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宙に揺蕩ふ者なれば  作者: ユカタタン
第一章 黎明期の終わり
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Chapter 05 魔力





「あ、あの…あうらって、何ですか?」


壁を背に膝を伸ばす夢子が尋ねると、彼女の太腿に寝そべっていたエメアが答える。


「うーん…〈アウラ〉というのは、いわばエネルギー…いや、空間そのもの、だね……

 空間に流れ込み、空間自体を広げ、その内部の()り様に働きかける流動体。それが〈アウラ〉

 ホモサピエンスでも理解できるよう陳腐(ちんぷ)に言い換えるなら、魔力、かな?」


「ま、魔力ッ…つ、つまり、それを操るエメアさんは、き〇う〇え的な…」


「むしろ、僕的には、ジ〇ニ〇ンやピ〇チ〇ウのポジションがいいなぁ…」

 

夢子の傍らに居た愛理はそれを聞き、眉間にしわを寄せ、口を挿む。


「お前…どんだけ自分大好きなんだ?…そこまでナルシストが過ぎると、ほぼサイコパスだぞ?」


少女の太腿を枕にするエメアは動じない。


「酷いなぁ…この僕のぷりちぃでキュートな姿を見て、まだそんなことを言うのかい?」


愛理は鼻で笑った。


「はッ…あたしはお前のピンク色の見た目だけじゃなくて、どす黒いはらわたまで見透かして言ってるんだよ!」


狸寝入りを決め込んでいたエメアも、流石に頭を起こして愛理と睨み合った。

夢子は、不穏な空気を感じ、すかさず割って入る。


「そ、その魔力!…あ、アウラ、というのは、ほかの人も、例えば愛理さんや、私なんかでも、使えますか?」


少し興奮気味の夢子を一瞥(いちべつ)したエメアは、考え込むように目を閉じる。


「そうだねぇ……僕みたいにアウラに愛された高尚(こうしょう)な生き物は、アウラに満ち溢れた星に生まれ、アウラに(はぐく)まれ、アウラを(かて)に成長し、アウラで体を満たし、時にアウラで知覚し、時にアウラで歌い。やがて、空気の如く、アウラを利用し、手足の如く、アウラを扱うようになる」


鼻で笑う愛理は、組んだ両手で後頭部を支え、壁に重心を預ける。

夢子は、小首を傾げ、口を開く。


「はぁ…では、つまり…アウラとは、エメアさん、みたいな生物にしか、扱えないんですか?」


「いやぁ…それがそうでもない…例え、その種族がアウラと関係なかったとしても、(いにしえ)から連綿(れんめん)と命を継いだ過程において、生まれた星や、宇宙との関わりでアウラと触れ合い、その意思に、導かれることもあり得る。

 その結果、アウラと同調し、幾つもの次元軸に跨る情報体が整合され、それに付随した身体がアウラを代謝する様に変化し、個人、あるいは(しゅ)そのものが跳躍的に進化する。この僕の様に……

