沢さんは僕の彼女ですが、陽空くんのことをとてもよく話題に出してほめるので僕はいつも……ついヤキモチをやきそうになるんですよね」


 長瀬は陽空を見すえながら、あえて何度も花恋の名前を出す。陽空にだけ通じるように脅しをかけてきた。


「何事にも優秀な長瀬くんがヤキモチなんてね」


 教頭がおどけて笑いをとりにきた。校長も声には出さなかったが少し口元が笑っていた。


「ええと、それで後藤くんはアンケートを手伝ったんだね」


 校長から断定的に言われて、陽空は反論のため口を開こうとした。


「あの、俺」

「責めているわけじゃないんだよ。善意で手伝ってくれたんだ。そのときたまたまいくつか見過ごしだアンケートがあってもわざとじゃないからしょうがないよね」

「安心して欲しい。これは不幸な事故だから君にとくに罰が与えられるわけじゃないから正直に認めて欲しい」


 校長と三年の学年主任が口々に陽空の言葉をさえぎる。


「いえちょっとま」

「アンケートを手伝ったんだね?」

「偶然の事故だから、認めても何のおとがめもないんだよ。ただちょっと知りたいだけだから」


 念を押すように教頭から言われて、教頭がそれを加勢する。陽空は唐突に出来レースだと気づいた。素知らぬふりをする長瀬の口角がすこし上がっている。


 長瀬は三年だ。もうすぐ受験で全国模試で一桁台をとる長瀬は推薦も受けるし、私立も国立も受ける。学校に箔をつける成果を必ず与えてくれる貴重な存在だ。不利になる経歴は避けたい。それは長瀬はもちろん学校側の意向でもあった。


 汚いぞ。陽空の血が沸騰しそうになった。黙り込んだ陽空に教師たちは顔を見合せる。「小さく強情だな」とつぶやく声が聞こえた。三年の学年主任だった。


 明確な証拠、誰が見ても分かる形の証拠。陽空は考える。良太から事前に聞いていなければとても冷静ではいられなかった。


「あ。あの! アンケート集計のレポート、提出日書いてありますか?」

「4月23日だね。それが何か?」


 校長が手元にあった何枚かの紙を探しだして、指でたどりながら答えた

  

「えーっと23日は水曜日ですよね。じゃあ、俺が手伝うことは出来ません。調理室でアップルパイを作ってました」

「ふむ、そうか」

「アップルパイを受け取った生徒たちが証人になってくれますし、調理室の使用記録も残っています」

 

 陽空は記憶を頼りに曜日を割り出した。アップルパイを作るとき、パイ生地は前々日に作って冷凍庫でしまっていた。生地を寝かせて休ませるためと、時短のためだった。そのため曜日感覚やいつ何をしたかは人より覚えていた。


 教師たちは再び目配せし合った。


「先生、後藤くんに手伝ってもらったのはそのまえです。僕がレポートにまとめたのその日だという意味です」


 長瀬がすっと手をあげて、おだやかに反論する。


「陽空くんがアンケートを生徒会室に届けてくれた日は21日です。夕方遅くだからアップルパイ作りも終わっていたと思います。とても甘くておいしそうな匂いをまとってました」


 笑いをとるように長瀬が最後つけくわえると教師たちがくすくすと笑った。


「陽空くんはアップルパイを作るのが上手なんだってね? ぜひ私たちも食べてみたいと思っているよ。ただどうもきみはお金をとっているらしいね? 希望者全員にも配らず、抽選して整理券をとって、抽選にあぶれた生徒に対して転売屋のようなこともしているそうじゃないか。詐欺行為ではないかね?」


 三年の学年主任だった。笑顔から一転、威圧的にまくして、陽空に口をはさむすきを与えない。


「今まできみたち生徒たちの自主性を信じて任せてきたが、神聖な学び舎で賭博や詐欺、違法行為が行われている状況は見過ごせないな」


 もういいか。とうとうと持論を展開する学年主任を前に陽空は少しずつさめてきた。つまりこいつらは俺のアップルパイを認めるのと俺が責任をかぶるのを引き換えにしたいのか。


 おあいにく様。陽空は校長が気まずげに黙っているのを横目に見た。まあかまうもんか。


 陽空はテーブルの上にどさっとトートバックをのせた。三年の学年主任のおしゃべりが止まり、ほかの教師たちの視線も集まる。


 結構重いんだよなこれ。楽になった肩が軽い。陽空はファイルを中から取り出していく。


「校長先生。調理室の使用許可はとりましたよね。それから俺は調理部です。一緒に活動する良太と美香はボランティア部で、これが合同活動の報告書」


 控えとスタンプが押された調理室の使用許可を見せ、調理部の活動計画書とボランティア部の活動報告書を並べる。


「これはクラウドファンディングの趣旨、プロジェクト概要です。これが複式簿記による仕訳日記帳--収支明細です。貸借対照表と損益計算書。今年度の四半期報告書」


 陽空は淡々と資料を横へ重ねながらまた並べていく。


「手作りのアップルパイを希望者全員に一度に配ることは不可能です。調理部の予算としてもまかないきれません。だから俺たちは食べたい人達から市場価格の60%程度を目安に料金をとることにしました」


 しっかりと体裁が整えられた資料は、良太と美香が頑張ったものだ。良太の父親は公認会計士だ。その指導を受けて資金の流れや取るべき資格や許可はきっちりとそろえていた。


「材料費の残額や収益は全額、交通事故遺児の会へ募金しています。これが証明書」


 ぺらっと寄付金を受けつけたことを示す証明書と感謝状を証拠として重ねる。


「当選券の転売は俺たち自身では絶対にしません。転売は発見次第つぶしています。元の購入希望者にも転売者にも権利を買った人にも、もう二度と売りません。申し込み時に転売しない旨の念書を書いてもらっています。ただし記入済みのものは個人情報保護のためお見せ出来ません」


 記入済みの書類の束を手元におき、代わりに記入前の用紙を資料として並べた。


「で、これが校長先生からいただいている学内でのこのプロジェクトについての許可証ですね。さあ俺たちがどれだけまじめにやっていたかこれでわかっていただけましたか?」


 陽空はテーブルに両手をついてにやりと笑った。

 



 

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