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宙に揺蕩ふ者なれば  作者: ユカタタン
第一章 黎明期の終わり
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Chapter 04 邪神




その部屋は暗く、真ん中に設置された大きな机だけが、はっきりと照らし出されていた。

机の上には、故の分からぬ円錐形の装置や捻じれた金色のオブジェ、幾何学模様を描く石板、銃に見える器具、そして、透明な筒に浮かぶ何かの臓器など、様々なものが雑然と置かれている。

そして、静寂だった空間に駆動音が響く。

部屋の奥を塗り固めていた闇の中で、扉が上下に開き、あの人型が三体入ってきた。


「ったくよ、まさか武器を隠し持ってたなんてなぁ…」


甲高い声で、聞いたこともない言語を使い話始めるスカーフ人型。

それに答えたのは、外套の人型だった。


「感染を避けるために、荷物を検めなかったのが、裏目に出たか」


次に兜頭が人間らしい声で話し始める。


「だが、あの装備で、あの武器をどこに隠してたんだ…?」

 

机の前に辿り着いた外套人型は、機械的な声で告げる。


「突如現れた奴等のことを考えると、他の星の技術を用いた、と考えた方が妥当(だとう)だな」


「だとしても、パグーダの射撃が、一発も当たらなかった、とはな…」


机を通り過ぎた兜頭が呆れた様に告げると、その後ろに居たスカーフ人型のパクーダが怒鳴る。


「黙れよ!お前だって、麻酔杖(ますいづえ)を壊されたじゃねぇか!?

