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宙に揺蕩ふ者なれば  作者: ユカタタン
第一章 黎明期の終わり
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Chapter 03 発症




銃機を砕かれたスカーフは、一歩引き下がる。

愛理が右手に握っていたのは、回転式の黒鉄の拳銃。

その撃鉄を親指で引き上げた彼女は、悪戯っぽく微笑む。

スカーフは叫び声を上げると、外套人型が腕の画面を操作した。

直後、愛理の顔に雷撃の杖が突き込まれる。だが彼女は、焦る様子もなく後ろに跳躍して、距離を取ると、拳銃の撃鉄に左手を添えながら引き金を引く。

轟音と共に発射された一発の弾丸が、電撃に飛び込み、枝先の付け根の中心部を貫き、杖を砕く。

兜頭は、先端が折れた杖を投げ捨てた。

スカーフが手を掲げると、破壊された銃と同じものが天井から落ちてくる。しかし、それを鉛玉が直撃し、空中で真っ二つに破壊した。

スカーフの体に、銃の破片が飛び込む。

愛理は、銃口に息を吹きかけ、得意げな表情を浮かべた。

その時、天上から落ちてきたものを兜頭が掴み取る。

それは、短機関銃の様な形状で、銃身の側面に走る溝から赤い光と熱が溢れ出ていた。

兜頭は、新たな武装を愛理の背中に向け、引き金に指をかける。

その動きに気付いた愛理は、踵を返し、兜頭に拳銃を向けた。

両者の指が引き金を引く直前。愛理と兜頭の目の前で、空間が球形に歪み、その中心から、眩い光が解き放たれて、周囲の色を塗りつぶした。

人々は、スマホを掲げたまま、顔を背け、片手で目を覆う。

兜頭は銃器を構えたまま後ろに引き下がる。

愛理は堪らず、目を細め、腕で顔を隠す。

歪む空間はシャボン玉の様に揺らめき、その内部では、溢れる光が鼓動する。やがて、光の中に影が浮き上がり、微かに声も聞こえ始めた。

腕に隠された愛理の口角が釣り上がると、彼女は足音もなく駆け出す。

光の中から大きな影と小さな影が飛び出すと、揺らめく空間が収縮していく。

やがて、光が途絶え、それを感じ取った人々が顔を上げる。彼らが目にしたのは、人の身の丈を超えるロボットと小さな獣、そして、人の形をした、人ならざる存在だった。

兜頭がロボットに銃器を向ける。だが、その銃器の真ん中を側面から飛んできた弾丸が貫き、破片を散らせる。

いつの間にか愛理は、兜頭の横に回り込んで、片手に握った拳銃を向けていた。

外套人型が機械的な低い音で何かを叫ぶ。

それを聞いた兜頭とスカーフは、互いに視線を交わす。

外套人型の腕の画面。そこに映っていたのは、天上から落ちてきた人型の機械で、それを囲むように、人の形をした灰色のシルエットが重なっていた。外套人型は、その画像を横になぞり、現われた記号の羅列を指でなぞる。

のたくる線虫(せんちゅう)の様な緑の記号は、触れられると、赤く染まった。

直後、人型三人衆の全身から、白い塵が(あふ)れ出す。

衆目の中、人型の体は崩れていき、内包していた機械の骨組みが露わになる。

愛理の目の前で、兜頭の体が完全に崩れ去ると、あとに残された貧弱な人型の機械が力なく倒れた。

一時の間、静寂が空間に広がる。それから次第に、群衆は驚きの声を上げ、ざわつきながら、スマホのカメラを掲げ、シャッター音を鳴らし出す。

空間の半分に片寄(かたよ)っていた人々は、目の前の危険が去ったことで、ひとまず安堵すると、新たにやってきた存在を映像に残すため、愛理たちを囲う。

次の瞬間、ロボットが向きを変えて歩き出すと重厚な足音が床を伝う。

人々は驚き、波を打つように動いた。

人の身の丈を超えるロボットの胴体は球形に近く、左右からアームが伸び、真っ直ぐなパイプ状の機構が、関節を動かす。それらの重量を支える足は、牛の後ろ脚の様な構造で、見るからに頑丈そうだった。