 とまでは、いかないだろうけどねぇ」


「なげぇ説明の上に、自画自賛で()(くく)るたぁ…相当病んでんなお前」


愛理の指摘をエメアは鼻であしらう。


「ふ、仕方がないさ。アウラとは、選ばれし生命に備わる、特権。説明すれば、おのずと、僕の偉大さを語らざるを得ない。

 君みたいに、凡庸で愚劣で、破滅に向かって邁進するケダモノには、理解できるか、甚だ疑問だけど……」


「アウラには性根を直す効能は無いみたいだな…と言うか、アウラに汚染されてるから、性格がドブやクソみたいになるのか?」


エメアは燃え上がる気迫を身に纏い、愛理を睨む。が、向こうはあえて知らんぷり。

夢子は、苦笑いを浮かべ、尋ねる。


「あ、じゃ、じゃあ、私が一代でアウラを使うことは、あり得ない、みたい、ですね…はははぁ……」


エメアは、愛理を睨んだまま、答える。


「まあ、種族として、或は、個体として、劣っていたとしても、俗にいう〈調整〉を受けることによって、アウラの奔流に触れる事が…出来ないわけでも、ないよ」


夢子が、調整、という言葉に引っかかると、愛理が答えた。


「簡単に言うと、肉体改造の事、加えて、その結果の副作用を含む。広い意味を持った言葉だ」


エメアは言う。


「生命の有り方を歪める忌むべき所業だと、僕は思うけど……

 調整をしなくては適応できない生物の、なんと哀れな事か……ねぇ愛理?」


「悪かったな、哀れな生物で、自称高尚生物・豚羊(ぶたひつじ)ッ」


「おやおや、高尚な豚羊なんて、君の星に居たかな?」


「おお、今地球には居ないが、目の前に居るぞ、膝枕されてる食べごろのが…」


「言っておくけど、僕が本気を出したら、君なんて一口で終わるんだぞ?」


「ほほぅ、あたしが本気出したら、お前なんて一撃で終わりだがな?」


二人は互いを睨みつけ、見えない火花を飛ばし合う。夢子は、たまらず話し出す。


「あ、あの!そう言えば、愛理さんが持っていたあの銃って、あれってあれって、本物ですか?本物ですよね?!多分?!

 あれも、もしかしてアウラに関係しているんですか?!

 というか、どうやって手に入れたんですか?!どこに隠してたんですか?!」


愛理は頭から手を放すと、夢子を見て言う。


「ああ、あれは…銃自体は、地球産のだけど、アウラと関係してて、ちょっと、特殊なもので…」


そう言いながら愛理は立ち上がり、なんとスカートに手を入れて漁り始めた。

夢子は羞恥心で視線を逸らす。

すると、愛理はスカートの中から何か掴み出し、じつは…と話し出す。

その時、ダンスホールの扉が開いた。

愛理とエメアは、旦那たちが戻ったと思い、何の気なしに振り向く。

開いた扉から出てきたのは、長方形に近い物体だった。

エメアは少女の太腿から飛び出し、愛理は駆け出す。二人は一瞬で、夢子の目の前に並ぶ。

現れた物体の先端から、赤く揺らめく光が溢れ、やがて濃くなり、くぐもった炸裂音を弾けさせた。

赤い光は、猛烈な勢いで噴射され、火柱(ひばしら)の如く太く膨張すると、愛理の方へ、まっすぐ伸びていく。

愛理は後ろを振り返り、夢子を見るや、彼女に覆いかぶさり床に倒れこんだ。

飛び上がったエメアの体から、薄紅色のアウラが広がり、赤き光の先端に激突する。

愛理は背中に熱を感じながら、夢子を抱きしめた。

エメアを包み込む薄紅の光に、赤い閃光が食らい付く。

二色の光の狭間で、白い閃光が放たれ、絶えず空気が擦れ合い、激しい音が響き渡る。


「キャッハーッ!やっぱり生身で重武装を持つのは楽しいぜッ!」


気分上々で叫ぶパクーダが、両手で構えていたのは、赤い光の柱を放つ銀色の巨大な光子砲。

光を吐き出す円筒形の構造を形状の違う器具で上下に挟み込み、結果、砲身は長方形に近い姿になる。

その後ろに備わった銀色の球体からは、数本のパイプ伸び、砲身に潜り込む。

砲身の右側面には、備え付けられた機器が装着されている。

扉の脇に隠れていたヨヘルは言った。


「キャリアーを殺すなよ?」


室内の愛理は、起き上がり、平気か?!と問う。

床に倒れていた夢子は、顔を上げて頷いた。

愛理は、右手に持っていた何かをブレザーの胸のポケットに押し込むと、夢子の手を握り、引っ張り上げる。

エメアは赤い色彩に包まれ、その顔は険しく歪む。

愛理はそれを見て、呼びかける。


「大丈夫か!?」


エメアは端的に言う。


「平気!それより夢子を!」


愛理は、分かった!と言って、夢子の手を引き、扉と反対の方に走っていった。


光子砲に接続する機器の画面の中で、灰色のシルエットが二つ並んで動き出す。それは、愛理と夢子の動きをまねていた。

壁際に寝かせられた人々の直ぐ傍に夢子は立たされる。が、直ぐにへたり込む。

愛理は彼女に寄り添って片膝をつくと、何もない右手を軽く握り、言葉を紡ぐ。


「第弐拾武装、解放!」


愛理が軽く握った指の間から、光と影の破片が沸き上がる。それが、小さく渦巻き、重なり合って、繋がり、拳銃の輪郭を形作ると、見る見るうちに色と質感を変え、最後は、黒鉄のリボルバーとなった。


光子砲から放たれた赤い光の柱は、徐々に細くなり、やがて途切れる。

小さき獣の体から、薄紅のアウラが消失。エメアは、床に着地して、水気を飛ばすように頭を振った。

パクーダは扉の端に身を隠すと、抱えていた砲の先端を上に向け、言う。


「ヨヘル!あいつ、あの小さな動物、きっとアウラ生命体だ!」


ヨヘルは扉の端から頭を出し、ダンスホールの中を覗くと、パクーダに向き直る。


「本当か?…どうする、生け捕りにすれば、高値で売れるぞ?」


「くぅ、兄貴に聞いてみr…いや、動物だったら、オーヒャに聞いてみるか?