 誰だっけ?あんなおもちゃで十分だって言った奴は?確か…ぁあ!ヨヘル、とかいう奴だったか?!」


兜頭ヨヘルは振り返り、パクーダの肩に掴みかかると、互いのヘルメットをぶつけ合う。

その時、机から大きな音が響いた。

ヨヘルとパクーダは、机の向こうを見る。

外套を着る人型は、机に叩き付けた掌を握りしめ、静かに二人を見上げる。


「お前ら…内輪揉めしてる場合か?ちっとは後のこと考えろッ…」


ヨヘルはゆっくりと、パクーダの肩から手を放した。


「悪かったよ、兄貴(アニキ)…俺もヨヘルも反省してるから、な、機嫌直してくれ…」


パクーダは、ひ弱な声で謝り、両手をひらひら振って、(なだ)める。

外套を(まと)う兄貴は、俯き、首を振る。


「……いや、まあ、俺も悪かった…楽な仕事だと思って、安易に事を進めた…それで、この様だ」


兄貴は本当に後悔しているようだ。

ヨヘルは腕を組みながら言う。


「でも、邪魔が入るまでは、本当に楽な仕事だった。あの星の連中は、強くないし、簡単に捕まえられて、おまけに、前金として、あの船まで貰えた。

 邪魔は入ったが…今度こそ、生身でぶつかれば、その後は、依頼通りに事を進めて、残ったあの船を予定通り、売り飛ばせばいい」


パクーダは手を打って、右手をヨヘルに向ける。


「そうだぜ兄貴!ヨヘルの言うと通りだ。何の問題もねぇ…

 今までだって、もっとヤバい連中と渡り合ってきたんだ。軍団とか、グラーキファミリーの連中とか…それに比べりゃ、あんな奴等、大したことないぜ!」


兄貴は、僅かに顔を上げる。


「だと、いいがな……

 まあ、まずは、あの侵入者を排除しよう。場合によっては、依頼主にそのままブツを渡すことになるかも、しれないが……少なくとも、危険分子をそのままに出来ない。

 ヨヘル、パクーダ、二度目の失敗は許されない。最高の得物(えもの)を持っていけ」


「勿論だ…」「任せてくれ!」


ヨヘルとパクーダはそう答え、室内の暗がりに向かって行った。

兄貴は一人呟く。


「そうだ、オーヒャに連絡…は、後でいいか……」











夢子の居る空間。

愛理は重なり合って倒れている人々を引き離し、仰向けにしていた。

夢子も手伝おうとしたが、眠っている人というのは、かなり重く、引きずるので精一杯。


「いいよいいよ、夢子は病人なんだから、座ってな!」


軽い口調で愛理がそう告げる。夢子は申し訳なさそうな顔になった。

夢子の肩に乗っていたエメアも口を開く。


「そうそう、力仕事と、もしもの時の盾役は愛理に任せておきなよ…」


「おい!お前は働けよッ!このファンシーモンスターッ!」


抗議する愛理。そんな彼女をつぶらな瞳で見たエメアは、呆れた様に言う。


「はぁ…このぷりちぃなボディーと、小さな手足で、大型生物の体を持ち上げられると思うのかい?」


それを聞いて、愛理の額に血管が浮かぶ。


「何がぷりちぃなボディーと小さな手足だッ?てめぇの本当の姿と力を晒せば、ここに居る人間の一人や二人や十や百なんぞ、簡単に引きずり回せるだろうがッ!」


「君という子は、なんでそう乱暴な物言いしか出来ないんだい?育ちが悪いのか…食べ物の影響か……

 はたまた、運命のいたずらで、性根が腐り果てる遺伝子が覚醒した、とか?」


愛理の体から、赤黒い殺意の波動が立ち昇る。何の修練もしていない夢子でも、その気配を感じ取り、口を開く。


「あ、あの…わ、わたしが、やりますから、て、手伝いますので…あの、喧嘩は……」


懇願する夢子の弱々しい声では、エメアと愛理の間に結ばれた見えざる激しい火花を弱めることは出来なかった。






一方そのころ、暗い通路に、大きな駆動音が響き渡る。

曲がり角から光が差し込むと、その奥から満の操るロボットが現れた。

通路の幅は、ロボットが二機横並んでだとしても余裕がある広さ。

その時、満が尋ねる。


「なんだか、簡素な通路ですね…本当に客船なんですか?」


ロボットの胴体の下から、二つのライトが進行方向を照らす。その後ろに、追従していた旦那は言う。


「通路に配線や機器の類が見えない、これは、見栄えを重視した設計だ。やはり客船の類だろう。

 先程まで我々が居たあの空間は、さしずめ、地球文明で言うところの、ダンスホール、かな?」


「うん…そうですか…それにしても、なんでこの船に、捕まえた人間を入れたんでしょうね」


「何度も憶測を口にして申し訳ないが…手頃だったんじゃないのかな、彼らにとって……

 人を収容できるスペースもあるし、事が終われば、証拠隠滅を含めて、売り飛ばせばいい」


満は、見える範囲の天井や床を見渡して、誰が買うんですか?と尋ねる。

旦那は嘆息しつつ答えた。


「この宇宙には、様々な取引相手と、それに付随する流通ルートが幾つもある。

 表立って商売する者も居れば、社会の裏で品物を流す者も居る。場合によっては、船を解体して、部品や調度品を売りさばくこともあるだろう。まあ、今は関係ない。それよりも…向こうに残してきた二人が気がかりだよ」






人々のいるダンスホール。

愛理とエメアの言い争いは、人々の整列作業と同時に続いていた。


「悲しいねぇ…まだ進化の途上、とはいえ、君の様な不良分子が生まれる地球人類というのは!!」


「悪かったな不良分子で!!」


夢子の腕の中で微睡(まどろ)むエメアは、涼しい顔を浮かべる。それに対し愛理は閻魔の如く、怒気に満ちた表情で、桃色の獣を睨んでいた。

夢子は、両者の間に渦巻く剣呑な雰囲気に肩をすくませる。その時


――聞こえてる?聞こえてない?……教えて…教えて、教えて教えて教えて教えて教えて教えて教e


「聞こえてますッ!」


突然発せられた夢子の大声に、エメアと愛理は体を跳ね上げた。エメアは夢子の腕から転げ落ち、男性を担いでいた愛理は振り返る。

夢子は二人の視線に気付くと、肩を狭め、縮こまり、囁くように謝罪した。


「す、すみませn……」


その間ずっと、夢子の脳裏では、女性の声が響き続ける。


――やったあ!聞こえてたんだ!

  良かったぁ…あなたの脳内の情報を読み取って、こんな感じの言語かなぁ…って思念を送ってたんだけど…はぁ、聞こえてたんだ、良かったよかった……だったら…もっと早く答えんかいッ!!