愛理は、ロボットを睨み上げながら「遅かったな」と軽い文句を言う。


「しょうがないだろ、ビーコンはおろか、通信が遮断されたし、旦那のお陰で座標を割り出せても、飛ぶ径路を即興で作るのは、簡単じゃないんだ」


そう答えたのは、ロボットの上部に備わるコクピットに跨った少年、満。

小柄な彼はゴーグルを上げると、鋭い三白眼を露わにした。

口と鼻は黒く大きなマスクに隠されているが、全体的に容姿は幼く見える。

上着は黒地に赤い血文字の英語が羅列されたTシャツで、タータン柄のズボンは、制服に見えた。


「まあ、こうしてここに飛んでこられたのは、満が座標を算出して、神様が力を振るったからで、つまり、愛理は、もう少し、感謝の心を持った方がいい、と思うなぁ……」


幼い声で穏やかに告げたのは、背中の白い翼をはためかせて飛ぶ、小さな獣。

短い四つ脚を伸ばす寸胴体型を桃色の毛に覆う。頭部は、ネコ科の幼獣とウサギを足して二で割ったような愛くるしい形状で、首周りを羊の毛の様な質感の(たてがみ)で包む。

そして、尻尾に当たる部分は、白い蕾の様な物体が張り付いていた。

そんな獣を愛理は睨む。


「そうかよ!ありがとさんッ!でも今度は、銃撃される前に来てもらいたいねッ」


愛理はブレザーの内ポケットから、スマホを取り出してロボットの上に投げつける。

満は、飛んできたスマホを慌てて掴み取り言った。


「ビーコンは。後で解除する……」


愛理は頷くと、視線を別の方に映し、目の前の存在を見る。

その存在は、麻布の様なものを体に巻き、空間を見渡していた。


「この部屋は…なんだろう……貨物船や軍艦の内装には、見えないな……だとすると、この建造物は客船か…どこかの星の有力者か企業、(あるい)は、個人の富豪が持っていたもの、かな?」


愛理は怪訝(けげん)そうな顔で問う。


「富豪?それにしちゃあ、乗っていた奴らは、裏仕事を生業にしてますって感じの、小汚い服装でしたよ?」


麻布を巻いた存在が、愛理の方を向く。その顔に張り付く象牙色の仮面には、幾何学模様が浮かび、自然由来の色素で図像を描いた木札や獣の牙、奇麗な石を縄に通した首飾りを身に着けていた。

首や足先、炎の様に沸き立つ後頭部など、露わになった部分は、どれも(あお)く、体内で滞留する星の如き微細な粒子が透けて見える。

仮面の存在は、愛理に告げた。


「君を襲った連中が、この船の本来の持ち主、とは考えにくい。むしろ、この船自体が盗品と勘繰ってしまうよ」


愛理はそれを聞き、肩を竦めると、周囲を見た。


「あり得ないことは、ないっすね。これだけの人数を拉致って来られるなら、トンデモ科学を駆使して、船も星も持ってこられるでしょ」


仮面の存在は、微笑むように目を(つむ)る。


「星は無理だろうけど……ともかく、船のことはさておき、まずは、ここに居る人たちを眠らせるとしよう……」


「頼んだぜ、旦那」


愛理がそう言うと、象牙色の仮面をつけた旦那は、頷き、麻布の外套から蒼く透き通る両手を出して柏手を打つように叩いた。

パンッ、という快音が響く。

旦那の合掌から、見えざる波動が空間に広がった。

波動に触れた人々は、頭を押さえたり、(しき)りに瞬きをする。続いて、瞼が重くなると、微睡むような感覚に抗う。しかし、ゆっくりと身体から力が抜け、持っていたスマホを手から落とし、いつの間にか、床に座り込むと、皆、穏やかな眠りに落ちていった。