 あいつのこと忘れてたぜぇ……」


ヨヘルは頷いた。


「そうだな、兄貴は、今忙しいだろう……」


「連絡頼む!」


「ああ……」


ヨヘルは、背中の袋をおろして、ヘルメットの側頭部を指で二、三度小突く。

直後、その耳元で、ピピピッ、と音が鳴った。

 





一方、重装備に身を包んだ満は、銃器を抱きしめつつ、端末を操作していた。

ロボットが触れる壁には、同心円が浮き上がり、外側の円が回る。しかし、その回転速度は、ダンスホールの扉を開けたときに比べて遅く、ぎこちなかった。


「うんぅ……やっぱり、艦橋の鍵は堅いな……」


そう呟く満の背後の曲がり角では、壁の同心円と似た小さな図形が浮かんでいる。

それは、兄の左腕の画面に映った映像。

小さな同心円は、黒い指先に触れられると、たちまち時計回りに回転した。


満の目の前に浮かぶ大きな同心円の全ての列が、時計回りに回転し始める。

ガスマスクの満は、端末を凝視しながら、唸り声を上げた。











照明の乏しい無機質で殺風景な内装の部屋に、ピピピッ、という連続音が響き渡る。

その後、別の物音が聞こえてきた。

乱雑に積まれていた金属質の箱の塔が、幾つも、音を立てて崩れる。

直後、うぐッぅ…という音が鳴った。

やがて、転がる箱が盛り上がり、目の粗いやすりの様にザラザラとした表皮が明かりの下で蠢く。

鈍い青緑色に染まる大きな腕が振るわれ、四本指の乾いた手が、周囲の箱を探る。

箱から部品の様な意味の分からないガラクタを掴んでは、放り投げること三回。

連続音が鮮明に聞こえる箱の下に無理矢理手を入れると、音の元凶である円形のラジオの様な機械を掴み取った。

手と比べると機械は小さい。が、大きな指は、器用に機械を操作し、やっと、音が止む。

大きな手は、機械を亀の様な生物の側頭部に宛がった。


「グルグロキィガラガァァ……誰だぁ…睡眠妨害したのは……』


亀形生物の唸るような鳴き声を機械が別の言語に翻訳する。


『オーヒャ、寝起きで申し訳ないが、お前に儲け話をプレゼントだ』


機械から届いたのは、ヨヘルの声だった。


亀形生物オーヒャは、太く長い首を上げると、背中に覆いかぶさる箱を押し退け、右半分がささくれ立ったように凹んだ甲羅を晒す。


『儲け?…何のことだぁ…ァアォドフウァアッ』


オーヒャは欠伸をしたように口を開け、異様に飛び出た左目を動かし、飛び出ていない右目を瞬きした。






ヨヘルは扉の陰で、ヘルメットの側頭部に手を当てて言う。


「どうやら…この船に〈アウラ生命体〉が紛れ込んだみたいなんだが…どうすればいい?」


『アウラ生…アウラ生命体ッ?!…本当か?間違いなく?いいや、間違いじゃないか?見間違いや勘違いとか?』


耳元に届いたオーヒャの言葉に、ヨヘルは答える。


「分からないから、専門家のお前に連絡したんだ!」


『そ、そうか…なんか、映像を見せてくれ!それで判断する!』


ヨヘルは室内を覗む。

すると、発砲音が飛びこんできた。