「す、すすす、すみばぜんでじたぁあッ!はい、本当に…本当に、勿論反省しています!以後、気を付けますぅうッ!」

 

夢子はいきなり頭を下げて、何度も何度も、脳内の怒号に謝罪した。

エメアが羽ばたいて愛理の肩に乗る。


「おい、あの子…まずいじゃないのか、色々と?」


愛理がそう言うと、エメアは頷いた。


「そうだねぇ…肉体より先に、精神の方に、限界が来たみたい……」


涙目で悲鳴を上げ、平身低頭、と言うより、ヘッドバンキングする夢子。

哀れな彼女を愛理とエメアは、悲しそうな眼差しで見つめた。






ロボットに揺られる満が、手元の端末を見ながら尋ねる。


「その、本当に、邪神細胞の培養だけが目的だったんですかね?」


「というと?」


旦那が後ろから聞き返す。


「いや、培養なら、地球に拠点を置いて、こっそり一人ずつ攫って、実験でも解剖でもすればよかったんじゃないですか?」


満の過激な意見に、旦那は視線を泳がせつつ、答える。 


「まあ、確かに、でも、地球環境での活動は、彼らにとってもリスクがある、と、判断したかもしれない…なぜなら、地球環境が異星の種族の免疫に、どんな反応を示すか分からないし、何が有害に働くか、予測しきれない」


「うんうん…なる程、確かに、乳酸菌で死んだ宇宙人とかいましたし…トムクルさんが戦った宇宙人も、人類の武器じゃなくて、感染症で亡くなってましたもんね」


「そう、その通り…例外もあるけど、地球の細菌や物質と言うのは、他の星の生物にとって、危険なものなんだよ……だから、わざわざ、ここに連れてきた。或いは、地球で実験やらをする技術がなかったのか、施設を作れなかったのか……いや、まてよ、実は裏で実行している可能性も……」


「別動隊、二面作戦…それだと、今回だけで終わらない…あ、着きましたよ」


満は振り返り、旦那を見る。

ロボットは、ライトに照らされた壁に機械の手を押し付けた。

そこからあの同心円が広がり、外側の円から回り始める。

その時、旦那と満の真後ろの曲がり角から、兄貴が頭を覗かせた。


「如何する?やっちまうか?」


パクーダが兄貴の背中に囁くと、隣に居たヨヘルが言う。


「数はこっちが有利だ…」


パクーダはカーキ色の包みを抱え、ヨヘルは、同色の袋を背負っていた。

兄貴は頭を引っ込めると、左腕の映像を見ながら答える。


「…いいや、お前たち二人は、舞踏広間に向かえ…奴らの仲間がいるはずだ。

 分断した今のうちに、そいつらを潰すべきだろう。

 船橋(せんきょう)のアイツ等は、俺が見張る…それと、なるべく感染者との接触を避けろよ、もし感染したら、俺たちも教団に狙われる。それから、感染者を殺すのも駄目だ。敵だけ殺せ、それ以外は、生きたまま確保しろ」


「了解」とヨヘルが応え

「承知したッ」とパクーダが告げる。


兄貴は、外套の襟を(めく)り、内側の装飾に触れる。円形の装飾には、抽象的な線で作られた人形の彫刻が両手を仰ぎ、或はひれ伏し、青白い球形の結晶を礼賛していた。

旦那たちが壁に注目している隙に、ヨヘルとパクーダは、素早く、音を立てず、通路の反対に駆け抜ける。兄貴は、装飾の側面にある摘まみを捻った。すると、中心にある青白い球体が回り、黒い面を露わにした。