それを見て愛理が言う。


「さっきそれを使ってくれれば、敵を逃がさずに済んだんじゃないの?」


「あれは、実体のない虚像だったからね…私の力ではどうにもならない。寧ろ、満の専門かな?」


旦那はロボットの上を見て、満に優しい眼差しを向ける。

しかし、満は旦那に目もくれず、前を向いて睨んでいた。

旦那は小首を傾げ、満と同じ方を向く。床一面に人々が倒れている中で、只一人、少女が所在なさげに立ち尽くしていた。

愛理は、背後に隠した拳銃の引き金に指をかける。


「おい旦那…なんであの子だけ寝てないの?」


「今行使した(すべ)は…比較的単純な作用しかないが、無調整(ムチョウセイ)のホモサピエンスには、必ずと言っていいほど効くはずだった……つまり……」


旦那は、深刻な声色で答えた。


「彼女は……発症している」











「私は…せら、世良…夢子…ですぅ……」


パーカーを着た夢子は、俯きがちに、頼りない声で自己紹介をした。

それに答えたのは、制服の愛理。


「ふーん…あたしは、久川(ひさかわ) 愛理、愛のことわり、と書いて〈えり〉と読む。

 で、あのロボットに乗ってるちびっ子が、どb…」


「おい!勝手に個人情報ばらすなッ!」


ロボットの上の満は、身を乗り出して怒鳴る。


「分かったよ、土橋(どばし) 満 常盤(ときわ)学園中等部一年B組!」


「お前分かってねぇだろッ!」


憤慨(ふんがい)する満。その肩に前脚を置いた桃色の獣が、まあまあ、と言って宥めると、白い翼を羽ばたかせ、今度は夢子の前に飛んでいった。


「僕は…ホモサピエンスが発音できる音で自己紹介するなら、エメアって言います。このチームのマスコット兼サポーターです。だきしてめてもいいし、優しく撫でてもいいよ」


桃色の獣エメアは空中で翻ると、夢子の胸元に自身の背中を押し付けた。夢子は思わず、猫を抱える要領でエメアを抱える。

エメアは、少女の腕の中で体を揺らし位置を調節する。夢子は言われた通り、獣の頭を優しく撫でた。

エメアの頭頂部のたてがみから、角の様な二つの突起が僅かに覗く。

夢子は心地よさそうなエメアを見て苦笑い。愛理はその様子を見て、渋い表情を浮かべると、(いぶか)し気に(ののし)った。


「おまえ、本当に節操ないな……」


エメアは全身の力を抜き、夢子の腕に全てを委ねると、目を閉じ、満足気に答えた。


「スキンシップだよぉ……こういう態度が、相手との距離を縮めて、延いては、心を開いてもらう一助となるのさぁ」


仮面から覗く旦那の琥珀色の瞳にも、疑いの色が浮かんでいた。


「いや、流石に私の目から見ても、君の態度は、無遠慮すぎる、と思う」


「そんなこと言わないで…ねぇ夢子。君だって、さっきよりは、気分が落ち着いたでしょ?」


「え、あ…は、はい……」


夢子は、ぎこちなく答える。

確かに、先程の恐慌(きょうこう)しきった表情に比べると、今の彼女はだいぶ落ち着いていた。

それを認めると、旦那も愛理も、口を閉ざす。が、どこか納得しきれていない。

エメアは、優雅に寝そべり、告げる。


「それでは、神様も自己紹介、お願いします」


旦那は肩をすくめると、夢子に向き直り語り出す。


「えぇ…初めまして、夢子さん。

 私は、ええっと…神様、と言われたり、旦那(ダンナ)、と言われたりしていますが、恐らく夢子さんが思っているような、或いは、地球文明的な価値観での神様、と言う訳でもなく、旦那のという呼び方も、私の個人的主義主張、及び感性の範疇(はんちゅう)から求められた言い回しではなく…」


「なげぇから、あたしが紹介するね!この人、旦那!あッ!あたし個人の旦那じゃないよ!皆の旦那だよ!で、おまけで神様してる。謎の人型生命体!通称旦那(ダンナ)!OK?」


突然割り込んで来た愛理の説明。旦那は琥珀色に渦巻く銀河の様な瞳を細め、抗議した。


「言っておくけど!本来私には名前がないし、旦那という呼称は、プロサバ語圏のスラング的言い回しが出典で、主に排泄物や汚物を表す言語を、音が似ている『旦那』とい言葉を当てはめた呼称だから、そう言う経緯もあって、私の美的感性としては、とても不本意なんだ!