即座に、ヨヘルは頭を引っ込めるが、室内から飛んできた高速の弾丸は、ヘルメットを僅かに掠り、そのまま通り過ぎて、通路の壁に着弾し、誰も居なところに跳ね返る。

直後、反対側のドアの陰に隠れていたパグーダが飛び出し、構えた砲身から光線を照射した。

ダンスホールのエメアは、翼で滑空し、愛理の前に着地すると、四つ足を踏締め、身に纏う薄紅のアウラで、赤い光線を受け止める。

その背後から、愛理の声が飛んできた。


「エメアッ!あたしの装備が整う一瞬、守ってくれない?!」


「OK…だけど、僕もッ、変身したい、かもな……」


「いや、お前が変身しても、変わらない。寧ろ邪魔だ。そのままの姿で盾になってくれッ!」


愛理は立ち上がり、へたり込む夢子を背にして一歩前に出る。

そして、胸ポケットに手を入れ、小さな人形を取り出した。

人形は、デフォルメされた三頭身のボディーで、大きな瞳のポップな顔は、どことなく愛理に似ていた。


「正体がばれた今こそ、真の力をお見舞いするぜ……」


愛理は、持っていたリボルバーを真上に向かって、高々と放り投げると、人形を握り締めた左手を突き出す。

リボルバーは、天上のギリギリに迫り、ほんの一瞬、滞空した。

愛理は、左手から飛び出す人形の頭を思い切り自分の胸に叩き付ける。

炸裂音が愛理の胸から響き渡ると、そこから、真っ白い閃光が解き放たれた。

愛理の体が光に飲まれていくと、服の輪郭が(にじ)み、ブレザーが光に溶け、消え去る。

着ていたシャツの袖も剥ぎ取られ、引き締まった腕が露わになった。

両手は革製の長手袋が包み込み、スカートは、端から崩れる。同時に、膝から縫製されたデニム生地が腰に向かって紡がれ、ハーフパンツが生み出された。

足先のパンプスを光が奪うと、黒いハイソックスの両足を晒す。その後ろから突如現れたブーツの縁には毛皮が装飾されている。愛理は軽く飛び膝を曲げ、着地と同時に、ブーツに両足を差し込む。

背後(はいご)の光からワインレットのジャケットを取り出し、袖を通す。

そして、鱗革で作られた緋色のテンガロンハットを頭にかぶると、愛理は、光の中から飛び出した。

光は、弾けて消える瞬間、銃身の長い銃を吐き出す。

それは、骨を幾つも組み合わせた様な小銃だった。

愛理は、落下する骨の銃を左手で掴み取り、空いた右手を掲げ、落ちてきたリボルバーを受け止める。


赤い光線が細くなり、やがて途絶えると、エメアが纏った薄紅のアウラが消失した。


扉の陰では、パグーダが砲身を掲げ、ヨヘルが頭を出し、ダンスホールを覗き込む。




箱が散乱する部屋では、オーヒャが持つ通信機の中心の球体から、ホログラムが浮かぶ。

立体的に映し出されたのは、桃色の体毛の小さな四足獣。

オーヒャの右目は、悩まし気に細くなる。




愛理は、ハットの鍔をリボルバーの銃口で押し上げると、骨の銃を宙で回し、左手で白亜の銃床を握り締める。

折りたたんだ骨盤で肋骨を挟み、上から逆様の下顎をはめ込んで小さく圧縮した様な塊。それが銃床の役目を果たす。真っ直ぐ伸びる背骨の銃身。銃口を下支えするのは、逆様の獣の頭蓋骨。