「しかし…なんで、あいつらに攻撃が通じなかったんだ?」


ダンスホールで待機していた愛理は、壁を背に立っていた。

その傍らで()せるエメアが答える。


「満と神様が前に言ってた技術で、電磁場(でんじば)骨子(こっし)光屈折(ひかりくっせつ)虚像(きょぞう)って言うものがあったけど…」


「お願いだから、もっとましな名称を考えてくれ、宇宙人ども…」


「君だって、広義でも狭義でも宇宙人なんだけどぉ……まあ、分かりやすく言うと、電気の骨を持った、光の映像、かな?…多分……」


「ふーん……」


 愛理は、隣に積み重なった人型の機械を見つめた後、前を向き、笑顔で平手を打った。


「わかった!超化学分身(ちょうかがくぶんしん)と命名しようッ!そう考えると、あたしもやってみたい!どうすれば、これを使えるんだ?!」


愛理は、傍らの機械を指差し、エメアに尋ねる。


「それは、満に聞いて…この件が片付いたら、この船から機材を持ち出せるかも、しれないし」


「ああ…出て行く前に、満に聞いてればよかった……」


項垂れる愛理に、エメアはくぎを刺す。


「お願いだから、今は聞きに行かないでね。ここの人々を守る仕事があるんだから……」


「わあッてるよ…」


愛理は適当に答えると、機械の向こうを見る。そこに居た夢子は、壁を背にして、体育座りになり、両膝に顔を埋めていた。

沈黙する夢子は、脳内に浮かび上がる自分の意思とは関係ない言葉と対話する。


『あのぉ…あなたは、一体何なんですか?幻聴ですか?それとも……幻聴ですか?』


『いや幻聴じゃねぇし!あんたとは関係ない、実在する確固たる意識と自我である、あたしの声だし!解かった?!』


『え、あ…は、はぁ…わ、分かりました……では、あなたは一体、誰ですか?』


夢子の口から僅かに声が漏れる。

それを聞きとった愛理は、直ぐに彼女の方を向く。だが、当の本人は俯いたまま、ぶつぶつと聞き取りにくい音量で独り言を唱え続けていた。

愛理は悩まし気な顔になる。

それをよそに、夢子の脳裏で誰かが話し出す。


『そうね…あたし…いや、(わらわ)は、神の末席を汚すもの…或いは、大いなる落胤(らくいん)……別の言葉では〈邪神(じゃしん)〉と言われたわ……』


夢子の心にさざ波が広がり、冷たい感覚が込み上げてきた。


『その反応…やっぱり、この言葉は、妾が思っていた通りの意味を孕んでいたみたいね』


夢子は、相手が自分の感情を読めることを感覚的に覚る。

自分自身、感情が読みやすい性格と言動をしている自覚はあった。だが、その物質的な境界を突き抜けて、直接、心を見透かされると、恐怖心が芽生え、身体が強張る。


御免(ごめん)なさいね…悪気はなかったの、ただ、どうしても、この繋がりは、この(きずな)めいたものは、防ぎようがない。

 それほどまでに、貴方に入り込んだ矮小(わいしょう)な塵は、力を増大させ、着実に、その肉体を()()()()()


蝕んでいる――その言葉は、更に深い恐怖へと夢子をいざなう。

次第に、体の緊張が強まり、震えが止まらなくなる。寒気が体表を覆う一方で、体の中心から熱が沸き上がってくる。

視界が霞んでゆく、目の奥に閃光が弾ける。

こうなる前に、愛理やエメアに自分に語りかける声のことを伝えればよかった、と、薄れゆく意識の中で夢子は後悔した。

夢子の異変に気が付いた愛理が、彼女の傍に膝を付き、大丈夫か?と問かけ、その背を摩る。

エメアは夢子の足元に舞い降りて、顔を覗き込む。

夢子の額には、脂汗が滲み、閉じた瞼が、苦しそうに歪んでいた。

エメアは、つい先ほどした旦那との会話を思い出す。


――エメア、彼女を()ててくれ、何かあれば…その時は、私を呼んでくれ。

まあ、役に立てることは、君とさして変わらないが、すぐに駆け付ける。それまでは、君が頼りだ。


「未調整の人間、しかも邪神の遺骸を宿している相手に、僕が近づくのは、毒じゃありませんか?」


「いの一番に彼女に抱き着いたのは、どこの誰かな?」


「あれは…毒を薬として扱った良い例ですよ。実際に、彼女の心をほぐせましたしぃ……」


旦那は、嘆息した。

対するエメアは、暢気な表情を一転させ、真剣な感情を瞳に宿す。


「まあ…それはともかく。僕の力を彼女に行使するのは、本当に危ないのでは?」


エメアの重い声色に、旦那は、鋭い視線で応える。


「……そうかもしれない…だが、その時になったら、それ以外の方法は、ないだろう……」


エメアは目を開け、今ある現実を見ると、床から飛び上がる。

膝を抱えて震える夢子の後頭部に、エメアは小さな四足を乗せ、瞼を閉じた。

愛理は何かを覚り、夢子から離れる。

同時に、エメアの体からオーロラの如く艶やかな光が沸き上がった。

それは、ゆったりと淡く揺らめく七色の光に一層濃く広がる薄紅色が絡み合った色彩の(とばり)

