第30話 婚約破棄
顔に熱が集まってくるのを感じながら、私は呆然とライルハート様の握る箱を見つめる。
「ここには俺の名前が刻んである。それを見た人間なら、アイリスが俺のものだと分かるはずだ。おそらくアリミナももう、強引に俺に迫れないだろう」
ゆっくりと緊張の込められたライルハート様の言葉を私は無言で聞く。
そんな中、私の胸を支配していたのは歓喜の感情だった。
ライルハート様がこの場にいなければ、私は間違いなく跳ねて歓喜の声をあげていただろう。
突然のことに混乱しながらも、そんなことさえどうでも良くなる喜びに、私は悶える。
一体、自分は何を身構えていたのか。
先程まで抱いていた、何か良くないことが起きるかもしれないという心配。
その心配はただの杞憂だったらしい、そう私は判断しかけて。
「ただ、少しでも俺共に歩むのが嫌だと思うならば、気にせず言ってくれ」
箱を握るライルハート様の手が、微かに震えているのに気づいたのは、その時だった。
緊張し強ばった、あの日を思い出してしまうような弱々しい声で、ライルハート様は続ける。
「確かにこのまま俺と過ごしてくれるなら、アイリスを守ることはできる。……でも、それ以上にアイリスを俺の厄介ごとに巻き込んでしまうかもしれない」
少しの沈黙の後、ライルハート様は私の目を真っ直ぐと見つめ口を開く。
「──何せ、俺は王国を潰しかけた男なのだから」
そんなライルハート様の姿に、私は自分の勘違いを思い知らされる。
プロポーズと贈り物、それは私にとっては歓喜の対象でしかない。
けれど、ライルハート様にとっては違うのだ。
なぜなら、この贈り物を渡そうとするライルハート様の真の目的は、私に最後の選択肢を与えることなのだから。
つまり、ライルハート様は私に婚約破棄するチャンスを与えようとしてくれているのだ。
──全ては、自分の周囲に存在する騒動に、私を巻き込まないために。
「……っ!」
そのことに気づいた瞬間、私は反射的に箱を押しのけていた……。
思ったよりも改稿が難しい……(一話分増えそうになって焦るやつ)