愛理の姿を目にした夢子は、胸を握りしめ、呆然とし、視線だけを上下左右に動かす。


ヨヘルの耳元に、オーヒャの通信が届く。


『済まないが、アウラを放出している時の映像を見せてくれ、それで判断する』


「分かった…」


ヨヘルと顔を向け合ったパグーダは無言で頷き、身を乗り出して砲身を室内に向けた。次の瞬間

パクーダが構えた砲身の口に、弾丸が高速で侵入する。

砲身は膨張し、亀裂を生んで、細かい破片をまき散らした。


愛理が片手で構えた骨の銃の銃口から、硝煙が薄っすら立ち昇る。


砕けた砲身が音を立てて床に落下。後部についていた球体の構造が離脱し、床に転がった。

パクーダは両手を震わせる。

その足元。床に転がっていた球体の構造が熱を帯びて、小刻みに弾み出す。

ヨヘルは床の袋を拾い上げ、球体に背を向けると、走り出す。パクーダも、慌てて撤退する。

壊れた球体構造は、熱されたように赤く染まり、激しく跳ね、表面に生じた亀裂からガスを漏らす。

異変に気が付いた愛理とエメアが通路に向けて、目を細める。

愛理は、骨の銃に結ばれた掛け紐を肩にかけると、空いた左手でエメアの胴体を掴んだ。

何が何だか分からないエメア。

愛理は、プロ野球ピッチャー顔負けのフォームになると、そのまま流れる様な動きで、真っ直ぐエメアを投げた。


「ぇぇえええええぇりりりりりりりぃいいいいいいいいいッ!!」


剛速で飛んでいくエメアの怨嗟(えんさ)が轟き、涙の雫が尾を引く。

エメアは扉を潜ると、翼を強くはためかせて姿勢を制御し、壁への激突を間一髪免れる。

そして、真下に転がる球体を見た。

その瞬間、下から生まれた光と衝撃と熱がエメアの体を包み込む。

扉の向こうで広がった閃光と爆発が、ダンスホールに流れ込んだ。

夢子は両腕で顔を隠すと、身を(すく)ませる。それと同時に、夢子の前に飛び出した愛理が、掴み取ったハットを床に押し当てる。

ブーツの爪先でハットの鍔を踏むと、愛理は、ハットを引っ張り上げた。

ハットはそれに合わせて引き伸ばされ、大きく広がると、愛理と夢子の姿を爆発から隠す。




通路を走る旦那は、立ち止まり、小さな爆音を聞き、床を震わせる振動を感じ取る。




満はロボットの上で分からなかったが、曲がり角に潜んでいた兄貴は異変を察知し、顔を上げ、通路の奥を向く。











「大丈夫かッ?!エメアッ!?」


愛理が巨大化したハットの陰から大声で叫ぶ。

ダンスホールには、煙が舞い、塵が音を立てて床に落ちる。


「……アア…マア、ナントカ…大丈夫ダヨ……」


そう答えたのは、地に轟くような低い獣の声だった。


「そうか、そりゃあ良かった…で、その…あれだ、宇宙線とか、放射能とかは、大丈夫か?!」


「グルルゥゥ…放射能ハ問題ナイ…僕ノアウラデ濾過(ロカ)シタ…ソレニ、爆発ノ威力モ、出来ル限リ抑エ込ンダカラ、壁ニ穴ハ開カナカッタハズ……ダカラ、出テ来テイイヨ……」