優しく揺らめく光は夢子の全身を包み込む。

薄紅の内部で駆け巡る深紅(しんく)の奔流は、生き生きとした動物の如く躍動し、星の様な瞬きが散った。

荘厳な色彩の帳が、夢子の体に流れ込むと、彼女の震えを沈め、体中の強張りを解き、苦しむ顔を穏やかにする。

夢子は、自分の体が楽になっていくのを感じつつ、脳裏に響く声に耳を傾けた。


『…どうやら、貴方(あなた)の肉体を誰かが癒し始めたようね……繋がりが遠ざかっていく……

 だけど、まあ、いいわ…夢子…集中して聞きなさい。

 貴方は、既に、戻れなくなり始めている。貴方を助けられるのは、今のところ、妾以外あり得ないわ…妾は、すぐ傍に眠っている。すぐm……』


夢子の中で、その声は、遠ざかっていく。

次に瞼を開けると、真っ先に飛び込んできたのは、愛理の心配そうな表情だった。


「大丈夫か?」


ぼんやりとしていた夢子は、後頭部の柔らかい感触と、上に見える愛理の顔で、自分が今まさに、膝枕をされていることに気が付く。

夢子は目を丸くして、勢いよく起き上がると、愛理に向き直って、誠心誠意謝った。


「ず、ずずずずすすすすッ、すみませんッ!」


深く頭を下げる夢子に、愛理は笑う。


「はは、夢子謝ってばっかだねぇ…いいよ別に、それに、今回頑張ったのは、あたしじゃないし」


愛理はそう言って、夢子から視線を移す。

夢子も振り返り、愛理と同じ方を向くと、床で仰向になったエメアが、やわらかい毛に覆われたお腹を晒し、蕾の様に膨らんだ白い尻尾をこちらに向けていた。


「やぁ…今回のMVPは、間違いなく、この僕だよぉ……」 


エメアは前脚を掲げ、アピール。

夢子は愛理とエメアを交互に見て、尋ねる。


「あ、あの…何が、あったんですか?」


エメアはその場で転がり、四本の足で立ち上がると、彼女たちに振り返り、告げた。


「君の体に症状が現れたんだ。それを僕の『アウラ』で封じ込めた…いや、症状が体に出ない様に、抑え込んだ。完治させた訳じゃない……」


愛理が言う。


「ああ、解熱薬の(わざ)か?」


エメアは軽く頷く。


「まあ、それだねぇ…夢子にも分かりやすく説明すると、今、君の中で邪神の残滓が活動している。

 その結果、君の体に不調が起こり、その不調を和らげた…言い換えるなら、残滓の活動と君の肉体を一時的に切り離したんだ。物理的に、ではなく、もっと、何と言えば良いのか……」


エメアは、適切な言葉を求めて、悩み出す。

一方で『邪神』という言葉が、耳に残った夢子は、自分の体に、得体の知れないものが寄生し、それが絶え間なく(うごめ)き、体内を駆け巡る感覚に襲われる。

それは、不安と恐怖が作り上げた幻想だった。しかし、今度は、複雑な感情が胃の底から胸に上がって、喉を通り、口から出てくる。

夢子は、それを食い止めるために、強く深く息を吸った。

それでも、顔色は悪くなり、全身が絶えず震える。

エメアと愛理は、視線を交わすと、愛理の方が頷いた。エメアも頷き返し、目を瞑り口を結ぶ。

冷たく凍えた夢子の手を愛理の手が優しく包み込む。愛理の熱が、夢子に伝わる。

愛理は、夢子の目を見て言った。


「大丈夫、大丈夫だ……今すぐ、どうこうなるって訳じゃない。

 勿論、楽観も出来ない、けど、それでも、(なん)の手立てもない訳じゃない。

 気をしっかり持って、深呼吸して、一旦落ち着こう、な?」


夢子は、震えながらも頷いた。

そして、何かを言おうと、口を開く。ところが、言葉が出ない。

震えて声が出ないのではない。うろ覚えの夢の内容を語ろうとする様な、茫漠とした感覚が襲うのだ。

その時の感情は、鮮明に覚えているのに、肝心の内容の中心部分が、大きく暗く塗りつぶされたような、或いは、広く抉り取られたように判然としない。

夢子は、結局、言葉を紡げず、口を閉ざした。











『…もう発作が現れたのか?それで、その後は……』


旦那は脳裏に尋ねると、エメアの声が届く。


『大丈夫…とは言い切れませんね……僕のアウラで一時的に症状を鎮静化しましたが、これ以上の症状と進行を抑えられるか、疑問です……彼女だけでも、貴方のお力で、地球に帰してはどうでしょう?』


旦那とエメアの思考だけの会話が、互いの脳裏、暗闇の世界に響く。


『…いいや、もし症状が深刻化して、それで地球に帰還させれば、それこそ、どうなるか分からない。下手をすると、彼女の体内で変異した邪神の残滓が、さらなる災害をもたらす可能性もある』


『では、僕たちの教室で隔離しては?』


『……いいや、あの教室で隔離したとしても、環境の変化が、体内の遺骸と彼女自身に、どう影響するか、確信が持てない。その上、一般生徒や、近隣に被害が及ぶ可能性もある。

