脱衣装光ゼンライガー
令和の世、全人類に問う━━━━
とある平日の午後、街中の大きな交差点を人々が行き交う。取引先へ向かうスーツ姿のサラリーマン、学校が終わり友人同士で遊ぶ学生、夕食の買い物をする主婦。
様々な人々が通り過ぎるその傍らに、少しだけ日常から外れた風景があった。
「まぁ、そう固いこと言わずに。君も飲み会に来なさい」
どこにでもいそうな中年のサラリーマンがОL然とした女性の腕を掴み、粘ついた笑顔で迫っている。
若い女性の部下と飲みたがる上司という構図なら、そう珍しいものではないだろう。しかし。
「離してください! 誰なんですか、貴方!?」
あろうことか、女性の方は中年男性を知らないというのだ。女性のその声を聞き、通行人達が怪訝な顔を向けた。
お構いなしに男性は女性の腕を引き続ける。
「一時間だけで良いんだ」
「おい、嫌がってるだろ。離せよ」
勇気ある青年が男性の片手を背後から掴んだ。
「うるさいんだよ、カスが!」
一瞬にして、表情を怒の一字に変えた男性は腕の一振りで青年を払った。予想以上の力で側の建物の壁にぶつかった青年はそのまま動かなくなる。
眼の前で振るわれた圧倒的な暴力に言葉を失う女性。
そして、彼女の腕を掴んでいる男性の腕が不自然に脈動した。歪に盛り上がった筋肉がスーツを突き破る。
あまりのおぞましさに女性の顔は青ざめるのを通り越し、真っ白になった。
どす黒く濁り、ところどころに突起を備えたその肌は最早人間のそれではない。
そう――――〈死牙羅魅〉である。
人間がこの世に生まれて、社会を形成するようになってから幾星霜。そこには上下関係を始めとする様々な人と人との関わりがあった。ときにそれは人の心に多大な負荷を掛け、摩耗させていく。
そんな心の闇から生まれるのが〈死牙羅魅〉である。
「ポイントT32で〈死牙羅魅〉の発生を確認。宴会強要タイプです」
司令室に女性オペレーターの声が響く。その瞬間に空気が変わった。司令室にいる人間全員が臨戦態勢に入ったのだ。
中央に座る壮年の男性が鋭く目を細める。
「一般市民の避難は」
「間もなく完了します。気絶していた男性は周囲にいた民間人が救助。〈死牙羅魅〉発現前に絡まれていた女性も隙を見て逃げ出したとのことです」
「〈死牙羅魅〉の状態は」
「侵食度百パーセント。完全に異形化しています」
司令官の問いに返されるのはオペレーターの簡潔な答え。それを聞き、司令官は立ち上がり、大音声で言い放った。
「ゼンライガー出撃せよ!!」
人が人として生活する以上、しがらみは決してなくならない。だからこそ、人は〈死牙羅魅〉と折り合いをつけ生きてきた。ときには陰陽師と呼ばれる者の力を借りて。
しかし近年、原因は明らかになっていないが、〈死牙羅魅〉の発生件数が爆発的に上昇し、既存の陰陽師だけでは対処が難しい事態となった。〈死牙羅魅〉には現存するあらゆる兵器が通用しないため、この事態を重く見た日本政府はオカルトと科学を統合的に研究し、対〈死牙羅魅〉用兵装を開発・運用するための特殊機関Hybridizing Anima with Dressing Arm for Knights Ark――――通称〈HADAKA〉を設立、これに対応した。
この〈HADAKA〉所属の自由を愛する戦士こそが――――
最早全身が異形となり、辛うじて人の形を残すのみとなった中年男性。〈HADAKA〉のエージェントによって一帯は封鎖され、周囲には人一人いない状態になっても、彼は喚き続けている。
「一緒に飲もう……。上司の誘いを断るのか……。ならお前はクビだ……!」
そこへ颯爽と一人の青年が現れる。清潔に整えられた髪、芯の強さを感じさせる瞳。程良く引き締まった体躯には〈HADAKA〉のロゴが縫い込まれたジャケットを羽織り、左腕には腕時計と呼ぶには大きい装飾品を付けている。
〈死牙羅魅〉に向かって歩みを進める青年の名を府功刀葉夏という。
葉夏が握り締めた左の拳を前方へと突き出す。
「〈ライガーチェンジャー〉!」
『Get Ready』
ブレスから中年男性の低い声を想起させる機械音声が響く。腕を引き戻し、右手でブレス中央部のトリガーをスライドさせる。
「装光変身!!」
『Change-ZENRA』
ブレスの音声の直後、青年の全身が光り輝く。その輝きは彼を中心として、螺旋を描きながら回転し、少しずつ人の形をとっていく。両腕、両脚の先から光は消えていき、その下から現れるのは白と赤を基調とした装甲服だ。各関節部と胸部はアーマーに覆われ、頭部に装着されたメットには側面と額にそれぞれアンテナが付いている。
