5.最終決戦サキュバス
湧き上がる歓声の中、リリアは脱力しかけていた。まだ現在の状況を信じきれないでいる。
「……本当に勝ったのかな?」
「どうなんでしょう……?」
抱き合いながら不安げに魔王が落下した先を見つめている二人だったが、エルノが急に思い出したようにリリアを急かしだす。
「とにかく油断しちゃダメです勇者さま。トドメを刺しに行きましょう」
「えっ? でも、怖い!」
「でも回復されると後がもっと怖いかもしれません」
「そうかもしれないけど怖い!」
その時、瓦礫を吹き飛ばしながら何かが地上から飛び出してくる。それは全身がぼろぼろに傷ついた魔王だった。
「うわ! 出た!」
とっさにリリアは魔法弾を投げつけた。しかし魔王はそれを片手で振り払って弾き飛ばす。
魔法弾は遠くの山肌にぶつかって炸裂する。伝わってきた轟音と振動によって、それまで続いていた歓声が静まり返った。
「えっ! なんで!?」
先ほど魔王の障壁を全て破壊したのと同じ魔法弾が、今度は簡単に弾かれてしまった。リリアは目を丸くする。
「まさか、魔力の吸収が止まったから……?」
エルノが不安げに見上げる上空にもう『穴』はない。
もし魔力吸収が魔王にも影響を及ぼしていたとしたら相手は全力ではなかったことになる。その足かせがなくなったら、一体どうなってしまうのだろうか?
おもむろに魔王が口を開く。
『どうやら貴様は本当の勇者らしい』
「あ、それは光栄です、えへへ……」
『貴様を認めよう。大魔王としてな!!』
「えっ!?」
魔王は一気に魔力を放出する。その体の傷は見る見るうちにふさがっていった。
『この姿では力が足りない。真の姿、真の魔力でもって貴様を討つ!!』
「そそそんなご無体な……!」
全身が黒い霧に包まれて見えなくなる魔王。事態の急変にリリアとエルノは抱き合って怯えている。地上の人々も固唾を飲んだ。
『畏れおののけ! これが大魔王の力だ!!』
黒い霧は紫色の光に変わる。その中から現れた大魔王は……
「あらかわいい」
……小さな少女の姿に変わっていた。
その体は小さく、長いプラチナブロンドの髪と褐色の肌の対比がとても美しい。顔立ちは可憐で、かつてワニゴリラと評された面影や威圧感はカケラも残っていない。
「えーなにこれちっちゃい! かわいい!!」
リリアは無邪気に喜んでいる。しかし当の大魔王は握り締めた手を怒りに震わせていた。
「だからこの姿はイヤなのだ……! だが今なら全力で戦える! 消えてもらうぞ勇者よ!!」
「わー、声までかわいいー♪」
「やかましい!!」
「怒る姿もかわいいー♪」
「くそーっ!!」
地上の人々もその姿を見つめている。
「あれ子供だよな」
「ていうか幼女だな」
「あれは、なんか攻撃する気になれないな……」
「なにあれ可愛い!」
「お人形さんみたい!」
「かわいい!」
その声は大魔王にも届いている。
「どっ、どいつもこいつも好き放題言いおって……」
うつむきながら小刻みに震える大魔王の姿にエルノは不穏な気配を感じた。
「勇者さま、なにか様子がおかしいです。見た目に関しては謝罪しましょう」
「えー、褒めてるつもりなんだけどなぁ。それにどう見たって人畜無害のちんちくりんじゃない?」
その時、なにかが切れるような音がした。
大魔王はいきなりガバッと両手を掲げる。すると再び上空に『穴』が開いた。
「もうこの世界のことなんぞ知るかぁ! 滅ぼしてやる! 滅ぼしてやるぞーっ!!」
少し前まで魔力を吸収していたはずの『穴』から、今度は大量の魔力が放出されていく。
大魔王は魔力をかざした両手に集めながら地面へ降り立った。そして一気に腕を振り下ろす。
大地が揺れて地割れが走る。一瞬にして空が血の色に染まり、あちこちに亀裂が入った。
リリアはうろたえた。
「えっ、これ、マジでやばくない……?」
「どどどどうしましょうか勇者さま!?」
「おおお落ち着いて! まだ諦めたらダメよ! とにかくアレをやっつければまだなんとかなるから!」
リリアはエルノを強く抱きしめる。触れる面積が大きければより沢山の精気を吸収できるからだ。
次いで大魔王に向き直り、変換させた魔力を集積させる。
「セクシーファイヤー! セクシーサンダー! セクシーブリザード!」