 あと『旦那』という言葉自体も、本来、神仏に供物をささげる人を示す言葉だし…其れを異邦の存在である私に使うのは、本来の意味を歪曲しかねず…」


「でも、旦那は昔から旦那だし、今もこれからもずっと旦那だから……」


愛理は旦那の言葉を遮って、結論を突きつける。すると、ロボットの上から満が口を開く。


「うん、それはいいとして、発症ってどういうことですか旦那?工学的な事だったら、手を貸しますよ?」


旦那は、満を仰ぎ見て、そうだった…と呟く。


「残念、ほしいスキルは生物学だ」


旦那は夢子に視線を向ける。


「夢子さん…最近、体に異常はなかったかい?」


動揺と困惑を隠し切れない夢子は、目を泳がせながらも、少し俯き、考え始める。


愛理も旦那も、彼女の気持ちが手に取るように分かった。

突然のことが連続し、事情も分からず混乱している。言葉も浮かばない筈だ。

夢子は、憔悴(しょうすい)した顔を上げると、旦那から視線を逸らし、語り出す。


「体に異常、というと……頭痛…吐き気…眩暈(めまい)動悸(どうき)、息切れ幻聴(げんちょう)倦怠感、不眠、食欲不振、あとは…」


「成程!結構大変だな、多分、私が思ってた以上に、色々と深刻そうだ」

 

旦那は、少女のコンディションの悪さに動揺する。だが、夢子本人は、それ以上に怯えていた。


「い、色々と分からな、わ、わたし…に、なにが、何が起こっているんですか?

 ど、どうなるのでしょうか?というか、どうなっているんですか、この状況は?」


夢子は、震えた声で問い質す。(すが)る様な目を向けられた旦那は、悩まし気に視線を逸らす。


「まず何から言えば…とりあえず、君自身に必要なのは、一刻も早い治療だ」


「ち、ち、治療って…なんの?」


旦那は、夢子と目を合わせ、語る。


「君に何が起こったのか、順序だてて、説明しよう……

 始まりは数か月前、地球外生命体の一団が、君たちの星に邪神(じゃしん)遺骸(いがい)を送り込んだ」


その遺骸は、黒く変色した邪神の細胞の欠片に過ぎなかった。しかし、人の身の丈を軽く超え、黒曜石の穂先の如く鋭く尖り、妖しい燐光を放っていた。


「我々は、その計画をつき止め、彼らの船に乗り込み、野望を阻止した、筈だった……」


夢子が生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。旦那に代わって愛理が話す。


「あたしらは、その遺骸を包んだミサイル?を大気圏で撃墜して、木っ端微塵に粉砕、殆どを海に沈めた。それで一件落着、と、思ったんだけど…少しだけ、生きた邪神のカスが日本各地に飛散しちゃったんだ」


旦那は頷く。


残滓(ざんし)、そう言うべきか、拡散したそれらは、本来、虫に近い生物などに寄生するはずだった……」


山奥にひっそりと残された宿泊施設。今は廃屋となり、荒れ果てたその中は実験場に代わっていた。

旦那たちが地下に行くと、そこには、円筒形の巨大な容器の中で地球に生息する昆虫が大量に繁殖していた。

更に、巨大化した昆虫の体が、各部位に分けられ容器に保存されていたり、成長過程の虫が液体に浸っていたり、胴体だけが異様に肥大した虫が、容器の中で蠢いていたりした。


その光景を思い出しながら、旦那は言葉を続ける。


「しかし、実験環境の違いが出たのか、飛散のタイミングの違いか、邪神の残滓は、目的の生物、ではなく、大勢のホモサピエンスの体内に宿ってしまった……」


夢子の顔から血の気が引く。


「つまり…わたしも、その邪神の残滓に、感染している…ここに居る人、全員ですか?」


旦那は夢子と目を合わせ、おそらく…と言って静かに頷く。

エメアが夢子の手から滑り落ちると、翼を広げて、ロボットの方へ羽ばたいていった。

旦那は言う。


「今のところ、発症しているのは、君だけのようだ…その証拠に、私の術が通じなかった。恐らく、邪神の力が抵抗したのだろう……」


目に見てわかる程、夢子は震えだす。きっとそれは、恐怖に起因する症状だ。

旦那は穏やかに語る。


「でも、打つ手がない、訳じゃない。これから時間を掛けて処置すれば、明確な症状が出る前に、邪神の残滓を駆除できるだろうし…そもそも、邪神の残滓自体、かなり環境を整えないと、生きることもできない。特に、海水など、水分量の覆い場所では、すぐに死滅する。君たちホモサピエンスの体内は、60%が水分だから、もしかすると、何もしなくても、残骸が自然消滅する可能性もある。だから、悲観しないで、必ず君たちを助けるから!」


