氷の眼差し
街のネオンが妖しく光り繁華街では売春などを行う女が男に声を掛ける街中にある小さなBARで一組の男女が酒を飲んでいた。
男の方は右頬に刀傷があり一目で裏の世界の人間だと解る。
逆に女の方はモデルと思えるくらい見事なプロモーションを誇っており男と釣り合わないように見えてしまう。
ブロンドの癖っ毛のないロングヘアーを腰まで伸ばし黒のブラウスをはち切れんばかりに乳房が押していて男の視線は胸元に落ちていた。
「・・・私の胸を見ている暇があるなら依頼内容を話してくれない?」
私は暇じゃないのと氷のように冷たいブルー・アイズで男を見てくる美女に男は慌てて謝罪すると急いで懐に手を入れようとしたが美女が、ゆっくりと出してと言い男は素直に従った。
懐から出されたのは一枚の写真で写っていたのは裏世界で少しは名の知れたマフィアのボスだった。
「この男を始末してくれ」
「報酬は?」
「七十万ドルでどうだ?」
「引き受けたわ」
女はダンヒルのライターを黒い革製のハンドバッグから取り出すと写真に火を付けて灰皿に捨てた。
「写真は良いのか?」
「一度でも見れば殺さない限りは忘れないわ」
パーラメントを取り出すと薄く塗られた唇に銜えて写真を燃やしたダンヒルのライターで火を点けた。
何気ない動きにも品があり高貴な雰囲気を漂わせていた。
「報酬はこの紙に書かれている口座に振り込んで置いて。振り込みが確認されてから行動を開始するから」
パーラメントを銜えたまま美女はカウンター席から立ち上がると男を置いてBARを後にした。
「噂に聞いていたが、氷みたいに冷たい瞳だぜ」
美女が立ち去ってから男はバーテンダーにビールを頼むと冷や汗を掻く額をハンカチで拭った。
胸元に視線を集中していたばかりに氷のように冷たい瞳で睨まれた時、男は生きた心地がしなかった。
一切の感情が無く冷たい瞳は男の胸に焼き付いて離れずバーテンダーが出してくれたジョッキのビールを飲んでも消える事はなかった。
美女はBARを出た後、駐車場に止めてあった黒塗りのアウディ・A6 C4系のセダンに乗り込むとキーを差し込んでエンジンを始動させた。
BMWやベンツにも劣らぬ洗礼されたエンジン音を出す愛車を美女は優しく微笑みを浮かばせて夜の街へと消えた。
密談を交わした2日後に美女は40階建てのビルの屋上に立っていた。
黒のデシンのブラウスに黒のロングスカートに黒のガルボハットの格好で腰まで無造作に伸ばしたブロンドのロングヘアーが辺りを覆う闇とは対照的に光を放っている。
紫色のサングラスを外し青金色の瞳が妖しく光っていて500ヤードも離れた場所を瞬きもせずに見つめていた。
見つめていると言うより獲物を目前として虎視淡々とチャンスを窺う女豹に見えた。
風は40階の事もあり些か強くブロンドの髪が揺れた。
傍らに置いてある黒のチェロケースを開けて一丁のライフルを取り出した。
アメリカの銃器メーカー、レミントン社が開発したレミントンM40A1狙撃銃。
7.63mmNATO弾を使用するボルトアクション式狙撃銃で軍を始め多くの者に愛用されている。
7.63mmNATO弾を一発だけ込めると美女は照準器に視線を合わせて500ヤードも離れた場所に狙いを定めた。
スコープの先には窓から夜の街を見下ろす男の姿が見えた。
写真で見た男だった。
「・・・・・・・・」
グググ、とトリガーの指先に力を込めて行く。
少しずつ沈むトリガーを最後まで引いた。
大きな銃声が夜の街を包んだが、道行く人々の耳には入らずに終わる。
7.63mmNATO弾は風の抵抗を受けながら真っ直ぐに飛んで窓ガラスを割り男の額を撃ち抜いた。
見事な狙撃だった。
男はワイングラスを赤い絨毯に零して仰向けに倒れて赤い血で絨毯を濃い赤へと染めた。
美女は男が死んだ事を確認するとライフルをチェロケースに仕舞い何事もなかったようにビルを立ち去った。
翌日、新聞にはマフィアのボスが殺害された事を大題的に載せて街中でも持ち切りとなっていたが、美女は興味がないとばかりにアウディ・A6に乗り込むと街を去って行った。
彼女の名前はベガル・シルフィン・ウィリアムズ。
ドイツ人とイギリス人のハーフでスイス女学校を首席で卒業した貿易商だが、裏では金を貰い殺しを請け負うスィーパー(掃除屋)である事は殆どの者が知らない。
渾名はパンサー。
つまり女豹で狙った獲物は逃がさず綺麗に相手を仕留める事から名付けられた。
女豹は街を出ると何処へ行くのか分からない運転で消えて行った。