様々な攻撃を大魔王に向けて放つ。しかし周囲に広がる磁場によって魔法はかき消された。
「これは無理ね。もう無理。無理中の無理」
「諦めるのが早い!」
「うん、ごめんね…… 頑張ったんだけどお役に立てなかったみたい」
その謝罪が心からのものであると分かったエルノは言葉を詰まらせる。
「……こちらこそ申し訳ありません。勇者さまを巻き込んでしまいました」
「それはいいのよ。私が自分で押しかけたんだから」
「あの、今からでも契約を破棄できませんか? そうすれば勇者さまだけでも……」
契約を破棄された召喚対象は元の世界に送還されるという記述をエルノは読んだことがある。その仕組みを応用すればリリアだけでも助けられるかもしれない。
「エルのんは、誰かとチューしたことある?」
帰ってきた答えは想定外の質問だった。
「なぜ、今、そんな話を?」
真顔で聞き返すエルノ。しかしリリアはどこかそっぽを向いている。
「そういうのがなんにもないまま世界が滅びちゃうのも気の毒だなぁって」
「そういうのは、まあ、ないですけど……」
「じゃあもらってあげちゃう」
振り向きざまにその唇を奪う。突然のことにエルノは身を強張らせた。全身に電流が流れるような衝撃が走る。
リリアはふと魔力の流れが大きく乱れたような気がした。
「きっ、貴様ら! なにをしている!?」
大魔王が驚愕の表情を浮かべながら問い詰めてきたので、リリアは唇を離す。
「なにって、キスですけど?」
「こ、こんな状況で……! 時と場所を考えろ!!」
「そんなこと言われても…… 今いいところだから邪魔しないでっていうか、そっちはそっちで世界を滅ぼしたらいいじゃない」
「それが勇者の言うことか!!」
なにやら大魔王の様子がおかしい。その口調や動作はあたふたとしていてどこか落ち着きがない。リリアはキョトンとした。
「……急にどうしたのかしら?」
「勇者さま、今のもう一回しましょう!」
「え? 意外と積極的?」
「いいから早く!」
エルノは背伸びをしながら両手でリリアの顔を引き寄せる。再び唇が重ねられた瞬間、大魔王の悲鳴が上がった。
「ウギャー! やめろ! フケンゼンだぞ!!」
その顔は耳まで真っ赤に染まっている。手足はワナワナと震えており、周囲の魔力は乱れきっていた。
「勇者さま!」
「うん、私にも分かったわ!」
大魔王には免疫がない。その弱点を勇者と召喚士は正確に把握した。
●
雷鳴が轟き、大地が振動している。世界の終焉を思わせる光景をセロアの人々は呆然と見つめていた。
戦場の様子は爆炎と閃光に遮られて何も見ることはできないが、それでも何かとてつもない事が起きているということは容易に理解できる。
「これが最終決戦か……」
「あのお姉さんと召喚士さまが戦ってくれているんだ」
「この世界のために……!」
騎士たちが人々に呼びかける。
「みなさん、祈りましょう」
「祈りましょう、お二人のために」
セロアの人々は祈った。勇者と召喚士のために心からの祈りを捧げた。
その最終決戦の舞台で大魔王は悲鳴をあげていた。
「フラチだ! ハレンチだ!」
大魔王が連続で放った魔法はでたらめな方向へ飛んでいく。魔力制御がまるでできていない。
リリアが勝ち誇ったように宣告する。
「今のはハレンチじゃないわ、フレンチよ!」
「やめろー! そんな子供に!!」
「ほーらほら存分に見せつけてあげましょ!」
「わかりました勇者さま!!」
エルノも真っ赤になりながらリリアの求めに応えている。頭の奥まで痺れて何がなんだか分からない。もうほとんどやけくそである。
はたから見ればただのバカップルであろう。しかし二人は必死だった。もうこれしか世界を救う方法は無いのである。命をかけたイチャコラがそこにあった。
「フェへへへ…… 良い匂いすなぁ、可愛いすなぁ……」
「ちょ、ちょっと怖い……!」
一部、本気になっている下級悪魔がいないこともない。だがこれも世界を救うためだから仕方ない。
「貴様ら! 無責任だぞ!! こ、子供ができたらどうするつもりだ!?」
大魔王の叫びにリリアの動きが止まる。そして一瞬ものすごく悪い笑顔になった。
「まさか大魔王さま、チューで子供ができると思っていらっしゃる……?」
「えっ!?」
大魔王が固まった。
リリアは目配せを送る。それを見たエルノも今こそ攻め時だと悟った。