旦那は、明朗な言葉で締めくくる。それを、満が冴えた目で見ていた。

夢子は、状況を飲み込めなかったのか、事実を受け止めきれないのか、表情を一層暗くする。その落ち込んだ肩を愛理の右腕が強く抱きしめ、揺さぶった。


「大丈夫だって、この宇宙じゃ、もっとヤバい事がわんさか有る!それに比べりゃ、こんなの風邪ひいたくらいのことだよ!安心して、あたしらにまかせな!」


愛理は夢子の頬に顔を近づけて笑顔を見せた。

夢子は、落ち着かない様子だったが、それでも、僅かに気が紛れたのか、難しい表情のまま頷く。

その時


――ちょっと、大丈夫?精神がかなり揺らめいているけど、何かあったの?聞いてますか!?


愛理は、夢子の目に動揺の色が浮かんだのを見て、どうした?と尋ねる。

夢子は首を振った。


「い、いいえ…なんでも……」


旦那は、そのやり取りを見ていた。が、目を細めるだけで、言及することもなく、皆に向けて告げる。


「それじゃあ早速『連れ去られた人々を救おう!作戦』を決行しよう!」


皆、微妙な表情を浮かべるが、旦那は気にしない。


「まず、満くん。君は私と一緒に同行して、この船の制御室に向かい、制圧を手伝ってくれ」


「分かりました…」


満は淡白に答えると、コクピットに備わるレバーを引き、ペダルを踏み込む。エメアがロボットの肩から飛び立つ。

ロボットの踵にある三つの軸に支えられた履帯が回り出す。重々しいロボットの巨躯は、スムーズに移動する。途中、眠る人々がロボットの行く手を阻むが、五本指のアームが寝ている人をやさしく持ち上げ、脇に退かしていく。

旦那は愛理とエメアに言う。


「残る二人は、ここで人々を守ってくれ…もし、我々が応援を求めた時は、すぐに駆け付けてくれると助かる…が、優先するのは、あくまでも、ここの人々と君たちの命だ」


分かりました、と愛理は言って倒れる人々の方へ向かう。

その途中、彼女は横を向くと、そちらへ進路を変え、走り出す。

その間、旦那は、エメアと向き合い話を続ける。

倒れ込む人々の間に、ぐしゃぐしゃに潰された紙袋があった。

愛理は、慎重に紙袋を持ち上げ、中に入っていた品物を取り出す。

品物を包んでいた綺麗な包装紙には、happy birthdayの文字がかわいらしい書体で綴られていた。が、その包装紙は無残に破け、露わになった箱が半ば潰れている。

愛理が振り返ると、この玩具の持ち主であった男は、倒れた場所で今も眠っていた。

愛理は寂しそうな目で、玩具の箱を見つめる。


「ちゃんと、守ってやればよかったなぁ……」


箱の前面にある透明なフィルムから覗くアライグマの様な生物を模したピンク色のぬいぐるみは、無傷で微笑んでいた。


満が操縦するロボットは壁に到着し、アームの先についた五本指の掌を壁面に押し当てる。

満はコクピットに潜り込み、鉄色の板状のものを持ち上げ、それを開く。内部にあった画面に映るのは、設計図の様な画像で、満は画面下のキーボードを操作し始めた。

同時に、ロボットが触る壁に、同心円状の光が浮かび上がる。

壁の同心円の内側は、左右に何度も回転し、円の縁から外側に向かって幾何学の線が幾つも並ぶと、一つ一つ、絶え間なく、形状を変え続けた。

やがて、全ての幾何学模様の変化が止まると、外側の円の回転も停止する。

その内側の円も、そのまた内側も、同じようなプロセスを経て、順次止まると、最後に中心の円が高速回転し始めた。そして、満がエンターキーを弾くと、中心の円が止まり、何かが割れた様な高い音が聞こえ、ロボットが触れていた壁が凹み、左右に分かれ、扉が開く。

ロボットの傍に旦那が並び、満を見上げて、いけるかい?と聞いた。

満は、OKです!と答える。

旦那は振り返ると、残る二人に、任せた!と言い残し、満と共に扉の奥へ走り出した。

残された愛理とエメアは、ぞれぞれ、眠る人の傍で手を振り、笑顔で見送る。

夢子は不安そうな顔を浮かべ、苦しくもないのに、胸元のチャックを握りしめていた。

 





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