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15話 勇者と魔王は心を決めたようです


「よし、やっぱり妖精たちには危機を伝えよう」


 お茶を飲んで落ち着いた僕の出した結論だ。

 僕とチェリーは食事スペースのテーブルに向かい合わせて座っている。

 メイドはキッチンで肉の処理。


「さすがレナード! そういう優しいところ大好き!」


 チェリーが嬉しさ余ってテーブルを叩いた。

 テーブルの上にあった僕とチェリーのティーカップが小さく跳ねた。でも中身は飲み干しているので、何の問題もない。

 てゆーか、やっぱり僕、告白されてない? 気のせい?

 チェリーもしかして、この短期間で僕のことを異性として好きになったとか?

 いや、僕もチェリーのことは好きだけれど、こんな都合のいいことを考えるのは僕が童貞だからだろうか?

 きっとそうに違いない。勘違いしてはいけない。好きというのは、友人としてという意味だ。


「テーブルを叩かない」


 ベシンッ、とメイドがチェリーの頭を叩いた。

 メイド、さっきまで肉の処理してたよね?

 まぁ、処理と一緒に夕飯の準備もしているわけだけど。


「あ、あたしの頭はいいの!?」

「何も詰まっていないので、大丈夫です」

「酷い! メイド酷い! 筋肉は詰まってるもん!!」

「自分で脳筋って認めてるよチェリー!!」


 実際、チェリーはかなりの脳筋だけれども。

 まぁ、だからと言って、頭が悪いわけでもないんだよね。こう、腕力で解決しようとする性質があるだけで。


「しかしレナード」メイドが言う。「どういう風の吹き回しです? 妖精と顔を合わせるのは、あまり建設的とは言えません。お互いに」


「まぁ、そうなんだけどね……」僕は力なく笑った。「それでも、一応、過去の属国というか、支配地域というか、僕にも責任の一端がある場所だからね、妖精界は」


 責任、という単語の部分で、チェリーが目を逸らした。

 救った責任を感じたのだろう。でも、救ったそのあとのことはチェリーに責任などない。妖精たち次第なのだから。


「チェリー」と僕。


「べ、別にあたしだって、妖精を見捨てようってわけじゃないのよ!?」

「責めてないよ。君が嫌だと思うことは何もしなくていい。それに、妖精がどうなろうと、君には何の責任もないよ。だって、妖精たちがどうするかは妖精たちの課題だからね」

「そうよね! あたし、1回助けてるし、もういいわよね!」


「うん。もういいよ。僕は僕の課題として、彼らに危機を伝える。それで彼らが聞く耳を持たなければ、それは彼らの問題。僕は僕にできることを、僕が後悔しないようにやる。昔の支配地域である妖精界の危機を、このままスルーしたら僕はきっと悔やむ。だから受け入れられるかどうかは別として、伝えに行く」


「別にスルーでもよろしいですのに」


 メイドがやれやれと肩を竦めた。


「……あたし、ちょっと今、モヤッとしたかも」

「私がスルーでもいいと言ったからですか?」

「違う、そうじゃなくて、後悔するかどうか、って話」


「君はきっと多くの後悔を経験してきたのだろうね」僕が言う。「たぶん、生きていればみんなそうなのだろうけど、それでも、君は特別な存在だったからね」


 勇者の血脈。魔王と戦える人間。


「ううん、違うのレナード」チェリーが首を振る。「あたし、人助けはしたくないけど、妖精が滅ぶのも嫌で、それでレナードが危機を知らせに行ってくれたらいいな、ってそう思ってたのね。自分勝手に」


 僕は小さく頷いた。話を続けていいよ、という意味の相槌だ。


「でも、あたしは本当はどうしたいんだろう、って思って……その」チェリーは考えをまとめながら話している様子だった。「えっと……だから……助けたい……妖精たちのこと、助けたいのよ、あたし」


「では助ければよろしいかと」メイドが言う。「あまり真剣に考えなくてもいいでしょう」


「えええええ!?」チェリーが言う。「あたし、さっきまで人助けなんか絶対しないって言ってたんだよ!? 真剣に伝えないと、こう、考え抜いた感じで伝えないと、一貫性のない人って言われるじゃない!!」


「一貫性なんて不要だよ」僕が言う。「人は……広義の意味での人ね。人は移ろい変わるし、成長するし、変化するものだよ。チェリーは人助けに関して、やりたくない人助けをずっとやってたから、意地になって、もうしたくない、って言ってたんだよ」