「まさかー、大魔王さまともあろうお方がー、知らないはずないですよー!」
「えーでも、さっき何か言ってたよ? 本当は知らないんじゃないのぉ?」
「違いますよね大魔王さま? もちろん知っていますよね?」
エルノの問いに大魔王はあたふたと視線を泳がせる。
「そ、そうだ! もちろん知っているとも!」
「じゃあ教えてくれますか?」
「えっ、いや、それは……」
「ダメよエルノちゃん、大魔王さまはまだお子様なんだからー!」
「そんなことはない! 我はなんでも答えられる!」
「じゃあ教えてください、大声で!」
「うぐぐ……」
「ほらなんでも答えられるんでしょう! 教えてくださいよ! 早く!!」
「や、やめてくれ……!」
「やっぱり知らないんじゃないんですかぁーーっ!?」
「うわぁーーっ!!」
大魔王はうずくまり、両手で顔をふさぐ。
その隙を勇者は見逃さなかった。イチャコラしていた間に吸収しておいた大量の精気を一気に魔力へ変換させる。
「……しまった!?」
魔力の変調に気がついた大魔王は慌てて身構えようとする。しかし少しずつ距離を詰めてあったリリアからはもう逃げられない。
「喰らえ! セクシー大封印!!」
莫大な魔力によって異界への扉が開かれた。内側から伸びた大量の糸のようなものが大魔王に絡みついて拘束する。そしてそのまま異界へと引きずり込んでいく。
「おのれーっ! 卑怯だぞ!! これが勇者のすることかーー・・・」
怨嗟の声は扉が閉ざされたことにより聞こえなくなる。かくして大魔王は再び封印された。
「や、やったんですね……」
「うん……」
壮絶な戦いを終えた二人は脱力して座り込む。暗雲は去り、『穴』は消えた。空には晴れやかな青空が広がっている。
「ありがとうございました勇者さ…… うわっ?」
お礼を言おうとしたエルノに、いきなりリリアが抱きついた。そして胸元にぐいぐいと顔を押し付ける。
「うわぁー疲れたよぉー怖かったよぉー、およよよよ……」
「ゆ、勇者さま、ちょっと苦しいです」
「うるさーい、甘えさせろーナデナデしろー」
「ええぇ……」
本当なら自分がしてほしかったことを逆に要求されてしまい、エルノは当惑する。
「こ、こんな感じですか?」
恐る恐るリリアの頭をなでる。
「もっとしっかりなでてほしい」
「えっと、こう?」
「もっとぎゅーってしてほしい」
「こうですか?」
「優しい言葉で褒め倒してほしい」
「よ、よく頑張りましたね〜。とっても素敵でしたよ〜」
二人の時間はゆっくりと過ぎていく。
駆けつけてきた騎士たちもその様子を見て遠巻きに身を隠した。
(召喚士さまと勇者さまが……!)
(あああ愛の抱擁よ!)
(すごくドキドキします!)
(尊い……!)
●
「あのね、キミに言っておかないといけないことがあるの」
少し落ち着きを取り戻したリリアが、抱きついた姿勢のまま話し出す。
「今の私たちって、契約としては私が召喚した側で、キミが召喚された側になってるのね」
「ああなるほど。そうなるんですね」
リリアはまずエルノを呼び出すための召喚陣を開いた。そしてその魔法陣を無理やり逆走することによってこちらにたどり着いたのである。
そのため位置関係は通常と異なっているが、それでも今回の召喚主はリリアということで間違いない。
「その召喚の内容なんだけど…… 眷属契約なんだよね」
「けんぞくけいやく?」
経緯としてはこうだ。
・リリアは眷属を求めてエルノを召喚した。
・エルノは対価として勇者を求めた。
・リリアは勇者になって魔王と戦った。
こうして契約は成立し、エルノはリリアの眷属になったのである。
「つまり急で申し訳ないんだけど、キミはこれからインキュバスだから」
「え?」
意味がわからない。
エルノはリリアから離れて、相手をまじまじと見つめる。
「それって、どういう……? なんで眼をそらすんですか勇者さま?」
「えーと、だからまあ、その……」
リリアはにっこりとした笑顔を浮かべる。
「これからは契約する前にちゃんと内容は確かめようね! お姉さんとの約束だ!」
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このお話しはひとまずここで完結です。
読んでくださってありがとうございました。