 やはり、この船を地球の近くまで移動させて、船内で匿い、同時に、囚われた感染者の隔離と治療を行う施設を併設する。

 幸い、ほかの感染者は目だった反応を見せていないし……

 今、艦橋の前に居て、満くんが扉を開けようとしているから…私は一旦、そちらに戻ろう。もう少し頑張ってくれエメア』


『……分かりました。ですが、敵もいますので、気を付けてください…何だったら、気配を察知するために、アウラを広げては?』


『いやいや、邪神の残滓が近くにある状態で、無暗に私のアウラを広げるのは、危険に思える。

 人々に宿った邪神の残滓が私のアウラに干渉して…問題が増えたら、大変だ。

 もし使うなら、慎重に目的を定めて、最小限度の出力にとどめておくよ』


『分かりました…では、後程……』


その意思伝達を最後に、旦那の脳裏は静寂に包まれる。

瞼を開けた旦那は自らの口で満に尋ねた。


「どうだい、開きそうかい?」


ロボットの上に居た満は、端末を見つめながら答える。

 

「順調…と言いたいですが、やっぱり艦橋のドアの施錠は硬いですね……なかなか暗号を見つけられない」


旦那は頷く。


「そうか……実は、エメアの方でトラブルが起こった……」


満は僅かに顔を上げたが、また直ぐ、端末の画面に視線を戻し、言った。


「うん…つまり…旦那は向こうに戻って、俺は、ここを死守すればいいんですね?」


「そうなるね…何だったら、君も私と一緒に向こうに戻って…」


「結構です…作業を途中で放棄するのは、居心地が悪いですし…それに、こんなこともあろうかと、装備も持ってきました」


そう言って満は、コクピットの下に潜り込む。

直後、コクピットの中から白い光が溢れ出し、一帯が明るく照らされた。

光が消えた後、コクピットに乗っていた満は、頭に金属製のごついヘルメットを被り、顔にはゴーグルの付いたガスマスクを装着し、胴体に分厚い防弾チョッキの様なベストを纏い、グローブをはめた両手で銃器を抱え、小刻みに、激しく、震えていた。


「こ、ここ、これでッ…ぼぼ、僕一人で持ちこたえられます…や、やってきた奴等全員根絶やしにしますッ」


黒い金属の塊を削って作ったようなヘルメットは、見るからに重々しい。

ガスマスクの口元には、円形の構造が備わり、そこから伸びる二本のホースは、背中に回されている。

目元に装着した機械的なゴーグルの両端からは、左右非対称のスコープが飛び出す。

無機質な胴体のベストは、鰐の背中の様に隆起しており、硬い質感を(かも)す。

銃器の口径は大きく、鉄と金具を何重にも重ねた太い銃身の下には、満の頭と同じくらい大きい円筒形の弾倉が取り付けられている。

結果、ガスマスクを除く、全ての装備が満の体格に見合っていない。


「あ…あ、安心しろ僕……防御は十分…旦那の防御魔法も守ってくれるッ…死なない、死なない死なない死なない死なない…」


自分に言い聞かせ始める満に、旦那が不安そうな眼差しを向け、問いかける。


「満…やっぱり、一緒に居てあげようか…」


「お構いなく!…というか、むしろ、向こうの方が、旦那の力を思う存分発揮できます!

 ここは!僕に!任せてくださいッ!」


豪語した満に、旦那は躊躇(ためら)いながら、頷いた。


「そ、そうかい…わ、分かった…じゃあ、行ってくるよ?気を付けてね?」


「はい!大丈夫ですッ!!」


相手が言い終わる前に言葉をかぶせる満は、真っ直ぐ前を向き続ける。

そんな彼を見ながら、旦那は後ずさった。


「何かあったら遠慮なく直ぐに連絡してくれよ?ずっと繋げているから!」


「分かりました!」


「あと、艦橋を制圧した後、直ぐに連絡してね!」


「わかりました!」


「その後、出来ればほ…」「分かりました!」


分かりましたを連呼するだけの満に、旦那は不安を掻き立てられる。


「あ、うん…ほかの設備を確認してくれるかな?」


「分かりました!!」


旦那は、何度も振り返りながら、走り出すと、突き当りを右に向かった。

直後、突き当りの左の通路の角で、暗がりが歪み、はためく。

直後、暗闇の中、黒いカーテンの端から出てくるように、記号が浮かぶ透明な画面が現れた。








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