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15.反撃開始のターニングポイント

 

 美香がもう然とスマホを打ち出した。


「俺は早退するわ。うちに取り行かなきゃいけないものができた」

「何も今すぐじゃなくてもいいんじゃないか?」

 

 良太はさっさと荷物をまとめて席を立つ。陽空は二人の行動の速さに驚いた。


「早ければ早い方がいいと思う。相手はあの長瀬だぞ。どんな手を使ってくるかわかんないのは陽空、おまえが一番よく知ってるだろ」

「そうだな」


 陽空は良太に頭を下げた。


「良太わるい。たのむ」

「まかせとけ」


 良太は、Vサインをしてかっこよく教室から出ていった。が、すぐ廊下で立ち止まるのがすりガラスの窓越しに見えた。


「おい吉田授業はじまるぞ!」

「先生俺いま頭痛と生理痛」

「男に生理痛はない!」

「じゃ、宿題忘れでもいいや。家に特効薬を取りに行ったらすぐ戻ってくるから見逃して」

「おい吉田待て! 具合悪いふりするならせめて廊下は走るな~!」 


 廊下で担任と良太のしまらない会話が丸聞こえだったが、陽空は良太の名誉(めいよ)のために何も聞かなかったことにした。


 良太が戻らないまま、午前の授業が進む。美香は教師の目を盗んで机の下でスマホを使っている。だるまさん転んだ状態だと陽空は思った。


 陽空も当然、授業に身が入らずノートをとるふりをしながら、良太が殴り書きしたルーズリーフを見ていた。


 花恋がなぜ長瀬とつきあったのか。


 陽空は「好きだから」の一択しかないと思っていた。多少なりとも陽空のことが好きなら長瀬とはつきあうはずがないのだ。


 花恋は不倫が大嫌いだから。


 克美がいくら忙しいとはいえ父親がいるのに、花恋の面倒を進んでみた理由。それは花恋の父親の育児放棄(ネグレクト)と奈津子の生前からちらつく女の影だった。


 父親としてお金は出すが、保育園の頃から花恋の行事には父親がほとんど参加することはなかった。


 克美も陽空も花恋が奈津子と母子家庭のように育ったのを知っていた。


 花恋は小学生になるころには自分にかまってくれることのない父親をあきらめ、奈津子から二人分の愛情をうけてなんとかひねくれることなく真っすぐに育ってきた。


 それでも花恋の心にはどこか父親の影響があった。


 花恋は小さい頃から人見知りで、心を許すまでに時間がかかった。


 陽空以外にはどこか他人行儀で、自分のスペースに踏み込まれるのをきらう。


 同級生や部活のメンバーの枠を超える友達がとても少ない。


 不誠実なこと、曲がったことが大嫌い。


 約束をやぶったり、うそをつく相手を許さないし、自分もうそをつくことが苦手だ。


 陽空は、花恋が父親とは正反対の清廉潔白(せいれんけっぱく)そうな長瀬に惹かれる気持ちまではなんとなく理解していたつもりだった。本性を知らないのであれば、だが。


「でも言われてみればなんかおかしいな。時系列がよくわからない」


 陽空は自分の心の痛みで気づくことがいままで出来なかった。良太から冷静に指摘されると、花恋のこれまでの行動がどう考えても花恋らしくない。

  

「もしつきあうにしても、俺に一言なんかいうはずだよな。友達と買い物へ行ってうそをついた時点からおかしいんだ」


 息を吐くようにうそをつく長瀬と花恋は違う。花恋は見た目こそ奈津子そっくりだが性格は克美似だ。

 

 熱々のパイをかじってやけどをするし、陽空の前でも盛大に鼻をかむ。おおざっぱでおっちょこちょいで思ったままを話すし、うそが苦手だ。何かを隠そうとするとすぐにしどろもどろになって分かりやすい。


「……これもまさか長瀬のワナかよ。あのカフェでいったいなにを話していたんだ……」


 陽空は長瀬の思考回路が全く読めず、やり口の汚さを不気味に思った。


 良太は昼休み直前に息を切らせながら教室へと飛び込んできた。授業を終えた教師に平謝りしながら席に着く。


「これで俺の準備はばっちりだ。美香ちょっと打ち合せするぞ! 陽空はがんばってこい!」


 ぐっと良い笑顔で親指をたてられた。


「……ああ。行ってくる。ずっと考えてみたけど俺にできることは真っすぐにぶつかっていくことだけだ」


 花恋ほどではないが、陽空もうそや裏工作は得意でない。それに自分が好きでいる相手に薄汚い手をつかうのは性に合わない。


 花恋にあってまず何の話か聞く。たぶん長瀬と俺に関係する話だとは思うから、その流れで本当に長瀬とつきあっているのか、だとしたらなんでなのか。俺のことはどう思っていたのかを聞こう。