わかった、と言って愛理は、身の丈に迫る大きさのハットの中に、腕を入れてまわし始める。

ハットは回転する度に縮小して、元の大きさになり、やがて、愛理の頭に乗せられた。

夢子は、不安げな表情で辺りを見渡し、ゆっくりと立ち上がって、愛理の後を追う。

扉から煙と薄紅のアウラが溢れ出し、その中で大きな影が動く。

愛理が煙を見上げて言った。


「いやあ、助かったよ、ありがとう!」


彼女の適当な感謝の後、煙の中で青い光が二つ浮かび上がる。

夢子はそれが、何かの眼光である事を直感で理解した。


「君ノ判断ハ、半分正シカッタダロウケド、デモ、今後一切、他者ヲ投ゲ付ケルノハヤメテクレ…デないと…」


青い光の間隔が狭まり、やがて消えると、獣の声が途中からエメアの声に変わる。


「…今度は僕が君を爆心地に投げ込むよ……」


煙の中から出てきたエメアは、自称ぷりちぃでキュートな獣の顔で、愛理に抗議の目を向けた。

愛理は苦笑いを浮かべて答える。


「分かったよ悪かったよ…今度は旦那を投げるから、勘弁してくれ」


「君は…何も学ばないね……」


悪びれない愛理を睨んだエメア。だが、直ぐに表情を変え、横に視線を移す。

愛理もそれに気づき、同じ方を見ると、夢子が、胸を押さえて俯き、微かに唸っていた。

二人は急いで夢子に駆け寄る。

愛理は夢子の背中に左手を当て、エメアは体から薄紅のアウラを浮かび上がらせる。

膝を屈した夢子から愛理は離れ、エメアに後を託す。






同じころ、白煙と埃が漂う通路で、ヨヘルがヘルメットに手を添え、問い掛けた。


「パグーダ!大丈夫か?!」


しばし返事を待つ。


『大丈夫…だ……』


ヨヘルの耳元に返答が届く。




パクーダは、床から立ち上がり、埃塗(ほこりまみ)れの自分の体を見下ろす。

全身を厚手の生地で覆い、その上に頑丈な樹脂でコーティングしていた。そのため、衝撃をある程度緩和出来た。

関節の裏など、比較的、生地が薄い何処も損傷していない。


『スーツは無事か?言っとくが、放射線は小さな穴からでも被曝するぞ』


ヨヘルの声が耳元に届く。


「分かってる…俺の装備は大丈夫そうだ。内側も…まあ、無事みたいだ……」




ヨヘルは、そうか…と言って、周囲を埋め尽くす白い景色を見渡す。


「この煙はなんだ……?」


ヨヘルの呟きに、パクーダの通信が答える。


『きっと光子砲の解体炉(かいたいろ)の冷却材が気化したのか、又は、どっか壁の配管をぶち抜いたか……』




パクーダは、体中の塵を払いのけ、足先を振り、五本指の手を握って開き、感触を確かめた。

それから、ヘルメットを叩く。

ヨヘルが言う。


『武器の威力と爆発の割には、通路の形が残ってるな……』


煙が舞う中、パクーダは顔を上げ、薄っすらと見える通路を見渡した。


「ああ、あの砲撃は、複雑な反応を経て生み出された力だ。砲身がぶっ壊された時点で、エネルギーの増幅がなくなったから、俺たちは生きてるのさ……と言っても、確かに、思ったより、通路が無事だな……」


パクーダが近づいた通路の壁は、僅かに歪んでいるように見えた。しかし、それだけで、亀裂も見当たらない。爆心地に近づけば、もっと状況は変わるかもしれないが、思っていたほどの被害ではなかった。 


ヨヘルの方は、袋を拾い上げると、右腕の装甲を見る。

そこに埋め込まれていた細長いディスプレイには、青い記号が並んでおり、翻訳すると『汚染レベル安全』という意味だった。


『ヨヘル何があった?通信機から爆音が聞こえたぞ』


いきなり届くオーヒャの声。


「なんでもない…敵に武装を破壊されたんだ。気にするな…」


『なら良いが…くれぐれも、例の生物は殺すなよ?なるべく、生かしたまま捕まえてくれ』 


「そうだな……出来ればな……」


ヨヘルは冷たく答え、袋を背負い、煙に向かって歩き出した。






同じころ、暗い通路の曲がり角で、空間が歪むと、それが兄貴へ姿を変える。

暗がりに潜む兄貴は、角から僅かに頭を出し、激しい沸騰音の発生源を目にした。

それは、ロボットの左の人差し指から照射された眩い火花が生み出す騒音。

青い火花は、壁に垂直に走る溝を熱していた。

壁に向き合うロボットの傍らで、満は、銃器を構え、真っ直ぐ突き当りに向かって身構える。

ガスマスクから伸びる管は、彼が背負うガスボンべに接続されていた。


「しゅぅぅぅうッ……しゅぅぅぅううッ……かかってこいぃ……かかってこいぃ……」


満は、一人囁き続ける。

兄貴は静かに、頭を引っ込めた。


(今まで…多くの死線を潜り抜け、ああいう奴を何度も見てきた……だからわかる。あれは……

 本気の奴だ!!)


「逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ…」


満は本気で恐怖していた。

兄貴は、感じる。


(気が高ぶってやがるな……仲間がいなくなった途端、獣の本性を露わにしやがって……)


「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫太丈夫大文夫大丈未だびzyぶuzうビベブゥビッ」


満の臆病な本性が露わになっていた。

兄貴は心中で焦り、即座に左腕の画面を指先で爪弾(つまびく)く。


(機械の方に扉をこじ開けさせ、自分が攻撃態勢を取る…相当腕に自信があるようだなぁ……

ならここは、俺以外の奴に、突っ込んでもらおうか?)


すると、ロボットの指先から火花が消えた。

兄貴は、内心ほくそ笑む。


(船の内部に干渉し、扉を開けるのを妨害しながら、機械自体をハッキングして正解だった。

 悪く思うなよ小僧……)


満はそんなこととはつゆ知らず、ロボットを見渡す。

それから、床に膝をつき、置いていた端末の画面を睨みつけ、ぶつぶつ文句を言いいなから、キーボードを操作した。

直後、ロボットが手足を動かし振り返り、両腕を大きく掲げる。

顔を上げた満は床に(うずくま)った状態で、硬直した。






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