「何だお前はぁ?」
〈死牙羅魅〉を睨みつけ、彼は雄々しく名乗りを上げる。
「人はもっと自由に生きて良い。解き放て、その抑圧!」
左手を腰に構え、右手をかざす。
「脱衣装光! ゼンライガー!!」
「ゼンライガーだとぉ? よく理解らんが、貴様も飲み会に参加しろ!」
異形の〈死牙羅魅〉が拳を振るう。それを片手で軽くいなしたゼンライガーは叫ぶ。
「いいか、飲み会なんてものは強制参加を強いるべきものじゃない!」
言いながら、〈ライガーチェンジャー〉のトリガーを引く。
『Armed off!』
次の瞬間、ゼンライガーのメットが光の粒子となって消滅。葉夏の素顔が露になる。
「嫌々参加している者がいる中で、本当にお前は楽しめるのか!?」
〈死牙羅魅〉が振り向いた瞬間に拳を叩き込み、再びトリガーをスライド。
『Armed off!』
両腕の装甲がパージされ、筋肉のついた腕が見える。
「確かに、コミュニケーションの一環として参加しなければならないときもあるだろう!」
よろめいた〈死牙羅魅〉を回し蹴りで追撃。トリガーをスライド。
『Armed off!』
今度は両脚が。
「上司の誘いを断ると言うのかッ!」
「都合が悪いときや気分が乗らないときは断ったって良いんだ!!」
カウンターで頭突きをかまして、スライド。
『Armed off!』
胸部装甲が光の粒子となって消滅し、最早、青年の身体を覆うのは腰部パーツのみとなった。
ここで説明しよう! ゼンライガーは装甲をまとい、人の身体から溢れる自由を求める力、Natural United Dual Energy――――〈NUDE〉を一度抑え込んだ上で解放することにより、通常の数百倍の力を発揮出来るのだ!
一見、全裸にしか見えずとも、その全身は〈NUDE〉で覆われており、生半可な攻撃では傷つけることなど出来はしない。
また、装甲を社会のしがらみに見立てて脱ぎ捨てることにより、簡易儀式を行い、更に〈NUDE〉を高めることが可能となる。
「そんな簡単に断れたら苦労はしないんだよぉぉおおおお!」
「大切なのはノーと言える、その勇気。それだけなんだ!」
ゼンライガーはトリガーをスライドさせると、両手を腰に当て、
「極武解放!!」
『Assault Burst!!』
腰部装甲が光となって弾け飛び、ゼンライガーの真の姿が明らかになる。彼の肌を覆い隠すものは何も無く。溢れ出る自由の力は限り無く。
両手を大きく拡げて堂々と言い放つ。
「見ろ! 人はこんなにも自由だ!」
〈死牙羅魅〉が怯んだ瞬間を見逃さず、ゼンライガーは雄々しく、空高く跳躍した。太陽の光を受け、自由の戦士の身体は何よりも眩く輝いた。
跳躍に続く叫びは、
「気持ち良い――――――――――――ッ!!」
最早何ものにも束縛されない身体を空中で捻り放つ渾身の蹴りは最大速度で〈死牙羅魅〉へと向かう。
「フルスロットル・フリーダム・フィニ――――――――ッシュっ!!」
「がぁぁああぁぁああぁああああッ!?」
ゼンライガーの自由を愛する心を全身に受けた〈死牙羅魅〉は白い光りを放ち、瞬く間に消滅。あとにはボロボロになってしまったスーツを身体に引っ掛けた中年男性だけが残された。
ゼンライガーは〈ライガーチェンジャー〉に向けて、
「後の処理は頼みます」
と、一言だけ告げると、〈ライガーチェンジャー〉を操作。すると、位相空間に格納されていた彼の服が再構成され、自由の騎士を何処にでもいそうな普通の青年、府功刀葉夏の姿に変える。
そうして、今日もまた平和を守った青年は何事も無かったかのようにその場を去るのだった。
物陰からゼンライガーと〈死牙羅魅〉の戦いを見つめていた人影がある。その影は黒いローブを纏っており、肌が見える部分は辛うじて口元だけだ。
「おのれ、ゼンライガー……。次こそは必ず……!」
影はそう呟くと、路地裏の影の中に消えていった。
人の社会が複雑化を続ける限り、いや、人の営みが続く限り、〈死牙羅魅〉は現れるだろう。
だが、恐れることはない。ゼンライガーをはじめとする自由の騎士達が〈死牙羅魅〉の邪悪な力を打ち砕くだろう。
戦えゼンライガー! 負けるなゼンライガー! 人々の自由を守るために!
〈了〉
※〈HADAKA〉の許可無しに公共の場で全裸になることは犯罪です。
キラっとひらめいたので、昔書いたものをアップしてみました。