「ですが、そうではないと気付いた」メイドが補足する。「助けたい相手も、確かに存在するのです。その時々で、自分が後悔しない方を選べばいいかと」


「ケースバイケース」僕が微笑む。「てゆーか、僕としてはチェリーが一緒に妖精界に来てくれるとありがたいな」


「そ、そうよね! レナード魔王だったから、妖精たちに嫌われてるかもしれないものね! その点、あたしは勇者だし、彼らを助けたし、きっと話を聞いてくれるもんね!」

「そう。だから、チェリーがその気なら、一緒に行こう」

「しょーがないわねー! レナードを助けるためにも、一緒に行ってあげようじゃないの!!」


 チェリーは晴れやかな表情で言った。

 やはり、人間にしても魔物にしても、自分のやりたいことをやるのがいい。そして当然、嫌なことはやらないのが自然なのだ。

 だから、僕は徴兵も拒否する。僕は戦争には行かない。


「レナードも、心を決めたようですね」僕の表情を見たメイドが言う。「夕食は少し豪華にしましょう。あ、地獄の業火で焼き尽くすという意味ではありませんよ?」


 メイドが冗談を言ったのだが、僕とチェリーは最初その冗談に気付けなかった。

 メイド何言ってんの? って感じで僕とチェリーはキョトンとした。

 日焼けしないメイドの頬が朱色に染まった。


「ちょ、ちょっとテンションを高めて冗談を言ったのですが……」メイドはモジモジと言う。「どうやら……難しかったようですね」


「ああ!」チェリーが手を叩く。「豪華と業火をかけたシャレなのね!? 今気付いたわ!」


 チェリーが言うと、メイドの頬が更に染まった。

 大丈夫かメイド、恥ずかしくて死んでしまったりしないよね?


「わ、私だって、シャレを言いたい気分の時も、あるんです……」


 メイドはクルッと踵を返し、夕飯の準備に取りかかった。


「ところでレナード、妖精界にはいつ行くの?」

「早い方がいいだろうから、夕食後、すぐに行こう」

「今すぐじゃないんだ?」とチェリー。


「時間どれぐらいかかるか分からないから、夕食は済ませたい」僕が言う。「向こうで腹ぺこは避けたいんだよね」


「毒林檎とか出される可能性あるもんね! レナードだと!」

「真剣に有り得るから困る」


 僕はティーカップを流しに持って行く。そうすると、メイドが手際よく洗って仕舞う。

 チェリーも僕と同じように流しにティーカップを置いた。メイドがサッと洗ってパッと仕舞う。

 僕とチェリーは居間でゴロッと転がった。

 居間にはクッションぐらいしか置いていない。のんびりするための部屋だからだ。余計な物は不要なのだ。

 まぁ、今は猪の毛皮とチェリーのための新しい服があるけれど。

 僕とチェリーが狩りに行っている間に、メイドがチェリーの服を買って来たのだ。この村に服屋はないので、隣町まで行ったはず。

 そういえば、メイドは1人の時、どうやって移動しているのだろう?

 まぁそれはそれとして、妖精対策を考えておかないと。

 なぜって? 攻撃されるかもしれないからね!


「チェリー」

「うーん?」


 チェリーはクッションにもたれて、くつろいでいる。


「武器は何がいい?」

「何かあった時のために、武器を持って行くってこと?」

「そうだよ。何がいい? 君の分も用意するよ?」

「何があるの?」

「金の斧とティルフィングと、あと何だったかな? 槍を持って出たかな。グングニルってやつ」

「それ神族の槍じゃないのよ!!」


 神族は天界に住んでいる種族の1つだ。他にも天使とかがいる。とはいえ、僕はあまり接点がない。彼らは基本的に引き籠もりなのだ。

 それに、強力な武器を所有しているし、戦闘能力も高いので、魔王軍としては攻めるなら最後にしようね、って感じだったから。

 あと、天界がどこにあるのか僕知らない。


「うん。確か祖父が神族をぶっ殺してその戦利品だったかな」


 祖父は単身、天界に乗り込んで半死半生で帰って来た。

 凄まじい激闘を繰り広げたと自慢していた。

 まぁ、ずっと昔の話だ。でも印象的だったので、グングニルは城を出る時に持って出た。


「てか神族って、伝承だと生け贄を捧げて呼ぶんじゃないの? お祖父さん、どうやって乗り込んだの?」

「知らない。そこは詳しく聞いてないね」

「そう、じゃあ、まぁいいわ。とりあえず、あたしそれ使いたい!」


 チェリーは嬉しそうに言った。

 その笑顔が可愛らしくて、僕は持っている武器を全部チェリーにあげたい衝動に駆られた。

 もちろん、衝動は衝動なので、実行はしなかったけれど。


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