 陽空は自分の中で聞きたいことを整理した。


「長瀬がどうでるとしても、俺はいままでの自分を信じよう。俺がやってきたことは絶対に無駄じゃない」


 花恋のためにアップルパイを作ってきたこと。


 一緒に過ごしてきたこと。


 あの夏の昼下がりの奇跡。


「俺は今だって花恋が好きだし、花恋のためなら何でもできる。花恋が俺のことを好きなら、長瀬から奪いとってやる」


 今までの花恋との思い出が背中を押して、陽空はこのチャンスに長年の思いに決着をつけることにした。


「でももしだめなら今度こそ完全な失恋かな」

  

 屋上のドアの前で花恋の玄関のドア思い出して、ちらっと弱気が出た。


 それでも陽空はドアを開けた。青空と強い光に目がくらむ。ようやく目がなれると花恋の後ろ姿が見えた。花恋が手すりに寄りかかりながら外の景色を見ていた。


「ひさしぶり」


 陽空は花恋の背中に声をかける。花恋ががばっと振り向いた。  

  

「ひさしぶり、きてくれてありがと」

「ああ、えっとどうした?」


 花恋は緊張して声がかたい。陽空は気づかないようにふるまった。


「うん。今朝ね、佳くん、ううん長瀬くんからアンケートを捨てたのは陽空だって先生たちの前で証言して欲しいって言われたんだけど……陽空はそんなことしないよね? そもそもアンケート手伝ってないっていってたよね?」

「あ、あったりまえだろ! 花恋は俺がそんなことするタイプに見えるのかよ?! 花恋は俺が……! いままでずっと一緒に居て俺のことみてるっていったくせに、こんなうそ信じるのかよ?!」

 

 良太から今朝あらかじめ聞いていなければ、頭に血がのぼって長瀬を殴りに行ったかもしれない。


 許せなかった。


 同時に花恋にも怒りがわいた。


 陽空は花恋に激情をぶつける。


 花恋は陽空の剣幕(けんまく)にびくっとかたまったが、すぐに風船から空気が抜けるように目に見えてしゅんとなった。


「そうだよね……そっか。ごめん……」


 陽空もちぢこまった花恋の姿を見て、ほんの少しトーンダウンする。


「花恋。俺はおまえが長瀬から何を言われたか分からない。でもおまえはどう思う? 俺が長瀬が言うような悪いことをする人間にみえるか? 俺よりも長瀬のいうことが信じられるのか?」


 じっと花恋が陽空を見つめた。


「見えない……ごめん。わたし、陽空を信じる。いままでほんとにごめん。わたし本当にばかでごめん」


 花恋はふかぶかと頭をさげた。陽空は自分の言葉が伝わったことでまたほんの少し(りき)みがとれた。


 陽空は大きくため息をつく。


「あいつうそつきだって俺言ったよな。今なら信じられるか?」

「うん……長瀬くんから言われたとき陽空が捨てるはずないって思って、ああじゃあ自分のためなら約束守らない人なんだなってやっとわかったんだ」


 陽空は花恋が反省していることがうれしかった。自分の声が届いていることがうれしい。が、陽空は今までを思い出し、もっとちゃんと反省させたくなって皮肉を言った。


「俺が長瀬がアンケート捨てたって言ったときも信じなかったけどな」

「うう。ほんとごめん。長瀬くん同じクラスだし誰が見てもすごい人だからそんなことするわけないって思ったんだもん」


 花恋がますます小さくなった。


 よしよし花恋ちゃんと反省しろ。いい気味だ。長瀬ざまあみろ。陽空は花恋のなかで長瀬の株が急落していることで有頂天になりそうだった。


「ん? 待った。約束ってなんだよ?」

「アップルパイの話だよ」

「アップルパイ?」


 陽空はなぜここでアップルパイが出てくるのか、長瀬と花恋に関係があるのかわからなかった。


「陽空と良太くんと美香ちゃんで校内で販売しているんでしょ? それって違法なんでしょ? カフェで長瀬くんが教えてくれたんだけど先生たちからも問題視されててみんなまとめて停学とか退学にされるよって。下手すれば刑事罰で前科持ちになっちゃうかもって」


「……はあ?」


「わたし怖くなって。でもどうしても陽空たちを守りたくて……どうしようって思ってたら、長瀬くんがわたしが約束守ったら先生たちにうまくとりなしてくれるって言ってくれて」


「なんだよそれ、何の約束をしたんだよ」


「長瀬くんとつきあうふりをする約束。陽空たちの活動を生徒会公認にして先生たちに認めさせてくれる交換条件に卒業まで彼女のふりをしてって頼まれたの」


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― 新着の感想 ―
[一言] 結局何一つ信頼関係が築けていなかったって事かな ぽっと出のゲスの話を信用してネトラレ(別に寝てない)もどきな状況になるなんて なんとまあ幼馴染甲斐のない事だろう 親友以下の幼馴染なぞ単なる昔…
[一言] 花恋がかなり頭悪くてちょっと…… 下手すれば刑事罰とか前科持ちかもって、盛り過ぎて嘘以外の何物でもないでしょうに。 よしんば信じたとしても、恋人のふりなんかする前に陽空たちに「問題視されてる…
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